第34話 因果応報




 誘拐未遂事件があった日の深夜。日付も替わろうという時分に凍野家に近づく影があった。


 黒装束に身を包み、夜陰に紛れた不審者は、身軽にベランダに取り付くと中の様子を伺ってから道具を取り出し、するりと鍵を開けると家の中に忍び込んだ。


 家の中の気配を探り、隣の部屋で住人が寝入っているのを確認する。

 そっと胸元からナイフを引き抜き、部屋を出ようとして目の前のクローゼットに違和感を覚える。


 ――ここが、そうか。


 音がしないように気を付けながら、そっとクローゼットの扉を開き、その中の存在と目が会う。


「っ!」


 声を上げなかったのは暗殺者としての訓練の賜物か。

 手に持ったナイフを投げて、見えない壁に阻まれる。反射的な行動だったが、明らかな失策だった。


 人間が触れていないものはダンジョンの境界を超えられない。

 境界を挟んで飛び道具は用を為さないのだ。


 攻撃するならそのまま手に持ったまま突き出すべきだったが、暗殺者はこのダンジョンに入るつもりは無かった。事前情報から推定するに、ここは攻略がほぼ不能の高難易度ダンジョン。自衛隊も匙を投げているのか探索している様子もない。


 遠からず氾濫が起きるだろう。その際、氾濫した高レベルの敵性体に狙われるのは御免だった。


 自衛隊が異様なレベルの上がり方を見せ、暗殺した男が生存している可能性が浮上した。

 事前に男が渡した情報を元にレベリングを行った結果の可能性もあったが、放置して置ける状況では無かった。


 生存しているなら、今度こそ確実に仕留めなければならない。

 しかし、ダンジョン内にいるのでは手の出しようがない。入りたくはないし、待ち受けている以上罠があるかもしれない。


 ダンジョンの中で馬鹿にするような笑みを浮かべて何事か喋っている男に苛立ちを覚える。


 暗殺者は小さく舌打ちをし、隣で寝ているであろう家族を人質に連れてくることにした。

 ダンジョンから出てこなければ順番に殺していけばいい。


 そう思って踵を返そうとした瞬間、意識が暗転した。




 ◇◇◇◆◆◆




 寝込みを遅いに来るとはふてえ野郎だ。

 と思っていたら野郎ではなく女だった。


 まあ、性別はどちらでも宜しい。男女差別はしない。


 いきなり子供部屋――現寝室――に踏み込まれなかったのは幸いだった。子供達にまた怖い思いをさせなくて済んでほっとしている。その場合は、家に侵入する前に撃退しただけの事ではあるけれど。


 分身1は子供達とお休み中。昼間あんな事があったので離れるのも可愛そう。今日は一緒に朝まで添い寝である。まあ、栗花にばかりくっついてパパの方にはあまり寄ってこないのだが。


 何? 臭いの? 加齢臭? 鼾がうるさい? それはゴメン。


 仕留めた――殺してはいないよ――方法は、無限収納で室内の空気を収納しただけ。

 一瞬で低酸素状態に陥り昏倒。


 人間である限り、この攻撃に抗う術はない。屋外だと上手くいくか分からないが、実験するでもないしな。

 直接的なスキルによる攻撃ではないので、その気になればダンジョン内でも使えると思う。多分。


「うぅ、ここは」

 竜の髭で縛り上げて一層の入り口前まで運んできた。重たいし疲れるので階段を転がしながら運びたかったのだが、加害行為に該当するようで実行できなかった。なのでやりたくも無かったがおんぶして階段を降りる羽目に。


 四層の攻略が上手くいかない苛立ちと、家族を狙われた怒りで、ハラワタが煮えくり返ってすんごいことになってる上に、手間迄取らせやがってと八つ当たりじみた苛立ちが更に募る。


 良くもノコノコとやってきてくれたものである。

 取り敢えずこの女には、ストレス解消にサンドバッグになってもらう。その程度の権利はあると思う。


「おはよう、そしてはじめまして。それからさようなら」

 一人だけ蹴り込みたい所だが、加害行為判定されて上手く行かないので、一緒に一層フロアに入る。リスポンしたこいつをまた連れてこなくてはならないので、どの道一緒にリスポーンするつもりだったが。階段上がるの面倒くさいし。


「え、ちょ、何あれ、あんな化け物! 聞いてな――」

 喚き声はブレスに一瞬でかき消され、元寝室にリスポーンする。


「……」

 寝室に戻った女は気絶している。リスポーンしたことでダンジョン侵入時の状態に戻ったので、元の低酸素状態に戻ったのだろう。


 無言でまた女を引きずりながら階段を降りる。


 一回や二回死んだくらいで許されると思うなよ?

 栗花や子供たちの泣き顔が脳裏に過り、その度に湧き上がる殺意。


「俺はお前を百回殺しても殺したりない」

 煮えくり返ったハラワタは、当分収まりそうにも無かった。




 ◇◇◇◆◆◆




 一層から四層まで、色々な死に方を味合わせた。

 死の直前に起こされて、半狂乱になる女。

 人を殺そうとしたのだから、その因果は当然自分に返ってくる。実際に死ぬわけでもないし、俺も甘いなーと思う。


 ここで後腐れなくブチ殺せるのであれば、その方が後々楽になるだろうに。

 敵を生かしておくメリットは無い。理性ではわかるのだが、やはり殺しとなると躊躇してしまう。


 結果的に選んだのは心を折るという方向性。これでいいのかという疑問は残るが。

 因みに暗殺者のステータスだが、


 名前  兌(どぅい)

 レベル 1   【87】

 ロール モブ 【暗殺者】

 スキル なし 【隠密(Lv.5) 偽装(Lv.5) 致命(Lv.5)】

 称号  なし 【人間殺し】


 隠密 …… レベル+Lv.×10以下の相手から認識されなくなる。

 致命 …… Lv×10%の確率で攻撃判定を与えた相手のHPを1%にする。


 人間殺し …… 人間に対してダメージ50%up。


 何だよ一文字の名前って。まともな出自じゃなさそうだな。

 隠密は俺には効果が無いが、大抵の相手には効果がある。自衛隊やミトラ教の連中でも気が付けないレベルだ。これは結構な脅威である。


 致命はアサシンバードの持つ必殺の下位互換だが、即死しないというだけでかなり凶悪なスキルになっている。


 そして称号の人間殺し。〇〇殺しという称号は、対象を一定数殺害した後に得られる。つまりはそう言う事なんだろう。ただ、このロールと称号からすれば、フレンドリーファイアが可能になるスキルを持っていると思ったんだが。


 疑問に思って聞いてみると、出来るという。

 高々二十回くらいのリスポーンで心が折れたのか、暗殺者の女は今はしおらしくしていて、質問にも答えてくれる状況だ。真偽の程は分からないが。あとでミトラ教に引き渡せばミシェルが判断してくれるかな?


 それにしても、スキルや称号にフレンドリーファイアの効果が無いということは、ロールにもやはり何らかしらの付帯効果があるということだろうか。その内、神託のLvが上がれば情報が開示されるだろう。


「それじゃ、お前らの組織の情報、洗いざらい吐いてもらおうか」


 売られた喧嘩は買ってやる。

 というか、喧嘩を売るには分が悪い相手だと思わせなければ、状況は改善しないだろう。

 争いが好きなわけでもやりたいわけでもないが、警察任せで物事が進展する気もしないし。


 それにしてもここ最近、法律無視してダンジョンに潜り続けていることもそうだが、遵法精神が薄れている気がする。適当なところで歯止めを掛けないとまずいなーと思いつつ、基本的人権であるところの生存権を国が守ってくれていないのだから、致し方あるまい。


 なーに、証拠が残らなければ犯罪ではない。


 後顧の憂いを無くすためにも、一人で戦争を行う決意を固めるのだった。


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