第33話 真相究明




 日本の建築物には会わないサイズの大男が、日本人女性の平均身長を下回る栗花と共に家に入ってくる。

 身長は2mくらいあるんじゃなかろうか。太い腕、丸太のような足、分厚い胸板。赤茶けた髪をオールバックでぴしっと決め、ぱっつんぱっつんに破裂しそうな肉体を糊のきいたスーツで覆っている。


 ハリウッドのアクション映画に出てきそうな西洋人男性である。

 小柄な栗花と並ぶと更に大きく見える。


「おじゃまします。……やはり生きてましたか」

「おかげさまで、一度死にましたがね」

 嫌味の一つくらい言っても罰は当たるまい。実際こいつらが来なければ死ななかったかも知れないのだ。

 それにしても流暢な日本語である。


「その節は失礼しました。だが、誓って貴方に我々が害意を抱いていたわけではないとご理解いただきたい」

「理解はしてるつもりですし、特に思うところはありません。今回は桃を助けて頂きましたし。この件に関しては感謝してもしきれません。私では、家族を守れなかった」

 気に入らない点があったとしても、事実は事実として認めなければならない。俺は何もできなかった。


「元は我々が蒔いた種です。寧ろ、未然に防がなかったことをお詫びする立場です」

「こうなると知っていた?」

「はい。情報は事前に入っていました。ここ数日貴方の家族の動向を探っている輩がいるのはわかっていたもので。ただ、事を起こす前に妨害したのでは、実行犯の身柄を抑えることが出来ない。情報を辿るためには犯罪を成立させるまで待たねばなりませんでした」


 桃に怖い思いをさせた。

 その一点を持って死刑を言い渡したい衝動に駆られるが、それは俺が桃の親だからだ。


 大体、自分では何もできなかった俺に何を言えるというのか。嫌なら家から出さなければ良かったのだ。だが、それは可哀想と保育園や学校に通わせることを選んだのは俺だ。犯人以外で誰が悪いと言えば状況判断が甘かった自分以外にない。


 それに、ギリギリの所で桃は助け出された。

 男が犯人に用があるなら、手を出すのはもう少し待つべきだっただろう。実行犯だけ捉えたところであまり意味はない。黒幕を炙り出したいのであれば、タイミングが早すぎる。そこに情が入ってないとは思い難い。


「親としては感謝しかありません。理由はどうあれ、私にできなかったことを貴方はやってくれた。自分の命にも代えがたい娘を救ってくれた事実があるだけです。本当にありがとうございました」

 深く、深く頭を下げる。


「……お嬢さんが無事で良かった。ですが、ミスター凍野。このままではいずれ確実に家族を失ってしまうでしょう。今回は利害の一致から私が居合わせましたが、次があるとは思わない方がいい。厳しい言い方になるが、幸運はそう何度も続かない。貴方が直接護衛するというのならば、その限りではないでしょうが、現在貴方は幽霊と同じ存在だ。表立って歩くことが出来ない」


 男の言葉に、俺は首肯する。


「それは思ってました。元々私が死ねば家族に累が及ばないと見込んでの偽装でしたが、どうやらそういうわけでも無いようで、正直アテがはずれました。いずれダンジョン知識と引き換えに社会復帰をする予定でしたが、あまり悠長に構えていられなくなったのかなとは、感じています」


 俺が生前残していただろう情報を漁りたかったのか、知らない内に何処かの誰かの虎の尾でも踏んでしまったのか。


「ええと、シュバリエさんでしたっけ?」

「……名乗った覚えは無いが」

 あ、やべ。鑑定で見ただけだった。四十代の記憶力の頼りなさといったら。


 しまったというこちらの表情を見て笑みを浮かべるラファエル君。


「今更鑑定を持っていたところで驚きは無いよ。ラファエル=シュバリエだ。ラファエルと呼んでくれ。敬称もいらない」

 情けないところを見せたことで親近感でも抱かれたか、口調が幾分フランクになる。


「今回の件は、私を暗殺したのと同じところが?」

「ああ。我々と敵対する組織の手によるものだと思われる」


「それはつまり、米国と敵対する国家ということですか?」

「正確を記すならば、我々と敵対しているが故に米国とも敵対しているというべきかな」

「? ラファエルは米国の使者だったと記憶していますが、そもそも米国のどの組織なんです?」


「あの時はミシェルからそんな説明をしたな。その辺りを話すと少し長くなるが構わないか?」

「じゃあ、ご飯でも食べながらにしますか。ラファエルは時間大丈夫ですか? それと日本食は問題ありません?」

「納豆が好物だ」

「なら、大抵のものは大丈夫ですね」


 そろそろ飯の時間である。

 桃は話の途中で眠ってしまったので、ソファに寝かせる。

 分身が作ってたので、既に料理自体は出来ている。後は食べるだけである。


「李空、今日はハンバーグだぞ」

「え、本当!」

 喜ぶ李空。それにしても、日本食とは一体……。




 ◇◇◇◆◆◆




 ハンバーグを焼きつつ、配膳を済ませて焼き上がりと同時に食卓に出す。

 副菜にマッシュポテト。味噌汁。


 ハンバーグは後で昼飯にも流用しようと多めにタネを作っておいて良かった。冷凍して取っておくつもりだった分をラファエルに回す。サラリーマンの時はコンビニ弁当だったり、社食だったりで弁当は作ってなかったのだが、ずっと家にいるのだから食べたければ作るより他にない。


 同じものが連続で出てくると文句を言う妻がいるので、昼飯のメニューを考えるのも大変なのである。自分一人なら五食連続カレーでも良かったんだが……。


「美味い。ミスター凍野は料理も出来るのか」

「料理も、というか、多分大抵の事より料理の方が得意かな」

 何せ、毎日作ってるので。他に継続して何かやっている事など特に無い。それもこれも作る相手がいればこそではある。


「それと、杏弥で良い。こちらだけファーストネーム呼びというのも」

「ふむ。ではお言葉に甘えて」

 キョウヤと、名前で呼ばれてそう言えば栗花以外から下の名前で呼ばれるなんて何年ぶりだろうと思う。

 感慨深げにしているこちらを栗花が変な目で見ている。


「……なんだよ」

「一応、本当に一応聞いておくんだけど、ああいうのが趣味って事は無いわよね?」

「……おま、なんつーことを。仮にも娘の命の恩人だぞ。失礼にも程があるだろ」

「でも」

「でもじゃない」


 そもそも俺はノーマルだ。確かにラファエルはその筋の人間には堪らない筋肉をしているとは思うが、別に俺に筋肉への憧れはない。


「ふはは、愉快な方だな。残念ながら私もキョウヤは守備範囲外だ」

「そう? ならいいけど。最近杏弥の傍にライバルの影がチラつくから、新手の刺客かと思って」

「ミシェルは分からんがな」

 ラファエルが爆弾を投下。何で? あの超絶美人が? 意味がわからん。ほぼ初対面だぞ。


「ああ、あの美人さん? 何? こんな三段腹の中年オヤジがいいの? 嘘でしょ?」

「嘘ではないが。生きていると知れば恐らく喜びはするだろう。それも、我らの組織の話に無関係ではないが」


 三段では無いわ! とツッコみたかったが、話の腰を降りそうなので一旦スルー。


「我らの組織はミトラ教という。名前はご存じかな?」

「ミトラ? あー、っとミスラスとかミトラス? キリスト教の隆盛で吸収された古代の宗教じゃなかったっけ?」

「キョウヤは博識だな。一般的にはその認識であっている」

 滅んだはずの古代の宗教? その名を関する組織? 宗教と聞くとどうにも胡散臭く感じてしまう。


「文献に残るミトラ教は、古代ローマで隆盛した太陽神ミトラスを主神とする密儀宗教だが、我々はその中の一派が現代まで継続したものだ。世界に認知されることなく、ある宿命を守るためにのみ存在を継続してきた」

「宿命?」


「ダンジョンだ。伝承によれば、そもそも世界にはただ一つのダンジョンのみがあったとされている。嘗てミトラ教の主神たるミトラスがそのダンジョンを攻略し、その最奥で世界の成り立ちを知ったとされる。ミトラスは幾つかの預言を残したが、その一つにいずれ世界中にダンジョンが乱立し、ダンジョンから溢れだした魔物によって、今の世界は亡びるであろうというものだった。故に、ミトラ教徒はダンジョンで魂の研鑽を積み、その力をもって世界を救う使命を背負っている」

 ラファエルは会話を続けながら器用にご飯を食べている。箸の使い方も完璧で、日本滞在が長いのかなと、全然関係ない感想を抱く。


「現在の状況を予見していたと?」

「偶々当たったのか、それとも本当に未来が見えていたのかは分からんが。ダンジョンはその特殊性から長い間秘匿されてきた。気付いているだろう? ダンジョンを使って複製が出来るということについて」

「まあ、知ってますが。恐らく日本以外は周知の事実ですよね?」


「知らない国もいくつかあるだろうが、今や過半数は知っているだろうし、国によっては利用しているだろう。社会が壊れる可能性があったため、秘中の秘であったのだが、こうもダンジョンが増えてはどうしようもない。世界のバランスを取るため、ダンジョンを悪用させぬため、ミトラ教徒は歴史の裏で長らくダンジョンの発生の確認と、封印を続けていたのだが、そのやり方ではままならなくなっている」


 それが良い事だったのかどうかは別として、割とつい最近までその活動は身を結んでいたという事なのだろう。何人くらいの組織なのかは分からないが、世界中を飛び回ってダンジョンに潜り続けてきたのか。


「話の途中だけど、ダンジョンって封印できるの? 入口を塞いだってだけじゃないわよね?」

 栗花の質問。そう言えば、使用不能に出来るというような話は樋口さんから聞いていない。


「可能だ。最深部まで行く必要があるから、攻略は必須だが。自衛隊はノウハウが無いので知らんだろうな」


「もう一つ。その封鎖? 封印? が活動なのは分かったけど、何処にダンジョンが現れたか事前に分からなければ対処できないわよね? 今までSNSとかでダンジョンの話題が上がることは無かった。世界中でランダムに発生するんだとしたら、後手に回って対処していたとすればありえない話だわ」


「明察だな。ダンジョンの発生場所と時期が分かる道具がある。それがあるからこそ、これまで秘密は守られてきた。そして、同時に守り切れないことも自明となった。ミトラ教徒でダンジョン封印に当たれる人員は千名程度しかいない。世界中に現れたダンジョンを全てミトラ教徒で潰して回ることは現実的ではないし、また仮に出来たとしてもそれには時間が掛かり、情報の秘匿は不可能だ。そこで、大国に援助を求め、今は米国と手を組んでダンジョンという災害に当たっているというわけだ」


 ここまでの話を纏めると、ミトラ教はダンジョンの情報を秘匿する活動をしていたが、無理になりそうだったので米国に協力を求めた、ということでいいだろうか。


「では、敵対組織というのは?」

「ミトラ教と同様に、ダンジョンを礎に置いた宗教や組織が世界中に幾つか存在するが、そのうちの一つだ。組織が違えばダンジョンに対する考え方も変わる。ミトラ教の基本スタンスは、ダンジョンによる災害からの人類の救済にある。悪用されることで起こるパワーバランスの崩壊を恐れたため、ギリギリまでダンジョンの情報を秘匿し、ダンジョンの氾濫による生態系の崩壊を恐れるが故に現在は大国と手を組んでいる」


「敵対組織は違うと?」

「キョウヤの暗殺を謀ったのは星道会と呼ばれる組織だ。源流は中国の古代道教あたりだとされているが、政変や弾圧を幾度も繰り返した土地柄、原型はほぼ無いし、東アジア一体に根を張っている。ダンジョンは修行の場であり、人類を次の位階に導くために星が用意した道と定義している。故に星道会が管理し、効率よく人類を導くべきという考えだ。ダンジョンが修行の場であり、その脅威から人類を守るという点はミトラ教と共通しているが、星道会は次の位階に達する事で人類という種を到達させることでその目的を達成しようとしており、ミトラ教は人類社会毎守ろうという違いがある」


 目的は同じようだが、完全に同じでもないのか。ビジョンの違いだな。

 星道会は人類が次のステージに上がれなければ結局滅ぶと思っているのだろう。だから、現在の犠牲を許容し得る。ミトラ教は現在、今生きている人類をダンジョンから救済したいと思っている。だからこそ、これまでダンジョンを封印してきたわけで。


 まあ、そこまではいいとして……。


「その星道会が、何で俺を?」

 その点が良く分からない。高レベルに至った俺を利用しようというならば分かるが、消そうとするのは何か話が違わないか? 星道会の教義でいうところの目指すべき場所により近くなったという事だろう? ミトラ教のように協力的に近付いて来るなら分かるんだが。


「はた迷惑な話だが、奴らは人類を導くのは自分たちの使命だと信じている。そして、それを妨げる者は悪だと定義しているんだ。だから、目的から考えればダンジョンをオープンにして探索を励行するべきにも関わらず、これまでは公表することは否定的だった。攻略したダンジョンは攻略者に封印か維持、或いは氾濫を選択する権利が与えられるから、自分たちが管理できないダンジョンが増えるのを嫌がっての事だ。


ミトラ教とはその思想の違いと、ダンジョンを封印するという部分で決定的に反目していて、長らく敵対関係が続いている。奴らにしてみれば、勝手に攻略された上で新たな修行の場を封印されるのだからな。奴らの信じる救済を邪魔する不倶戴天の敵というわけだ。お陰で東アジアではミトラ教の活動は制限されているし、そのせいで対応が間に合わずに起こった悲劇も少なくはない」


 本当にはた迷惑だな。

 それで、俺を敵視する理由というのは……。


「つまり、杏弥が頭を飛び越えて急激にレベルを上げたことで、人類育成の主導権を取られると危惧したという事?」


「恐らくは。身勝手な話だが、彼らの理屈で言えば長年掛けて培ってきた奴らの立場やノウハウを、突然現れたキョウヤに根こそぎ台無しにされた気分だろう。数千年の歴史の蓄積に泥を塗られたようなものだ。殺意くらい湧くだろう」


「そんなことを言われても、知らんがな」

 他に言いようがない。八つ当たりだろそんなもん。お前らの理屈など知るか。数千年掛けて積み上げてきたものが無価値になった? 無価値なもん数千年有り難がってただけの無能と違うんかい!


 そんなことを言ったら、殺意がマシマシになりそうだなー。言ってやりたい気持ちはある。何せこちとら殺された上に娘攫われかけたのだ。


 あ、めっちゃイライラしてきたぞ。


「敵対組織については以上だ。我々ミトラ教に関してはキョウヤについて思うところはない。寧ろ、救援を願っている。対価として、星道会からの保護だ。東アジア圏にいる以上奴らの手から逃れるのは至難だし、家族を思うならば米国へ移住して欲しい。米国が嫌なら欧州にも顔は利く。元々ミトラ教の本拠はそちらだからな」


 ラファエルにとっての話の本題。

 ご飯も食べ終わり、俺は真っ直ぐとこちらを見つめるラファエルに向けて回答を口にした。



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