第32話 危機一髪




 10/20。

 あれから溶融金属を頭上にぶちまけると同時に、無限収納内に余っていた海水を一部放出して水蒸気爆発を意図的に発生させて自殺した。


 死ねた事を幸いと喜ぶべきか、行き詰まった事を嘆くべきか。嘗て無いフラストレーションに晒されて、珍しく不機嫌な状態である。


 栗花曰く、俺をそれだけ怒らせられるって凄いね、だそうだ。実際結婚後これ程苛ついた事は初めてである。


 それにしても、途中で見落としがあっただろうか。脇道がない事は確認しながら進んでいたつもりだが、障害物も多く絶対に無かったと断言する自信はない。


 15日強の距離を一見してわからない脇道を探しながら虱潰しに探す?


 後1ヶ月かそこらしか無い期間で間に合うのか。こう言う調査をするならば人海戦術が必要だ。分身を一体探索に回すか? しかし一人増えたくらいで足りるかという話もあるし、家の事も気がかりではある。


 暗殺騒ぎから二週間以上経って、家族に危害を与えるような動きは今の所見られない。危険は去っていると考えて良いものか。


「……ダメだな」

 本体はダンジョン常駐する必要がある状況で、外側で自由に動ける人手を減らすのはリスキー過ぎる。1人が家事をこなしている間、警戒する者を待機させておくのは必要な事だ。


 となるとやはり本体1人で頑張るしか無いか。気が遠くなる話だが他に方策もない。


 気が滅入る話は置いといて、前向きな情報に意識を向けよう。


 共有のL vが3に上がった。自衛隊に大量に経験値を共有したお陰だろう。

 新たに共有可能になったのはスキル。


 念願のスキル共有。


 何か制限があるかと思ったが特にない。そう、特にないのだ。経験値と違って渡したら手元から無くなると言うこともない。人数制限も今の所なさそうである。

 なんと言うぶっ壊れ。バランスブレイカーもいい所だ。


 使えるものは使うの精神でパッシブ型の防御系スキルは家族で共有する。熱耐性、奇跡、再生、泳者に関しては持っていてマイナスになる事は無いだろう。

 アクティブスキルでは偽装を追加して、レベルを50まで上げた上で、ロール、レベル、スキルを隠蔽する。

 

 これで桃のロールとスキルが発覚する確率が大分減った。ダンジョンに潜り続けていたモチベーションの一つが解消された事に安堵する。将来的な問題が片付いたわけでは無いが。


 一つ気をつける事があるとすれば、スキルの主体はあくまで俺にあるため、リスポーンすると解除されてしまう点だ。経験値は譲渡扱いになっている様で戻ってくる事は無いのだが、HPとスキルはダメらしい。


 HPはダンジョン外では気休めみたいなものだったのであまり気にして無かったが、スキルは自衛のための生命線ともなりうるので、出来るだけ平日日中のリスポーンは避けなければならない。


 とはいえ攻略出来なければ結局破滅するので匙加減が難しいが。死にそうなところは分身に預けるとか、運用方法は考えなければならないかもしれない。


 それと、偽装を共有できるので経験値稼ぎに関して自衛隊を介在させる必要が無くなった。お国の為に頑張って貰いたいが、巳波の件といい今一つ信用しきれない所もあるので、自家で間にあわせられるのは非常に助かる。


 他にも色々と使い道はありそうではあるが、応用方法を探すのは後々の事となるだろう。


 今は四層の攻略について、頭を悩ませるのが先決であった。




 ◇◇◇◆◆◆




 事件があったのはその日の夕方。


 分身からの緊急事態の連絡。

 効率的な四層攻略を考えるために、奥まで潜っていなかったことは幸いだった。


 寝室に戻ると同時に待機中の分身を解いて状況を理解。


 一階に掛け降りると、涙目の栗花とぐずる桃。顔を強張らせている李空がいた。


 何も言わずに三人に近寄ると纏めて抱き締める。

「……良かった」


 取り敢えず無事を自分の目で確認し、ほっとする。

 それと同時に、湧き上がる行き場のない怒りを感じていた。


 事が起きたのは小一時間ほど前の事。以下は栗花から説明された内容である。


 夕方になり、車で保育園まで桃を迎えに行った栗花。

 一旦帰宅した後、徒歩の距離にある学童まで李空を迎えに行った。


 いつものルーチンであり、特別警戒もしていなかった。

 桃は小学生のお姉ちゃん達にちやほやされるのが嬉しいらしく、大抵一緒に迎えに行く。


 自宅からも指呼の距離で、自衛隊の警護も警戒が緩い。


 恐らくは、そこを狙っていたのだろう。

 李空を学童から引き取った後、家まで追いかけっこを始める兄妹。


 「こらー」っと口だけは怒りつつも、車通りも殆どない道なので、それほど心配もせずに追いかける栗花。

 子供達との距離が離れたその一瞬、栗花の後方からミニバンが凄い勢いで走ってきて、桃の横で急停車する。驚き身を竦ませた桃を、若い男が車に引きずり込み、直ぐに発進する。僅か2,3秒の出来事だった。


 一瞬呆気に取られた後、栗花が必死に追い縋ろうとするが人間の足では追いつけるわけもなく、桃の名前を泣き叫んだ瞬間だった、突如ミニバンの前輪が取れて火花を散らしながら停車した。車内から男が4人飛び出して走り出したが、車両の前方にいた男が一瞬で制圧してしまう。


 漸く車に追いついた栗花が、社内で泣いている桃を抱き締めて無事を確認。一応自体は収束した。


 その後警察が来て事情を聞かれたりと色々あったらしい。攫われかかった恐怖で桃はぐずり続けていて、余りの事態に栗花も涙目で憔悴しきっている。李空も目の前で妹が攫われたのを目の当たりにし、相当ショックを受けたようである。


 暫くはまた心のケアをしなければならないだろう。

 というか、こうなってしまえばダンジョン攻略期限まで一か月は外出を控えるしか無いかもしれない。

 何処の誰が、何の目的で手を出してきてるかは分からないが、分からないだけに対処のしようもない。


「……それで、犯人たちを捕まえた人なんだけど」

 栗花は表に視線を向ける。心眼で家の前にそれらしい男と、自衛官がいるのが分かる。


 自衛官は凍野家に近付く見知らぬ人を警戒して声を掛けているのだろう。誘拐騒ぎも恐らく伝わっているだろうから、警戒も強まっている。


 栗花が言うには俺に会いたいと言っているそうだ。

 死んだことになっている俺が生きていると辺りを付けてやってくる。何か核心を与える事をしただろうか。

 ああ、自衛隊のレベリングか。


 心眼で感知した男に見覚えはある。暗殺騒ぎの日に訪ねてきた米国の使者の一人だ。美人さんは今日はいないらしい。喋っているところを見ていないが、日本語は通じるか? 自衛官とは日本語で会話しているようなので、大丈夫っぽい。


「さすがに礼を言わないわけには行かないな」

 攫った連中の目的は分からないが、あのままだと桃がどうなっていたか分からない。身体的な傷を負うことなく救うことは出来たかもしれないが、攫われた時点で消えない心の傷が出来てもおかしくは無い状況だ。


 目的がどうあれ最悪の状況を防いでくれた事には感謝しかない。


「栗花。呼んできてくれる? 自衛隊には何かあってもこちらで対処するからと言っておいてくれ」

 覚悟を決めさえすれば、対処は出来る。

 目の前で起こることに関してならば、手札は有り余っているのだ。


「わかった。桃をお願い」

 栗花に縋りついていた桃を抱き締めながら、李空に話しかける。

「李空、怖かったか?」

「……うん。こわかった」


「何が怖かった?」

「桃がさらわれそうになったこと。見てるだけでなにもできなかったこと」

 家で喧嘩すれば、3学年も下の桃に泣かされることもある李空。


「パパも一緒だ。ごめんな、守ってやれなくて」

 全く、子供が何をしたというのだ。俺に文句があるなら直接くればいいものを、家族に、それも幼い子供に手を出すとは、断じて許しがたい。


「ぼくも、つよくなりたい。ママや、桃をまもれるようになりたい」

 子供ながらに思うところがあったようだ。普通に生活していれば味わう必要も無かった経験。それをバネに少しだけ成長を見せようとする長男の姿に、少しばかり嬉しさも感じてしまった。


「一緒に強くなろうな。パパも、もうこれ以上手出しさせる気はない」

 今度こそ、絶対に。強く、心に誓うのだった。


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