第31話 永永無窮
この度は皆様に謝罪しなければならないことがあります。
私、凍野杏弥は前回四層は快適などと、頭にウジが湧いたような発言を致しました。
誠に申し訳ありません。
このクソダンジョンが、そんな甘い階層を用意しているわけ御座いませんでした。
匂わないだけで楽勝だぜ、等と勘違いしたことを深くお詫び申し上げます。
そして、ゲームマスター、或いはダンジョンマスター。
呼び名はどうでもいいが、製作責任者。
ぜってぇ、ぶちピーーー。
一部不適切な発言があったことをお詫び申し上げます。
……と、まあ、茶番はこのくらいにして。
一つの苦悩から開放されたとて、また別の苦悩がやってくる。
ダンジョンとはまるで人生のようである。
名言じみた、くだらない思考が浮かぶのもご容赦頂きたい。
何せ、四層に潜ってもう5日経つのだ。
ダンジョン内時間、ではない……。現実時間で5日間。
つまり体感時間は15日経過している。
食料は分身が無限収納に入れてくれるので問題は無いが、探索途中で統合するわけにもいかず、子供たちの声を半月も聞いていないのだ。
再生のお陰で最悪飯を食べなくても死なないだろうし、一分毎に正常に戻るので寝る必要すら無い。
だが、その代わりに360時間連続稼働だ。労基、労基はどこだ? いや、既に雇われじゃないから労基は助けてくれない。そもそも別に誰に頼まれたわけでもない。自営業者は全て自己責任。セルフブラック労働。
「はぁ。全く手を変え品を変え嫌がらせしてくれる」
微妙にゴーレムの種類が替わっていたりするので、多分ループに嵌っているということはないのだろうが、規則性のない構造物の中なので、正直ぐるぐる回っていても気が付いていないかもしれない。
一応、マーキングしながら探索しているので、ループすればわかるとは思うのだが。
三層のように全ての分岐が直角で通路幅も一定であれば手書きのマッピングでも実用的な精度を出せるのだが、微妙な湾曲や上下まである四層では現実的ではない。三次元に正確に落とし込めなければ使える地図にはならないだろう。一々通路の角度やR(曲げ半径)まで測ってられないし、ぐにょぐにょしすぎて起点を何処に取ればいいかも分からない。
本体で探索に出たのは間違いだったかもしれない。
分身であれば、解除さえすれば元の場所に戻れるが、本体だと自力で来た道を戻るか死ぬしかない。
しかし、ゴーレム相手では死ぬのも難しい。
自傷は出来るが、スキル関係は自分をターゲットに出来ないので、地道に素手で死ぬしかなくなる。
窒息無効があるせいで首を吊っても死なないし。呼吸停止だけでなく脳への血流を停止するのも窒息扱いである。
いよいよとなれば、分身に包丁でも収納に入れて貰って、それで首をかっ切るくらいしか思いつかないが、出血多量って、一分以内に死亡判定になるだろうか。ならなければ普通に再生してしまう。
何より、今目の前にあるあのカーブの先にゴールがあったらと思うと、ただ進む事しか出来ないではないか。
「ほんっとに性格が悪い」
というか、無限収納も再生もなかったらどうやってクリアするんだこれ?
元々余りクリアさせる意思を感じないダンジョンではあるが、二週間分かそれ以上の食料を持ってダンジョン内を歩くのか?
安全地帯も無いから、睡眠時も交替で見張るしかないし、ソロ攻略は事実上不可能ではないだろうか。
それをやっている俺は頭がおかしいのか?
「ふふふ、まあ、おかしいよなー」
今更である。
ふと、常時開いている無限収納のリストが変化したことに気付く。
分身からのメッセージだ。
「何々、これから自衛隊のレベリング開始する? 死なないように」
何日か前にそう言えばそんな話があったなと思い出す。
まあ、死にたくとも死ねない状況なのだが。
「せいぜい上手くやってくれよ」
お国の為に、えんやこらー。
他人事のように呟いて、また果てしない終わりを目指すのだった。
◇◇◇◆◆◆
10/19。
とある地方の自衛隊演習場。
俺は樋口さん他一名と、演習地域から離れた森の中から自衛隊員の様子を観察していた。
開けた場所に集合しているので、双眼鏡があれば個々人を見分けることも可能だ。
一応迷彩で誤魔化しているし、真正面ではないので向こうからこちらが見えることは無いだろう。
昨晩夜陰に紛れて自宅を脱出し、樋口さんが用意した車で連れてこられた。
一応個人を特定されないように変装はしている。
何処に目があるか分かったものではない、というのは分かるが、ウィッグを被ってサングラスにマスクとなると大概怪しい人で、余計に目立っている気がしなくも無い。
俺は双眼鏡越しに鑑定して、樋口さんが作成したリストの人物に経験値を割り振っていく。
形式上は生前俺が教えたレベリングの方法でレベルが上がったことになるらしい。
今はそのレベリング用のダンジョンに向かう前の準備中で、鑑定と経験値割り振りが終わった順番に車両に乗り込んでいく段取りだ。
経験値共有の為に鑑定する必要があるのは勿論だが、リストと照合してスキルを虚偽申告している者の炙り出しや、不穏分子の調査も目的の一つである。
巳波の件で自衛隊もだいぶ疑心暗鬼になっているようだ。まあ、性善説に則ってヘマを重ねるよりマシだろう。
作業を一人でやるのは非効率なので、手伝いとして樋口さんともう一人、パソコンにデータを打ち込む男がついていた。
男の名前は甘井 央(あまい なかば)。
一応初対面では無かったが、知り合いというほどでもない。
初めてウチにダンジョン調査に来た時に同伴していた男だ。
樋口さんの防衛大の同期で、病的に細かくて神経質だが、口が堅くて優秀な人材だそうだ。
情報処理隊に所属しているらしく、ダンジョンの場所やケース分け、隊員のスキルやロールといったデータを管理している者の一人だそうで、現在の作業において最適任と言える。
作業は以下の要領で行った。
自衛隊隊員はこちら側に側面を向けて並んでいる。先頭から最後まで順番に鑑定結果を読み上げ、リストと齟齬が無ければ経験値割り振る。
割り振りを終えた列は車両に乗り込ませるように樋口さんが無線で連絡を取り、一列捌ける。次の列をまた先頭から、といった流れだ。
特段の問題も無く、小一時間ほどで今回指定された150名のレベリングを終えた。
指定されたレベルは一律100。暗殺された日に米国から派遣されてきた二人がそれくらいのレベルだったので、それでどうだとこちらから提案した。
今頃他国ではランキングが日本人だけになって騒いでいるかもしれない。
経験値が9,000万程無くなったが、偽装持ちを派遣して貰えば、二層の雑魚一掃でその倍は回収できるので問題ない。残務が無いことを確認してから、本体に分身を解除してもらう事で帰宅したのだった。
◇◇◇◆◆◆
分身1から自衛隊のレベリングが終わった報告があったのが先程。一旦分身を解除して記憶を統合した後、実験のため自宅に待機している分身2が分身を使えるか試してもらう。
消すのは本体で無ければ出来なかったが、ワンチャン増やすのなら出来ないかなと言う発想だったのだが、分身2からの返答は無理、だった。
残念無念。少しくらい良いニュースがあっても良いのにと思ったのだが。
あれから4時間経過して、ようやく四層の最奥と思われる場所に辿り着いていた。攻略開始から実に368時間。
奇妙な通路の末端には巨大なドーム状の部屋に繋がっており、そのドーム内はまるで溶鉱炉の中のように溶けた金属のプールになっていた。
白く発光を放つ溶融金属は優に1,000度を超えるだろう。
その中で蠢く液体金属製のゴーレムを撃破し、溶融金属を無限収納で吸い尽くした所である。
今までボスは全てドラゴンだったので、妙だなとは思っていたのだ。五行になぞらえた設定のようだったので、多分白竜が待っているだろうと辺りも付けていた。
だから、次の階層への通路も階段も現れなかった事に驚きは少なかった。
そう、驚きはない。
あるのは落胆と失望である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます