第29話 包蔵禍心
アメリカ合衆国最大の人口を抱える都市、ニューヨーク。
人口は800万人を超え、都市圏を含めれば2,000万人以上となる北米随一の人口密集地帯である。
色々な流行や政治、文化において世界のガラス館中心的な存在であり、恐らくは世界で最も有名な都市の一つ。
ミシェル=ブレイズは、そんなニューヨークの中心街のとあるホテルで、窓から外をぼうっと眺めていた。
夜だというのに消えることのないビル群の明り。
対比してミシェルの視線の先は闇が深い。
マンハッタン島の中心に作られた巨大な公園、セントラルパーク。街灯はあるが周辺に比べると木々が多いせいもあって暗く感じる。
一昔前に比べれば随分と治安の良くなったニューヨークだが、それでも夜間にセントラルパークに行くのはあまり勧められない。暗がりは犯罪を呼ぶ。わざわざ夜に出歩く意味も無く、観光客なら近付かないのが吉である。
日中は散策する市民や観光客も多く、憩いの場として賑わっているが、一体誰が想像しているだろう。
そのセントラルパークのど真ん中に、誰も攻略出来ないダンジョンがあるなどと。
タートル池に隣接した小さな城のモニュメント。ベルヴェデーレ城の入口が封鎖されて一か月が経つ。
二十四時間体制でセキュリティが張り付き、誰も侵入しないように入口を警備している。現在では許可のない者は近付くことも出来ない。
ミシェルは関係者として、また米国におけるダンジョン攻略の指南役としての立場から、一度内部に入っている。
ダンジョン内に入ってすぐに真っ直ぐな通路が伸びており、その先に大部屋がある。
大部屋内部は海水で満たされており、まずこの時点で窒息無効のスキルを有していない者は侵入が出来ない。
そして、仮にそのスキル持ちが立ち入ったとしても、内部で待ち受けた強大なボスの一撃で絶命することとなる。
ミシェルの同朋のレベル180、スキルLv.6の鑑定持ちが鑑定できなかったことから、少なくとも内部の敵性体のレベルは240を超えることは分かっている。
攻略の目途は立っていない。
残り約70日。
まともな手段で攻略は不可能だ。米軍が極秘裏に魚雷を持ち込んで打ち込んだらしいが、それでも倒せなかったらしい。
それはそうだとミシェルは知っている。現代兵器はあまり意味がない。ダンジョン内にはダンジョン内の常識がある。
氾濫した後であれば別だが、少なくともダンジョン内ではレベルが全てだ。
「何がミトラ教の四大使徒だ」
自嘲を聞くものはいない。目の前に攻略すべきダンジョンがあれど、ミシェル一人では手も足も出ない。
だからこそ、あのダンジョンが発生した翌日に、突如ランキングに現れた男に期待していたのだが。
「やはり他人になど縋るものでは無いわね」
やれることはそう多くはない。
期限内でより多くのダンジョンを攻略し、少しでもレベルを上げて、新たなスキルを得る努力をしなければならない。
恐らくはどうにもならないだろう。
結果として、米国最大の都市は壊滅し、その都市圏ごとモンスターに蹂躙される。
或いはその火の粉は世界中に広がり、人類を滅ぼすことになるかもしれない。
楽観的な要素は一つもない。
だからと言って、ミシェルに諦める気など更々無いのであった。
◇◇◇◆◆◆
「ああ、バレたなこりゃ」
巳波羊一は、仕掛けた盗聴器の反応が無い事を確認して、やれやれとため息を吐く。
凍野家に合法的に侵入するところまでは運よく実現したが、何かしらの秘密を探ることは出来なかった。
どういうつもりかリビングに監視カメラもついていて、一人だからと言って迂闊な事もできなかった。
動きがバレないように慎重に盗聴器を仕掛けるのが関の山だったのだ。
ダンジョンの位置も確認出来なかったし、間取りを確かめることも出来なかった。
おそらく二階にあるのだろうという予測が立った程度だ。
因みに監視カメラは別に巳波を監視するために新たに付けたものでは無く、子供が風邪などで休んだ場合在宅勤務中の栗花がリビングにいる子供の様子を見ながら仕事するために付けたものである。
「妙なところと言えば、もう一人誰かいたような気配があったが」
聞耳のスキルで周囲の音は拾えるが、どうにもはっきりしない。
話し声やはっきりした物音であれば拾えるのだが、吐息や心臓の鼓動といったささやかな音を拾うのは難しい。
何か物音が聞こえたような気がするが、気のせいの可能性も捨てきれない。
いたとすれば誰であろうか。
「まさか、旦那が化けて出たワケでもあるまいし」
ありそうなことと言えば、素行の悪い巳波の行動を心配して、別の隊員が事前に控えていた可能性くらいだが。
「何にしても、ここは逃げる一手かな。護衛対象の家に盗聴器しかけましたってのは、懲戒じゃ済まなそうだしな」
巳波の目的としては、ランキング一位になったという凍野杏弥の遺産、ダンジョンでの戦利品が凍野家にあるだろうと踏んでの行動だった。
高レベルになるくらいだから、それなりのドロップ品が蓄えられているだろうという目論見である。護衛の合間にくすねることが出来れば、後々売り捌いて大金持ちになれるかも、という短絡的な思い付きだったのだが。
「まあ、偽装と聞耳があれば、稼ぐ方法なんていくらでもある。多分な」
近視眼的で楽観的で短絡的な巳波はその日駐屯地から脱走し、何処へともなく姿を消した。
◇◇◇◆◆◆
とある指定暴力団傘下の組事務所。
凍野杏弥暗殺の実行犯が所属していた事務所である。
事件の煽りを受けて、実行犯及び組長と一部の幹部は逮捕拘留中。まず間違いなく実刑を食らうだろう。
今はその後釜が組を取り仕切っていた。
「貴方達にもうひと働きして貰いたい」
唐突に事務所に訪れた銀髪の女性は、ソファに座るなり組長代理にそんな声を掛けた。
禿頭で顔面に大きな傷がある強面の組長代理だが、娘程度の年齢である女に明らかに委縮している。
女が組事務所を訪れるのは二度目。
一度目は凍野杏弥の暗殺を指示した時だった。その際は上部団体の幹部も同席していて、逮捕された組長も断るに断れない状況であった。
女が何者であるかは知らない。
しかし、かなり上の方と繋がりを持っており、下っ端の組事務所では断る力が無い。
「……また殺しですかい? これ以上物騒なのはゴメンですがね」
面倒臭そうに組長代理が言うと、女は嘲るような笑みを浮かべる。
「あら、暴力団なんてカッコいい肩書をもつ人の言葉とも思えない。まあ、安心するといい。今回は殺さなくていい」
「そりゃあ、ありがたい話ですな」
思っても無い事を言う組長代理。
女は目の前のテーブルに写真を三枚と、メモを置く。
「誰か一人でもいいし、全員でも構わない。身柄を攫って引き渡して欲しい」
写真に映るのは、栗花、李空、桃。メモには名前と住所が記されている。
「……あまり詮索したくはねぇんですが、あの男はどれだけの事をしでかしたので?」
先の暗殺の理由は聞いてないし、教えてもらえるとも思っていない。
しかし、ヤクザが堅気を手に掛けるのは普通はしないことだ。少なくとも、直接的にメンツを潰されたのでもなければ。
「ふふ、そうね。例えて言えば、クソを顔に塗り付けられた。そんな所?」
笑顔で語る女に、組長代理は寒気を覚えた。
それなりに修羅場も潜ってきたが、目の前の女はモノが違う。
深入りは寿命を縮めるだけだと理解する。
「おっかねぇことで。話はわかりやした。やるなら子供がいいでしょうな。どちらにお届けすれば?」
「身柄を抑えた時点で連絡をちょうだい。その時に場所を指定する。早いほど素敵だからね?」
「へいへい。一週間もあれば十分ですよ」
女から連絡先が書かれたカードを受け取り、組長代理は仕事を引き受けたのだった。
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