第28話 死屍累々




 10/13。

 現在三層攻略中。


 三層は所謂迷宮的なフロアである。

 石積みの壁、床、天井に、消えることのない灯がついていて、ザ・ダンジョンという感じの趣がある。


 出来れば序盤はこういう構造であって欲しかったと思う。心の準備的にも。

 ネットに上がっているダンジョン攻略動画でも、大抵はこんな雰囲気の場所が多く、ダンジョンと言えば、みたいなイメージがある。


 二層のようなフィールドフロアをネットに上げれば大層バズりそうである。

 世間的注目を集めることに意味を感じないのでそんなことはしないが。


 迷路のような通路は基本的に三メートル角くらいの広さで、たまに広間もあったりする。

 三層が厄介なのは、まずもって迷路が広いうえに複雑な事だ。呆れるほど多くの分岐があり、その多くは行き止まりである。その上似たような構造の連続なので、闇雲に歩いたのでは自分の現在値がよくわからなくなる。


 散々歩いた後に引き返す羽目になるのは苛立ちが凄い。


 更に厄介な点として、敵が多い上に硬い。

 天罰で即死しない。固定100万ダメージに殲滅者の称号で50%増し、150万のダメージが入っているはずなのだが、二層フロアより平均レベルが高いせいか、HPが多いらしい。そのため経験値稼ぎにも向いていない。


 追撃の雷霆一発で死ぬのだが、雷霆は単体攻撃なので、数が多いと手間が増えるのだ。


 しかも時間経過で無限湧きするようで、暫くするとHP満タンの敵がリポップしはじめる。

 そうなれば地獄である。


 赤竜のブレスを使えば焼き払えるのだが、閉鎖空間であのブレスを使う弊害の方が問題で、通路が溶鉱炉の中のような状態になる。リセットのためにダンジョン外に出るか、時間経過で冷えるのを待つかしなければならず、無理に進もうとすれば継続ダメージを食らう。レベルカンストのお陰か即死はしないが、全身火傷の苦痛を我慢しながら先の見えない通路を進むのは、いくら俺でも無理ゲーである。


 いくら広いとはいえ、フィールドフロアでなければ窒息戦術が使えるのではないかと思ったそこの君。発想は悪くないが、出てくる敵の種類が問題だ。


 名前  スケルトンナイト

 レベル 166

 スキル 魂魄攻撃(Lv.9)


 魂魄攻撃 …… 攻撃判定を与えたものの経験値をLv×10,000減らす。


 名前  マッスルゾンビ

 レベル 171

 スキル 魂魄攻撃(Lv.9)


 名前  レイス

 レベル 168

 スキル 魂魄攻撃(Lv.9) 物理無効(Lv.9)


 物理無効 …… 物理攻撃を無効化。


 名前  リッチ

 レベル 181

 スキル 魂魄簒奪(Lv.9) 物理無効(Lv.9) 蝕(Lv.9)


 魂魄簒奪 …… 攻撃判定を与えたものの経験値をLv×100,000奪う。

 蝕    …… 基礎攻撃力×(100+Lv×10%)/秒の土属性攻撃。



 骨に腐肉に幽霊。揃いも揃ってアンデッドである。スケルトンとゾンビはナイトやマッスルの他にも多種多様なものがいるがレベルとスキルは全て共通であり、例外は今の所無い。

 既に死んでる奴らに窒息攻撃など効く筈もなく。


 しかも攻撃判定を貰うと経験値が減るらしい。リッチに至っては奪われる。その点に関しては、逸般人の称号の効果で魂魄強度――意味は良く分からない――が、10,000%アップしてるせいか、俺には殆ど効果は無いのが幸いだったが。


 リッチは他にも蝕で連続ダメージを与えてくるから地味に削られるし、物理無効のせいで殴っても効果が無く、唯一連発できる魔法である雷霆でちまちま削るしかない。物理無効はLvによらず効果が決まっている初めてのスキルだが、敵が持っていてもただ憎らしいだけで発見の喜びは無かった。


 複雑な迷路を迷わないようにマッピングしながら、無限湧きしてすんなり倒せない雑魚を相手する。

 何より、嫌になるのはゾンビが臭いのだ。

 吐き気を催す腐敗臭。


 そりゃゾンビだから腐ってるだろうさ! だが、そこはなんとかしてほしかった! 腐ってる風の見た目なだけでいいじゃないか。なんで本当に腐らせるんだよ! 冷蔵庫で肉を腐らせたことのあるズボラな奴なら共感できるだろうが、閉鎖空間に腐った肉は少量でもヤバいことになる。


 人間大の腐肉が何十、何百、フロア全体であればおそらく何千体分あるのを想像してみて欲しい。

 泳者のスキルで無呼吸でも活動出来るのは不幸中の幸いだった。鼻と口をガムテープで厳重に塞ぐことが出来なかったら、そもそも探索自体不可能だっただろう。


 兎に角今は、あるなら消臭のスキルが是非とも欲しい。体に染みついた臭いまでは取れないから。

 対策としては三層の探索がある程度進んだら、ダンジョン外に出ないで二層に向かい、アサシンバードでわざと即死リスポーンしている。


 たかが消臭の為に死ぬのかと思われるかもしれないが、子供に臭いと言われたくない。というかそのままだと通報されるレベルの悪臭を放つことになる。


 このダンジョンをデザインした奴に会えるなら、絶対に一発ぶん殴ろうと心に誓ったのだった。




 ◇◇◇◆◆◆




 そんなこんなで、ちまちまとマップを埋めていき、正解ルートを探し出す。

 地道に探索を進めて、行き止まりにならないルートにパターンがあることが分かってきた。

 突き当たりまで進んで特定の方向に曲がればいい。


 【右左右左右右左左】×2 【左右左右左左右右】×2


 短期記憶が怪しくなってきた四十路のおっさんにとって意外とこれが厄介だ。

 途中で雑魚敵を撃退してたり、マップ確認中に壁をすり抜けてレイスが飛び出して対処に追われたりすると、さっき曲がったのが何回目の分岐だったかというのが、頭から抜け落ちる。


 十代の時ならこんなことは無かったのに、加齢とは斯くも悲しいものなのか。

 帰り道が分からなくなっても困るので、分岐ごとに何回目の分岐か壁に書いて、分からなくなったら分岐一つ分戻るというのを繰り返す。一応マッピングしながら進んではいるのだが、書いたかどうかを忘れている可能性もあるので、確認は大事である。


 途中で中断した場合は消臭のためにリスポーンするので、ダンジョンもリセットされる。故に、壁に描いた印を次回使うことができない。効率を考えれば連続で攻略するべきなのだろうが、人間性をそこまで喪失できないのだ。


 32回、右に左に時に戻りながらパターンをこなす。それを都合4回。

 どこかで空間的にループしていて、永遠に迷宮を彷徨う羽目になるのではという疑念が湧き始めたところで、漸くボス部屋らしきものの前に辿り着いた。


 歩いた距離で言えば1kmくらいだろうか。マッピングする関係上、通路の距離も測定しながら移動していたので、誤差はあるだろうが大体合計距離はその位だった。

 戦闘しながら128回も右左折したので感覚としては良く分からないが、辿り着くのに5時間かかった。


 1時間200mくらいしか進んでないという事実が、どれだけ障害が多かったのかを物語っている。

 他の階層は兎も角、余程の理由がなければ三階層はクリア後周回することはないだろう。


 マッピングのデータを無限収納に仕舞う。無限収納内の事物はリスポーンしてもなくならないことは確認している。ドロップアイテムを集めた後にリスポーンしてもロストしないというのは便利で、二層なんかでアイテム回収が必要になったら適当に奥まで回収しながら進んで、最後にリスポーンすれば戻る時間も減らせて便利である。


 ゲームのRTA(リアルタイムアタック)なんかではよく使われるテクニックだが、そんな選択肢が出て来るとはいよいよダンジョンに染まって来たなと思う。今後日常生活で常識のずれが発生しないだろうか。それとも気付いてないだけでずれてきてるのだろうか。恐ろしい。


 閑話休題。無限収納経由でこれからボス戦だと伝える。

 リスポーンすると分身が消えるので、分身の状況によっては困ったことになる。困るくらいならいいが、料理をしていて火を使っているとか、子供と遊んでいるとかだと、危険だったりトラウマだったりと色々とリスクがあるので、報連相は大事である。


 大抵はリスポーン直後に心眼で家の内部状況を把握してフォローすれば事足りるのだが、必要のないトラブルは避けるに限る。


 朝から潜ってダンジョン外は今昼前だろうか。

 少し待つと、オッケーと返信がある。


 基本的には仕事があると言って書斎に引っ込むか、トイレに籠るかである。

 その間は栗花がそれとなく子供たちをフォローしているので、今の所は問題ないだろう。


 準備も出来たところで、推定ボス部屋に踏み込む。

 赤竜の部屋と同じような感じだが、敵の姿が見当たら無い。


 ボス部屋に入った初手として、一応出られるかの確認。

 一層同様見えない壁で遮られ、出戻り禁止になっている。途中にギミックとして出てくるとも思えないし、やはりここがボス部屋という事でいいと思うが。


 それにしてもボスはどこだろう?

 二百メートル四方はある広い部屋だが、遮蔽物も無く、一層と違って光源もあるので見通しは良い。しかし、ボスどころか本当に何もない、がらんどうである。心眼に敵がいるような反応はあるのだが、その位置がはっきりとしない。


 心眼の感覚に意識を割きながらゆっくりと部屋の中央に向かっていくと、唐突に足元から反応が湧き上がった。


 反射的に足元に無限収納の口を開きながら間合いを取る。

 どういう原理かわからないが、ボスの姿は見えないが地面から直接なんらかのブレスが放たれている。


「トラップ、ってわけじゃないよな。ってことは、部屋の外にいて、遠隔で魔法を放ってる的な?」

 とりま、ブレスが終わるまで待つ他ないだろう。

 こちらの動きを追随して追っては来るが、それほど早くはないので、走っていれば追いつかれることはなさそうである。


「しかし、あれは何のブレスだ? ブレスってことはやっぱりボスはドラゴンだとして、属性がよくわからん」

 一見して煙のようではあるが、エフェクトと攻撃力が比例しているわけでもなく、ブレスならこれまで同様固定ダメージだろう。直撃するのはまずい。


 まあ、ブレスが効かなければ次の行動に移るだろう。

 青龍みたいにアウトレンジに徹されると千日手になる可能性もある。雷霆を放つにしても対象が特定できなければ当てることが出来ない。


 取り敢えず隣接する部屋などにいる可能性を考慮して、ブレスを避けつつ壁際を走り回りながら、心眼で部屋の外を探る。

 そのうちにブレスが止んだが、敵は姿を現さない。


 代わりに足元の床が槍のようになって飛び出してきた。

 それほど威力は無いのか、躱しきれはしなかったがダメージはあまりない。


 ただ、槍は連続で床から生えてくる。拳で薙ぎ払えば迎撃扱いになるのか、ダメージは無いが、いくらなんでも数が多すぎる。


 文字通りの槍衾。


 地面から生えている槍は無限収納にも収まらず、かといって槍自体がボスというわけでもない。

 初めての状況に混乱している間に、広い部屋が槍で埋まる。

 このままでは槍で生き埋めである。


 足踏みして自分の周りだけ迎撃しているが、このままでは身動きが取れなくなってじわじわと嬲り殺され――、はしないか。ダメージ的に自動回復量を上回ることはなさそうなので、ブレスの次弾が来るまでは死なない。しかし、槍のせいで逃げ場が無いので、次打たれたらまずい状況である。


 宙に浮ければいいのだが、無限収納は生物を収納できない関係上、地面と無限収納の間の僅かな隙間で攻撃判定を食らう。ほかの竜のブレスと同等であれば数秒でリスポーンである。足元から徐々に削られて身長が短くなっていく感覚を味わう羽目になるだろう。


 酷い拷問である。いっそまともに食らった方が楽だろう。


「というか、これが収納できない理由って」

 途中でへし折れた槍は収納できる。


 収納できないのは床に接しているものだけ。

 ブレスも床面から放たれた。


 そこから導き出される答えは?


 閃きと同時に、このボス部屋自体に鑑定を行う。


 名前  金竜

 レベル 251

 スキル 竜の咆哮(Lv.9) 金竜の吐息(Lv.9) 土槍(Lv.9)

 称号  土を統べる者


 金竜の吐息 …… Lv×100万/秒の土属性範囲攻撃。

 土槍    …… 基礎攻撃力×Lv×10%の土属性範囲攻撃。


 土を統べる者 …… 土属性被ダメージ無効化。土属性与ダメージ100%up。


「うへぇ。部屋自体がボスかよ。さしずめ腹の中って設定?」

 姿が見えないのも無理はない。腹の中にいるから手の内が見えなかったってワケね、HAHAHAHA。

 折角見た目よさそうな名前なのに腹の中しか見せないとは残念な奴め。


 残念と言えば、当たり判定がでかいというのも残念な奴だ。

 タネが割れてしまえば弱点でしかない。


「部屋の中で暴れれば勝手に死ぬってことだな」

 赤竜のブレスを無限収納から床に向けて放つ。二秒ほどで部屋中を覆っていた土槍が消え、宝箱がドロップした。


「気が付いてしまえば、ボスの中で最弱じゃね?」

 この階層の場合、ボス部屋までの道のりの方が余程難関だった。

 宝箱を無限収納に仕舞いながら、もう一度迷宮を踏破しなくて済んだことに安堵し、弱いボスに心から感謝するのだった。




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