第27話 獅子身中
嬉しい誤算。
二層の雑魚敵一掃による獲得経験値はなんと約2億。赤竜17体分に及んだ。
つまり、一回当たり階段1,700段分降りる労力を減らせるわけで、四十路の身には非常に助かる結果となった。
そのこともあり、初日は赤竜10体狩るのに留めた。
少しばかり気になることもあったため、このまま継続する前に確認が必要だったというのもある。
栗花から外出する用事があると言い訳して午後の警護を断って貰い、巳波が帰った後に樋口さんに電話を掛ける。
携帯も当然解約になっている上、恐らく足がついているので自衛隊から支給されたスマホである。
まあ、これもどこまで信用したものかというのはあるのだが、あまり疑心暗鬼になっても仕方がない。
「あ、樋口さん。凍野です」
「凍野さん? どうしました。巳波が何かやらかしましたか?」
「いえ、明確にやらかしたというわけではないんですが、巳波さんのことで確認したいことがありまして」
「なんでしょう」
「できればこちらまで御出で願えますか? 電話口ではない方が良い気がします」
「分かりました。定時後になりますが、夕方お伺いして大丈夫ですか?」
「はい。良ければ夕飯食べて行ってください」
「いえ、そこまでご迷惑は」
「子供たちも喜びますから。無理にとは言いませんけど」
「……では、ご相伴に預からせていただきます」
「では、夕方お待ちしてます」
「はい、失礼します」
電話を切ると、背後に人の気配。
「何? ナンパ? 妻子がいる家に愛人呼ぶわけ?」
「誰が愛人だ。樋口さんに失礼だろ」
「作ってもらってる身分で、言える義理でも無いけど、飯を食わせる理由は?」
下心あるんだろ、みたいな嫌悪感というか嫉妬というか、不満が籠った視線。
「少なからずこちらの都合で心労掛けてるんだから労ってやってもいいだろ。栗花。逆に考えろ。今自衛隊との窓口は樋口さんなんだぞ。あの人と関係が拗れて困るのは誰だ?」
「……ふーん? 仕事って言いたいわけ?」
「接待みたいなもんだよ。別に二人で密会するわけじゃないんだし、疚しい気持ちは無いぞ」
「オープンに浮気する気かと思ったわ」
「そんな甲斐性無いよ」
「まあ、杏弥がそんなことするとは思ってないけど」
じとっとした視線。
「けど、なんだよ」
「相手が惚れなきゃいいなと思ってるだけよ」
「んなわきゃ無いだろ。こんなおっさんに」
「そんなおっさんに惚れてる女がここにいるんだけど? 樋口さん私と同年代でしょ?」
「なんだよ。そんな感じの態度してたか?」
惚れられるとも思ってないので、そんなこと考えたことも無かったが。
「考え過ぎなら良いんだけどね。樋口さん、私と違ってスタイルも良いし、性格も悪くなさそうだし。向こうから誘われたら靡いちゃうんじゃないの?」
「少しは信用しろ。俺が浮気なんかするわけないだろ。栗花が最初で最後の女だ。それはもう俺の中で決定事項で、例え絶世の美女だろうが、傾国の美女だろうが、歯牙にも掛けないよ」
何せ面倒くさい。
これを純愛というのは違う気もするが、浮気による面倒くささが恋愛の高揚感を上回るのだ。
それは相手の顔面偏差値に左右されない事象である。
「分かってる。分かってるんだけど。書類上はもう夫婦じゃないし、我儘なこんな面倒くさい女捨てて、他の女の所に行くんじゃないかって、思っちゃって」
大分重傷である。
確かに俺も配慮が足りなかったか。
ここ二か月近く、ダンジョンばかりであまり構ってやれてない。
栗花だって自宅にあんなものが出来て、周りの状況が刻々と変化していって、不安が無いはずは無いのに。
挙句に暗殺騒ぎで、書類上は未亡人である。
何も言ってこないのを良い事に、甘えていたのは俺の方か。
他人から見ればどうであれ、結局俺は俺のやりたいことしかやってないしな。
スマホを取り出し、もう一度樋口さんに電話を掛ける。音声をスピーカーにして栗花にも聞こえるように。
「あ、凍野です。すみません何度も」
「いえ、大丈夫ですが、どうしましたか?」
「こちらからお誘いしておいて申し訳ないんですが、食事はまた今度でいいですか? ちょっとばかりうちの甘えん坊に愛を囁く時間が必要になりまして、夕飯の準備が間に合わなくなりそうなので」
「へ? あ、ああ、あー。いえ、こちらこそ配慮が掛けていて申し訳ありません」
何やら察したのか、ちょっと上ずった声で逆に謝られる。
「お話はできれば話は明日に。土曜日で恐縮ですが」
「いえ、では明日午前10時頃にお伺いします」
「すみません、お手数おかけします。失礼します」
「失礼します」
通話を切って栗花を見ると、真っ赤な顔で口をぱくぱくしている。
餌を強請る金魚の様だと思ったが、確実に怒られるのでその思いは胸にしまっておくことにした。
◇◇◇◆◆◆
10/14。
本日は土曜日。
土日まで警護をお願いするのは酷なので、頼んではいない。
ダンジョン内では本体が三層の探索を頑張っているはずである。なんだかんだと残り期限も40日程。既に半分を切っている。何階層あるか分からないし、そろそろペースを上げて行かないとならない感じなのだが、三層のこれまでと違った悪辣さから少々手こずっている状況である。
これまでも悪辣であったことは変わらないので、今更ではあるが。
昨夜一旦分身を解除して記憶統合を行ったので状況は共有できている。一応取っ掛かりは得ているようだが果たしてどうなることか。残り日数的にも、出来れば今日明日で攻略してしまいたい所であるが。
因みに、記憶統合した際に本体が非常に落ち込んでいた。
その後分身した俺にも同じ感情はあるのだが、それは酷い落ち込み様だった。
分身とはいえ自分以外が妻と愛を確かめあうのは確かに複雑な気分になるよな。セルフNTRである。
記憶が統合されてしまえば結局それも自分が体験した記憶になるわけだが、やはり記憶の連続性とかで若干感じ方が違うのかもしれない。
閑話休題。
予定通りの時間に樋口さんが訪ねてきた。
ついでに、山路も一緒にいた。
「何やらうちの隊員についての話らしいのでね。私も話を伺おうと思って」
内密な話になる関係上、会話が聞かれないダンジョン内で話をしようと思っていたので、第三者がいた方が栗花も安心するだろうから都合がいい。了解すると家の中に招き入れる。
入ってきた樋口さんを見て子供たちがキャッキャしだしたが、栗花がそれを抑える。
「パパはお仕事だから下で遊んでましょうね」
「ええー、おねえちゃんとあそびたかったー」
「ぼくもー」
桃と李空がぶーたれたが、樋口さんに後でねと言われると「はーい」と揃って返事をする。
素直ないい子、と褒めたいところだが、先の事件のせいで我慢しているんじゃないかと不安にもなる。平時に我儘をいわれるとイラッとすることもあるが、聞き分けが良くても心配になるのは、親の我儘であろうか。
それから挨拶も早々に、ダンジョンに入る。このダンジョンに入るということは、氾濫が起きた際に二次的に狙われるということになるはずだが、樋口も山路も特にそれを厭う様子は見せなかった。自衛隊員として、その時が来た場合の覚悟があるという事なのだろう。
奥まで行く理由も無いので、一つ目の踊り場で立ち止まり話を切り出した。
「すみませんご足労頂いて。しかし、自衛隊の内部事情に踏み込むことかと思い、電話口で話をするのも憚られまして」
「巳波君のことだよね? あまり素行が良くないというのは有名なんだが、そんな話じゃないんだろう?」
「ええ。少なくとも昨日は大人しくしてましたし」
三時間ほど居間でゲームをしていただけである。特に栗花と会話しようという意思も無いようだった。栗花から話しかけてもお構いなくと言うだけ。ただ心眼で監視していた俺は微妙な動きに気が付いていた。
「では何か」
「巳波さんが自衛隊に申告しているスキルは偽装だけですか?」
勿体ぶることでも無いので単刀直入に聞く。推定だが、自衛隊内に鑑定持ちはいない。いれば簡易鑑定持ちの樋口さんがウチに送られてくることは無いだろう。少なくともランキング1位事件の後に来るのは鑑定持ちであるべきだ。
「はい。ロールはモブで、初期スキルとして偽装を持っていると申告されています」
モブでも稀に初期スキル持ちはいるらしい。ネットの情報にも上がっているからそれ自体は無い話でも無いのだろう。偽装そのものはノーマルスキルだし、世界中にそれなりの数、所持者はいるはずだ。
隠ぺいするべきものが無ければほぼ無意味なスキルだが。
「以前会合で私の持つスキルは全て開示しましたが、その中に鑑定があります。樋口さんの簡易鑑定の上位互換ですね。名前とレベルの他にロールと所持スキル、称号を見ることが出来ます」
「ええ、伺ってます」
会合の際に説明が面倒だったのでスキルとその効果一覧を作ってペーパーで渡してある。真面目そうな樋口さんなら頭に入っていることだろう。当然、レベルによる看破条件なども理解していると思われるので、説明は省く。
「昨日、巳波さんのスキル欄には偽装で隠されていましたが、天眼とありました。これは、以前樋口さんが仰っていたランキングを参照するスキルですよね? それと、聞耳という広範囲の音を拾うスキルも所持していました。ロールはモブではなく隠者です」
ロールとスキルの虚偽申告。それが自衛隊内でどんな意味を持つのかは分かりかねる。しかし、天眼は稀少スキルであり、大っぴらに持ち主が特定されるのはまずいだろう。
「偽装スキルは多分それなりに所持者がいるであろうと思われるのに、わざわざ稀少スキルを一緒に持った人材が暇だからと送り込まれた事に違和感がありまして。私を信用しているという事であれば、いいんですが、そうでないなら何かの意図を持って隠しているのだろうか、と」
これは自衛隊の俺に対する信用問題でもある。聞耳のスキル所持者であることを考えれば、何らかの諜報を行おうという意図が透けて見える。だが、鑑定持ちであることが分かっている俺の元に、バレると分かって送り込んでくるほど山路も樋口さんも馬鹿じゃないだろう。
「……彼がダンジョンに関わらないというのであれば、問題は無かったんだがね。少なくともダンジョン探索に関わっている現在、戦力の均衡を図る上で隊員のスキル情報は必須だ。それを隠匿していたとなると、懲戒処分ものだね」
「隠匿した理由如何では、クビだけでは済まされませんね」
天眼は稀少ではあるが特に害の無いスキルだろう。ランキングを閲覧出来たところで個人では活かしようもない。
問題は聞耳の方だ。悪用しようと思えば色々と思いつくスキルである。ダンジョン探索では索敵用のスキルとして応用も出来るが、どう考えても人間社会で盗聴に使うためにあるようなスキルだ。本当に秘匿されていたのだとすれば、自衛隊内で機密情報にアクセスしていた可能性もある。そっちはそっちで大問題である。
覗き趣味の延長で自分だけで楽しんでいる分には実害は無いが、仮にどこかに漏れることがあるようだと。
「それと、在宅中はずっとリビングのソファにいたんですが、そのソファのクッションの隙間にこれを挟んでいました」
一見するとハンコのような円筒形の黒い物体。巳波が家を出て行った後、直ぐに回収してダンジョンに突っ込んでおいた。類似品を検索した結果、盗聴器のようだった。こちらに関しては何の言い訳もできまい。普通に犯罪である。
「……何をやっているんだあいつは」
盗聴器を受け取り怒りに震える樋口さん。本当に何をしてくれているのだろうか、あの男は。そしてそんな男を自宅に寄越さないで欲しい。
「すみません、凍野さん。やはり人選に問題があったようです」
「この間あの様な事があったばかりだというのに、申し訳ない。直ぐに警務隊に連絡して捜査させる」
「宜しくお願いします」
伝えるべきことは伝えたが、それにしても大丈夫か自衛隊、とも思う。いっそこちらの情報を探るためにワザと送り込まれたといった方が国土防衛を担う組織としては安心できるが。
巳波がどこぞの国の諜報機関と繋がったりしていたらと思うと気が気ではない。これ以上状況が面倒になるようだったら、一家でダンジョンに引きこもらなければならないだろうか。
最後の最後にはそうせざるを得なくなるかもなーなどと、ぼんやりと考えたのだった。
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