第26話 現場復帰




 どうもコンニチワ。凍野杏弥です。

 化けて出やがった?

 死ぬ死ぬ詐欺?


 何とでも言え。

 法的には死んでるし、国籍も無い。

 その観点からすれば幽霊と言っても過言ではない。


 日本国内にいると不法入国者扱いとなるのだろうか。

 強制的に退職も出来たし、晴れて無職。


 お察しの方もいるかもしれないが、死んだのは分身の俺である。9/26以降会社を含めて外出時は分身を使っている。身の安全を警戒しての事だが、転ばぬ先のなんとやらである。


 山路、天沢、樋口の三名には9/30の会合でそのことは伝えてあったため、外部ではあの三名は生きていることを知っている。


 家族の安全も考えると、公的には死んだ状態を維持した方が家族の安全も確保できるので、そのまま葬式までしたのだ。ダンジョン外で分身が死亡した場合に死体が残るのは予想外だったが、この展開に持ち込むには都合の良い仕様であった。


 火葬されて納骨が終わった後に分身を消した。一連の葬儀が終わったのが10/6なので、ダンジョン内で18日間暇を持て余すこととなった。万が一死亡してリスポーンした場合、分身の死体が消えてしまう可能性が高かったため、自重することになったのだった。


 当然、世間様への欺瞞工作のため、腹芸の出来ない子供たちに会うわけには行かず、父親を失った悲しみを味合わせることになってしまった。申し訳なさで死にそうだった。


 一連の葬儀まで終了し、死亡に伴なう種々の手続きが終了したタイミングで、子供達には再会した。リスクはあるが、正直子供に会えないなら死んだ方がマシである。まあ、実際死んでいるのは多くの人が確認して、事件性から司法解剖までされているので、死んだことを疑う人はいないだろうし、子供が父親が生きていると口を滑らせたところで、子供自身に同情の視線が集まるだけであろうが。


 一応、パパが生きてるとばれると、また殺されちゃうかもしれないから誰にも言ってはいけないよと口止めはしている。がっつりトラウマになったようで、普段の聞いてるか聞いてないか分からない約束事とは別次元の真剣な顔で頷いてくれたので大丈夫だと信じよう。


 ごめんね、李空、桃。パパが迂闊なばっかりに要らぬ心労を掛けて。


 葬儀を終えて一週間ほど保育園と学校を休ませて、存分に甘やかした後に日常に戻ることとなったのだった。これからお出かけとか一緒にできない状況が続くのだが、その辺は後々なんとかしたいと思っている。方法? 知らん。


 10/13。

 子供達を送り出して帰ってきた栗花を家に迎え入れる。


「栗花にも苦労かけたな。ほんっっっっとうに申し訳ない」

 土下座である。栗花は呆れたようにため息を吐くだけだ。


「しょうがないじゃない。別に杏弥が悪いわけじゃないし。でも、家に杏弥がいてくれるなら家事やってくれるのよね? 助かるわー」

 冗談めかしに言って茶化す。


「任せておけ。って、元々八割がた俺がやってなかったか?」

「そうだっけ?」

 そもそも家事をやりたくないから仕事をやってる節のある栗花である。まあ、仕事が無い分、分身で家事をやればいいだけなので特に問題はない。Lvアップ条件だったのか、ダンジョン外で分身が死んだ時点でLvが上がって、2体まで分身を出せるようになったし。


 心眼があるので不意の来客にも対応は出来るし、押し入り強盗であれ侵入前に感知可能である。


 それに自衛隊にとある交渉を持ちかけ、自宅の警護と周辺からの不審人物の排除をお願いしているので、無関係の第三者が突然自宅を訪れることはない。


 今は雑念を排してダンジョン攻略に注力したい。


「愛してるよ、栗花」

「私も愛してるよ、杏弥」

 久しぶりにぎゅっと抱き締める。


 法的には既に婚姻関係は解消されているが、別に離婚したわけではない。

 子供たち同様、栗花もまた俺がこの手で守りたい者の一人だ。

 その事を、再確認する。


 このままアダルティにもっと愛を確認したい気持ちもあるが、まだ昼前である。

 ちょうど来客も来たことだし、若干物欲し気な栗花の頭を撫でて玄関を指さす。


 インターホンが鳴ると同時に栗花が玄関を開けると、ちょっとびっくりした顔の樋口さん。

 俺は他人に見られるのもまずいので二階に引っ込み、心眼で状況を確認する。


「あ、栗花さん。おはようございます」

「おはようございます。本日はどのような用件で?」

 事務的な対応の栗花。あまり得意なタイプではないのか、人見知りなのか知らないが、樋口さんに対して若干の壁を感じる対応である。


「今日はお約束だった護衛用の人員を連れてきました」

「ちょりーっす」

 樋口さんの後ろから、茶髪の細身の男がひょっこりと顔を出す。


 三十代くらいに見えるが、自衛官なのに髪を染めてるし、初対面とも思えない態度だし、大分クセの強そうな男だ。

 取り敢えず鑑定。


 名前  巳波 羊一(みわ よういち)

 レベル 2【5】

 ロール モブ【隠者】

 スキル なし【天眼(Lv.2) 偽装(Lv.1) 聞耳(Lv.3)】


 天眼 …… 探索者のランキングを参照できる。Lvに応じて情報量が増える。

 聞耳 …… 自分中心に半径Lv×1m範囲の音を拾う。


 頼んだ通りの偽装持ち。だが、まさか天眼も併せ持っているとは。

 おそらくSレア以上のスキルだろうに、かなり引きが強いらしい。


 聞耳のスキルも初見だが、なにやら諜報活動に向きそうなスキルである。心眼と同様アクティブスキルだろうが、使ってるかどうかは外見から判別できないので、物音も極力立てないようにしないとな。


 それにしてもスキルを一人で三つも持っているなんて。人の事は言えないがかなり珍しいのでは?


「巳波士長。失礼の無いようにと事前に言ったはずですが」

「はっ、失礼しました。でも、麦ちゃんさー、これ正式な仕事じゃないんでしょ? じゃあ、別に堅苦しくしなくてもいいじゃん」

「しばきますよ? すみません、栗花さん。他にまともな人材がいれば替わるんですが」

 申し訳なさそうな樋口さん。


 士長ということは、階級的にも樋口さんの大分下だろうに、職務じゃないからとため口は凄いなと思う。まあ、そのせいで年齢の割に出世していないのかな。歳がいってから入隊したかもしれないし、一概には言えないけれど。


 稀少スキル持ちだし、態度さえよければそれなりな立場になれそうだと思うのだが。


「他の人員はちょっと持ち場から外せなかったもので、すみませんが今日の所はこいつでご容赦願います」

「いえ、私は構いませんけど。巳波さん、で宜しかったですか?」

「ええ、はいはい。巳波です」


「大分退屈させることになるとは思いますが、宜しくお願いします」

「ええ、こちらこそ宜しく」

 ちょっと陰気に笑みを浮かべる巳波に、若干先行きが不安になるのだった。




 ◇◇◇◆◆◆




 ここ一週間、今も継続して本体はダンジョンの中である。

 分身同士、本体同士は解除した時に記憶と経験の統合がなされるので、分かれている間はそれぞれが何をやっているか分からない。


 混乱の元だし、一つの脳に三倍の経験が入ってきても処理しきれないのでそれは構わないのだが、連絡を取りたいときに少し不便に感じることもある。本体の意思で解除はできるが、その場合分身をもう一度送り出す必要もある。


 護衛目的もあって常時分身しているのに呼び戻すのも不合理であるが、そうなるとダンジョンの中に入りびたりの本体は外部の情報がさっぱり伝わらない。


 分身が二体迄になったので、適当なタイミングで交替させて記憶統合を行おうか、とか色々と検討した結果、無限収納で問題を解決できることに気が付いた。


 困ったときの無限収納である。


 分身であってもスキルは全て有効なので、当然分身も無限収納は使える。

 そして、それぞれが収納したものは共通の場所に格納されるのだ。


 これを利用し、定時連絡をメモなりなんなりで無限収納に収納し、それを定期的に本体が見るという段取りである。


 タイミングが合えば寝室で落ち合うこともあるが、家の中を同じ人間が複数人でうろうろするのは不気味なことこの上ないので出来るだけ避けている。


「なんか気持ち悪い」

 栗花にそう言われたのだから仕方あるまい。子供たちも泣きそうだしな。


 そんな無限収納による定時連絡で分身から協力者到着の報せ。

 やるのは以前米山分隊にやったのと同じレベリングだが、同じことを馬鹿正直にやれば、また他国に目を付けられてしまう。


 あのレベリングには経験値を一旦受け渡す相手が必須なので、その際にレベルが上がることを誤魔化す偽装持ちが不可欠。


 それで自衛隊に協力を願い出たのである。


 経験値自体は分身が受け渡しをするので、報せが来たらOKの返信を行って、それを向こうで確認すれば手持ちの経験値を全て協力者に受け渡しする。

 ステータスを開いてレベルが1に戻ったのを確認し、こちらで敵を倒すという流れ。


 今回の相手は二層の雑魚敵。

 三層も少しだけ潜って雑魚敵がいることは確認しているので、後々どちらが良いか確認せねばなるまい。


 単純に赤竜狩りの方が効率が良ければ雑魚狩りはやらないかもしれないが、どうせ天罰のLv上げのために毎日使うのだ。それほど時間がかかる訳でもないので、取得経験値次第かなー、と考えていた。


 因みに、窒息ハメでは時間が掛かるので、赤竜狩りは無限収納でブレス封殺からの緑竜ブレスで瞬殺コンボを決める方針である。そのためにこの一週間緑竜のブレスを回収していたのだ。天罰が一日一撃しか使えないから、緑竜が再度ブレスを放つまで生かさず殺さずで凌いで、可能な限り一回で回収するというのを繰り返す地道な作業の結果、時間にして一時間ほど連続使用できるくらいは溜まっている。


 赤竜は緑竜ブレス3秒もあれば死ぬので、多少引っ込めるタイミングを間違えても1,000体くらいは狩れるはずである。五分で一体は狩れるので窒息ハメより効率も段違いに良い。


 どちらかというと、リポップさせるためにダンジョン外に出て再度階段を下る事の方が問題である。

 俺の体力が果たしてもつかどうか。


 それでも一時間で六回程度は周回して、目標量まで数日はかかる計算であった。


「天罰」

 二層の雑魚を一掃する。

 ステータス画面を開いてみると、


 名前  凍野 杏弥(いての きょうや)

 レベル 999

 ロール 預言者

 スキル 神託(Lv.3) 鑑定(Lv.1) 熱耐性(Lv.1) 奇跡(Lv.1) 心眼(Lv.1) 天罰(Lv.1) 偽装(Lv.1) 再生(Lv.2) 共有(Lv.2) 分身(Lv.2) 無限収納(Lv.1) 泳者(Lv.1) 召喚(Lv.1) 雷霆(Lv.1)

 称号  不撓不屈 逸般人 竜殺し 殲滅者 到達者


 おや? 一撃でカンストしてる。

 共有もLv.2になってるし。


 思ったより取得経験値が多い?

 雑魚敵の個体数が想定より多かったんだろうか。

 ここだと共有相手がいないから、いくら経験値が入ったかは分からない。今頃分身の方が数値を把握しているだろうけども。


 少ないよりは多い方が仕事が早くて助かる。

 自衛隊への協力の謝礼として、分配する分の経験値もこれで幾分楽に稼げそうである。


 では、これから張り切って赤竜狩りと行きますかー。




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