第24話 生者必滅




 知らない外国人の後をついて、二分ほど歩いた先の喫茶店に入る。

 昼時だというのに店内には客はおらず、マスターが一人コップを拭いていた。


 ブロンドの女性が慣れた様子でカウンターに座るとマスターにいつものと注文をする。そんなに頻繁に来てるのだろうか。この街に住んでるなら話題になってそうな美人だが今まで聞いたこともない。


「ミスター凍野。何かお飲みになりますか?」

 隣に腰掛けると、ざっとメニューを見てアメリカンコーヒーを頼む。


 マスターは女性の方にカプチーノ、俺の方にコーヒーを置いて奥に引っ込んでいった。貸し切りにしているのかもしれない。それにしても第三者がいなくなるのは不安だが。


「それで、どちら様が何の御用でしょうか?」

「平たく言えば我々はUSAのものです」

 アメリカからのお客さんらしい。良い話の予感はしないな。

 ピンポイントでプライベートな時に俺の所にくるということは、ダンジョン絡みの話だろうが。


 取り敢えず鑑定してみる。


 名前  Michelle(みしぇる)=Blaze(ぶれいず)

 レベル 8【99】

 ロール モブ【第一皇女】

 スキル なし【天秤(Lv.5) 火術(Lv.3)】


 天秤 …… レベル+Lv×10以下の相手の言動に対して、正誤、虚飾の判別ができる。

 火術 …… 火属性魔法が使える。基礎攻撃力×(1+Lv×10%)。


 見慣れない表示だが、恐らく偽装スキル的なもので表向きの表示を変えているのだろう。スキル欄には無い事から、特殊な装備とか他人のステータスを偽装するスキルがあるのかもしれない。


 皇女のロールに天秤のスキル。ロールは外見からするとらしいっちゃらしいが、天秤の効果を期待して送り込まれてきたと見るべきか。


 それにしても第一ということは、第二、第三の皇女がいるのだろうか。謎だ。


 入口の方で突っ立ったままの男を見ながら鑑定。


 名前  Raphael(らふぁえる)=Chevalier(しゅばりえ)

 レベル 9【101】

 ロール モブ【騎士団長】

 スキル なし【裂帛(Lv.5) 風術(Lv.3)】


 裂帛 …… レベル+Lv×10以下の敵性体の動きをスタン(5秒)させる。(CT15分)

 風術 …… 火属性魔法が使える。基礎攻撃力×(1+Lv×10%)。


 美人さんと同じような感じだが、立ち位置的にもやはり美人さんの護衛だろうか。


「彼は座らないので?」

 視線を向けた言い訳に口にすると、男は手を前に出して遠慮を示した。


 無防備に背を向けても襲い掛かってくるでもないし、取り敢えず二人とも危害を加えるつもりではないのだろうと判断しておく。あくまで取り敢えずでしかないが。


「私はミシェル=ブレイズ。ミスター凍野。貴方は自分が今、世界中から注目されているとご存じかしら?」

 嫌なセリフである。


「いえ、存じ上げませんけど?」

「内々にですが、NATOでも貴方の議題が取り上げられているんですよ? 一体何者だ。日本は何を秘匿しているのだ、とね」

 NATO。北大西洋条約機構。国際組織で取り上げられているって、その割に昨日天沢からそんな話はなかったな。所属はしていないがパートナー国とかになっていたのでは? ハブられてるのか日本。


「ブレイズさん。話が大きすぎてついてけません。国際情勢もダンジョンに関する各国の動向も知らない一市民に過ぎないんですよ、私は」

「ええ。その一市民が、世界の名だたる国家を、我らがステイツを出し抜いて、ダンジョンの秘奥に踏み込んだ。無遠慮に、無警戒に、無邪気に、無防備に」


「その点について責を負うべきは私ではなく、規制をしなかった国でしょう。違法行為はしてませんよ。一切ね。合法の範囲内で出来ることをしているだけです。実際規制が掛かったので、今日以降ダンジョンに潜る予定も無いですしね」

 まあ、数日後にはダンジョン庁の許可を取ってくれるという話になっているのだが。

 うちのダンジョンが攻略されなくて困るのは自衛隊も同じである。


「適法であるから、全てが許容されると考えているなら見識が浅いと言わざるを得ませんわね。誰かの権益を犯す行為をした場合、合法違法に関わらずカウンターがあるのが世の摂理ですよ」

「ああ、怖い世の中ですね。それで、貴方は、USAは何をお望みで? どちらにせよ国家からの要求であれば、日本政府を通して欲しいもんですが」

 俺は外務省の人間ではない。言ったところで詮無い事だろうが。


「勿論正式には上を通してお話はしますが、その前にご本人の意向を確認したほうが話が早いでしょう? 少なくとも今の貴方は国に言われたからと言って何かしなければいけない立場ではないし、貴方個人と話をするのにあなた以外の許可は要らないはず」

「少なくともダンジョンの話をするのであれば、秘匿義務を負っているのでお話しできることはありませんが」


「秘匿義務?」

「忖度か配慮でもいいですが。国際情勢を揺るがす情報を一個人が持っていたとして、それをみだりに広める行為に対して国は罰する権利を有しています。嘘であれ本当であれ、国がその気になれば立件起訴実刑まですぐですよ。そんな背景があれば義務を負っているのとさしたる違いはないでしょう」


「その硬い口を開けるには、許可が必要という事ね」

「貴国とのパワーバランスからすれば別に難しい話でもないでしょう。しかし、私には必要な建前です。少なくとも現時点で世間話以上の何かをするつもりはないですよ」

 ただ会ってるだけでも微妙である。一応ボイスレコーダーを回しているので、後で証拠がてら提出しようとは思っているが、要らぬ疑いを掛けられたくはない。


「オーケイ。いいでしょう。貴方から何かを聞き出すのは手順を踏みましょう。今日はこちらからの要求だけをお伝えします。別に貴方にとっても悪い話ではないわ」

 ブロンド美女はそう言ってくっつきそうなほど顔を近付け、小声で囁く。


「USAの所属になりなさい。日本国では貴方と貴方の家族を守り切ることは出来ないわ」

 蠱惑的なウィスパーボイス。

 背筋がゾクゾクとする。


「ふふ、ではまた会いましょう。マスターにお土産のケーキを頼んであるから持って帰ってちょうだい。ではシーユー」

 投げキッスをして去っていく美女。


 ごしごしと近付けられた右耳を擦る。

「あー、気持ち悪」

 いくら美人でも、初対面の人間に距離を詰められるのは苦手なのであった。




 ◇◇◇◆◆◆




 二人がいなくなったのを見計らってマスターが出てくる。

 有名洋菓子店の箱を渡され、お代は貰ってると言われる。

 最近驕られてばかりである。


 それ自体は悪い事ではないが、代わりに心労が嵩んでいる気がする。

 気がするではなく、実際に疲れている。驕るからだれかこの心労を引き取ってくれないだろうか。


 アメリカさんが直接やってくるとは以外だったが、しかし話しぶりからすると他の国にも知れ渡っているようである。そうすると、直接攻撃を仕掛けてくるところがありそうな。


 例えば、隣国とか、隣国の隣国とか、隣国の隣国の隣国とか。

 仮想敵国と言われる共産主義圏の某国なんかは、日本国が力を持つ可能性を憂慮して、元を断とうと短絡的な方策を取る可能性も無きにしも非ずでは?


 その辺は自衛隊なり、警察なりが頑張って欲しいが、日本国の防諜能力って信用ならないしなー。

 公然と仮想敵国の息の係った政治家がいると言われるくらいだし。


 確かに大国に守護される必要はあるのかもしれない。長いものに巻かれる的な?

 フレンドリーファイア禁止は今の所ダンジョン内だけなので、ダンジョン外では普通に狙撃とかされる可能性もあるし。


 それでも即死しないで一分間耐久出来れば全快する俺はいい。家族が狙われて人質に取られて、なんてなったら。


 後ろ盾は必要。それは分かる。

 日本が国としては頼りないということも。


 だからと言って、大国と取引することはその敵対国の不興を買うことに繋がるのでは?


「何が正解かわからんな」

 事が大きくなり過ぎた。今更後戻りもできず、ただ流されるままに生きていくしかないのか。


 マスターに呼んで貰ったタクシーが店の前に付く。

 運転手のおっさんが窓を開けて名前を確認してくる。凍野ですと答えると同時に、黒い金属の塊をこちらに突き出した。


 状況を理解する前に破裂音が響き、心眼が何かを捉える。

 それが何かを察知する前に胸のど真ん中を貫いていた。


 次の瞬間には頭部に衝撃が走る。

 殺意満々の二撃。

 良い腕だと思わず笑ってしまう。


 視界の端にタクシー運転手の怪訝な顔を捉えたのを最後に、意識が消失した。




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