第23話 傾国美人




 10/1。

 ダンジョン法施行。


 日付が替わった時点でダンジョン探索やダンジョン内の資源の売買が許可制となった。それまでオークションサイト等で真偽は兎も角ダンジョン産とされていたものは一旦全て削除された。それらのサイトではダンジョン産のものと思われるものは取り扱わない、それらしいものは出品取り消しの上、通報、及びアカウント削除対応となる旨、トップページにデカデカと表示されている。


 今の所商売にしていたものはいなかったので、大きな混乱はない。

 一部動画配信等で小銭を稼いでいた配信者が恨み節を言っている程度である。


 この程度で済んだということは、政府の対応は十分程度には早かったと言えるかもしれない。


 昨日は、あの後山路と天沢の両名から会社設立についての説明が為された。

 話としては、今後も情報提供して欲しいが、相手が個人だと政府としても自衛隊としても体裁が悪い。


 ただの一企業の課長程度では、社会的な信用度が低く、今後有用な情報を提供して貰っても政府として動き辛い。


 自衛隊経由で情報を上げるにしても、やはり一次情報を偽装するのは後々を考えるとやりたくないそうだ。まあ、嘘はいつかばれて、嘘をついていたという事実から信用度が下がる。


 交渉事で嘘は劇薬である。

 上手い嘘を貫き通せれば元手ゼロで大量の利益を得ることもできるが、長期的に見れば大抵はどこかで露見する。


 嘘を吐かなくていいのであれば、そうしたほうが良いというのはご尤もではある。

 それ以上に、情報が虚偽であった場合切り捨てるための尻尾を作りたいというのは透けて見えてはいたが。

 それも組織を守る立場の者とすれば当然ではあろう。


 守りたいものがあるのはお互い様なので、その辺、俺だけが割を食わないように立ち回る必要はあると思う。

 必要なのは出来るだけ大規模に巻き込む事だろう。


 そうすれば、日本人特有の擦り付け合いの果てに、責任を分散して、最終的な罪を薄めることが出来る。


 別に罪を犯すつもりは無いが、過程で間違うことはあり得る。

 間違いが法に引っかかる可能性はゼロではないし、その時全てを引っ被るのは御免被りたい。


 しかし、会社を設立するということは、そこに所属しろということで、なんなら経営しろという事である。設立に関わるあれこれは天沢の方で段取るということなので、実質的に名前だけのお飾り社長になりそうだが。


 既に企業に勤めているサラリーマンである俺が、それを実現するためには一つ絶対に必要なプロセスがある。


 そう、つまりは現在の職を辞する事だ。


「はぁ、部長になんと言ったものか」

 因みに昨夜栗花に事情は話した。栗花も元は同じ会社に務めていたのだが、育児と仕事を天秤に掛けて仕事を辞めた。このままでは子供に教育が行き届かないので、子供を優先に考えるという名目である。


 実際は「飽きた」という身も蓋も無い理由ではあったのだが。

 そんな栗花なので、辞めること自体には特になにも言わない。自分が既にやっているので言えないと言った方が正しいか。


 転職で給料が下がったことを気にしているのだ。別にいいとは言っているのだが。嫌な仕事を続けて家で愚痴を吐かれたり不機嫌を振りまかれる方が困る。俺が稼ぐから、とその時格好良く言えないあたりがダメな夫ではあるが、サラリーマンなので頑張ったところでそんなに急激に給料は上がらない。


 というわけで、問題は会社の方である。

 管理職が辞めたいと言って、はいそうですかと話が進むわけもない。

 特に現場持ちの課長様は、ある程度の経験が無いと大変である。まあ、下が優秀だからお飾りでなんとかならんことも無いとは思うが。


 ……いや、なんとかなる気がする。

 俺がやっている仕事を鑑みるに、ハンコを押す手と、押す場所を確認できる目があればいいんじゃね?


 まあ、それはあまりにあまりな話ではあるが。

 勿論冗談ではある。


 単純にあまり人気が無いのだ。24時間稼働しているのでトラブルがあれば夜中でも電話が掛かってくるし、地震があれば日祝日だろうが夜中だろうが状況確認をしなければならないとか、事故や怪我があれば原因追及に、対策に、報告書に、監督官庁への届出にと、業務が多岐に渡る。何するにしてもまず現場が分からないと、判断も出来ないし。


 まあ、サラリーマンなので、やれと言われればやらなければならない悲しい生き物なのだが、割を食う人には本当にご愁傷様と言いたい。


 幸いというか、このところ当社は不景気であまり忙しくは無いので、今ならなんとかゴリ押せるかなーっと思う。


 それ以前に不測の事態でなし崩しに辞める状況も昨日は想定していたが、そちらは状況次第というところなのであまり考えても仕方が無いだろう。


 会社への辞意を伝える言い訳を考えつつも、本日は昨日の穴埋めに割と高めの回転寿司屋に来ていた。

 値段の高いカラフルな皿ばかり頼む栗花に閉口しつつ、納豆巻と唐揚げ、フライドポテトで満足する子供たちを微笑ましく眺める。


 俺? 一番安いと言わないまでも、安めのものばかり選んで食べている。高い店だから安いと言っても安くないのだが。


「それにしても話が大きくなってきたわね。杏弥も社長さんですか」

「社長になるかどうかは聞いてないが」

「なるでしょ? 社会的信用度上げるためなんでしょ? 平社員だったら今と変わらないか下がるじゃない」

 栗花の冷静な突っ込みに辟易する。


「ガラじゃないんだけどなー」

「運営は人任せでもいいんじゃない。人手足りないなら雇ってよ」

「今の仕事はいいのかよ?」


「行く行くは独立したいって思ってたけど、ダンジョン云々で今後の需要がどうなるか疑問だしね。むしろ新しい事に関わっていた方が楽しそうだし」

「んー、やってみてだな」

 レベリングの情報量で一億円を得たので、当面収入に関しては問題ないとして、同じ職種に夫婦で着くというのは何かあったとき共倒れの可能性もある。栗花の転職を反対しなかった理由の一つにそれがあるし。


「パパしゃちょうになるの?」

 桃がキラキラした目でこちらを見ている。


「どうだろうね。社長になったらすごい?」

「しゅごい」

 この子は幼いながらも現金な部分があるので、父親の地位が上がることが分かるのだろうか。


「お金いっぱいもらえるの? じゃあゲームかってよ」

 李空も割と現金な発言をする。

「まだなったわけじゃないよ。大体ぱぱの給料が上がるかどうかも分からないし。そもそも穏便に辞められるやら」


 マジで後継がいないんだよなー。いや、そりゃ全くいないわけじゃないんだけど、育てた端から他部署に取られるから、今いる部下も経験値が足りないんだよなー。


 辞めた後の事を悩むのは俺の仕事ではないのだろうけども。天沢には遅くとも年内には辞めてくれと言われているけど、どう頑張っても年度内は無理な気がする。


「ま、明日会社で部長に相談だなー」

 一旦面倒事は棚上げにし、そろそろ全員食べ終わったのでタブレットで会計を選択する。

 店員が来て伝票を置いていく。


 13,270円。


 ぐぬぬ。一皿千円越えのウニとかばかり食べる奴がいるから……。

 これも経費と割り切って、会計を済まそうと立ち上がろうとしたところで、手に持つ伝票をひょいっと横合いから奪われる。


「凍野杏弥さんですね。少しお話があるのですが宜しいですか? 会計はこちらでしておきます」

 身長が大体180cmある俺と同等以上のかなり長身な女性。


 ブロンドの髪に青い瞳。引き締まった体。その割に主張の激しい胸部と臀部。

 顔面偏差値もかなり高く、そのスタイルと相まってどこのスーパーモデルだと言いたくなる。


 どう見ても日本人ではないが流ちょうな日本語で話している。


 伝票を後ろに立つ190cm以上ある筋骨隆々の白人男性に渡しながら、こちらに微笑みかけているこの白人女性は一体……。


「……どちら様です?」

「取り敢えずお店を出ましょうか」

 

 栗花がどういうこと、という視線を投げてくるが、知らねーよと返すしかない。

 仕事で他国の人と関わることはゼロではないが、少なくともこの人は知らない。


 兎も角、会計したのに店に居座るわけにも行かず、謎の女性に続いて店を出た。


 見知らぬ人に桃は人見知りを発揮し栗花の足にしがみ付き、李空も外国人との関わりははじめてなので、どうしていいかよくわからず戸惑っているようだ。


「それで、話というのは? 長くなるようなら私だけで聞きますけど」

 誰ですか、知りません、失礼しますと言って立ち去りたい所だが、厄介事を放置して更なる厄介事がやってきても困る。


「ああ、そうですね。子供達には退屈な話になってしまうでしょうから、お父さんだけの方が良いかもしれませんね」

「分かりました。栗花。先帰っててくれるか」

 そう言って車のキーを渡す。


「……わかった。気を付けてね、色々と」

 美人の金髪女性ということもあってか若干視線が鋭い。

 あのゴリラみたいな男がついてるのに何があるというのか。


「さ、パパはまたお仕事みたいだから、先に帰るわよ。おやつでも買って帰りましょ」

「え、おやつ? なんでもいいの?」

「一つだけよ?」


「わーい、ももはぺろぺろきゃんでぃがいい」

「やっほー、ぼくはポテチ」

「えー、やっぱりもももそれがいい」

 平和に去っていく子供たち。


 出ていくのを見送っている間に、男の方も会計を終えて店から出てきた。


「では、行きましょうか」

 一体どこに連れていかれるのやら。

 若干の不安を押し殺しながら、二人の後をついていくのだった。




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