第20話 七転八起
気持ち悪。
赤竜のブレスは慣れたものだが、緑竜のブレスはいただけない。
なんだよ、溶解毒のブレス? あんな非人道的攻撃するなんて、人権意識の低いドラゴンだ。
ハーグ陸戦条約の条文1000回読め!
体は元に戻ったはずだが、指先がぶるぶると震える。
千回以上の死を乗り越えて、少しは死に対して図太くなったと思っていたんだが、苦痛に対する耐性はそんなについてなかったようだ。
今すぐまたあの緑竜と対峙できるかと言われれば、絶対に嫌だと言わざるを得ない。
いずれ訪れることだと予測はしていた。
早々都合よく即死ばかりしていられるものでもない。
生きて食われたり、半殺しで長時間のたうち回ることも、いつか当然のように起き得る事だと理解はしていた。
しかし、予測は予測。実感の籠らないただの言葉でしかない。
「クソが」
ここで辞めてしまおうか。
ふとそんな思いが頭を過る。
自衛隊にレベリングの方法は教えた。
ダンジョンコピーも伝えた。
俺はよくやったのでは? ただの一般人、ただの四十路のおっさんが、裸一貫でここまで出来たのならば、それはもう手放しで賞賛されるべき偉業なのでは?
上手い事レベリングでパワーアップした自衛隊が、後のことは全て引き受けてくれるのならば。
「なんてな」
管理職として自分の資質を疑う部分ではあるのだが、こういう肝心なところを人任せには出来ない。
いや、割と会社では人任せにしているとは思うが、それは俺にとってどうでもいいというだけの話である。会社の業務自体が割と結構どうでも……、いや、ナンデモナイデス。
美味しいところは自分でやりたい。
達成感を味わいたい。
他人を信用ならない。
結局のところ自分が一番うまくやれるだろう。
結果に後悔したくないから、他人に運命を任せたくない。
そんな所である。
我儘と言うか、なんというか。
人間不信なのだろうか。それとも自意識過剰なのだろうか。
自身が大したことのない人物であるというのは、誰よりも知っているというのに。
よくは分からないが、度し難い人間である自覚はある。
「とはいえ、今日はもう無理だな」
無策で突っ込んだ所で勝算も無い事だし。
緑竜をどうにか出来たところで、天罰のクールタイムが開けないと雑魚処理がどうにもならない。
赤竜狩りでもしながら、緑竜討伐のプランを考えるとしよう。
◇◇◇◆◆◆
9/27。
緑竜攻略の糸口を探るという名目で、実質精神の立て直しで丸一日を費やした。
仕事にも身が入らないし散々ではあるが、お陰で多少回復したと思う。
そして、肝心の攻略は全く目途が立たない。
閉鎖空間でさえあれば同じようにハメられたのに。
二層フロアの広さは良く分からないが、まず空がある時点で上限があるのかも良く分からない。
例えば地球の表面積と同じだけありますとなったら、それはほぼ無限といって差し支えない。
地球上であれ、大気は有限なわけだから無限収納が文字通り無限であればいつかは収納し得るのかもしれないが、視認範囲の大気全てを収納できたところで、一体それを何回繰り返せば全ての大気を収めることが出来るだろう。なくなった大気が流入してきてまた収納しての繰り返し。
しかもやればやるほど薄くなって効率も落ちる。
窒息判定になるには酸素濃度何%まで下げればいいのやら。
そういうわけで、あまり建設的な案だとは思えない。
余程追い詰められた時の最終手段ということになるだろう。
では真っ向勝負で相手になるのか。
まず、あのブレスをどうにかする手段から考えなければ。
ブレス、ブレス、ブレス?
ふと思い立ち、髪の毛を一本引き抜いて無限収納に入れる。
問題なく入る。
果たしてブレスは生物か否か。
肉体から離れた元肉体の一部ですら、生命とは判定されず収納できるのであれば?
ダンジョンの謎仕様があるかもしれないが、出来ない理由はない。
問題はブレスが放たれてから収納するまでの反射神経だろう。
後は、持続時間が良く分からないから出されている間ずっと収納し続けなければならない。
ワンミスで死亡である。
前回死亡するまで数十秒はあった気がするので、その間ずっとブレスが持続していたとすると中々集中力が必要そうだ。
「まあ、案ずるより産むがやすし。習うより慣れろの精神で、赤竜に試してみるか」
レベルが上がったせいで即死しなくなったとすれば、全身火傷を数十秒耐えるハメになるかもしれないが、やらないと話が進まないのだから仕方がない。
仕方がないで済ますなよと思わなくもないが。
「と、その前に」
ステータスを開く。
名前 凍野 杏弥(いての きょうや)
レベル 999
ロール 預言者
スキル 神託(Lv.2) 鑑定(Lv.1) 熱耐性(Lv.1) 奇跡(Lv.1) 心眼(Lv.1) 天罰(Lv.1) 偽装(Lv.1) 再生(Lv.1) 共有(Lv.1) 分身(Lv.1) 無限収納(Lv.1) 泳者(Lv.1) 召喚(Lv.1)
称号 不撓不屈 逸般人 竜殺し 殲滅者 到達者
すっかり忘れていたが、レベル999になったときの特典でスキルを新たに覚えていたのだった。S(スーパー)レアスキルなので、それなりに使える奴だと思うのだが。
召喚 …… レベルに応じて様々なものを召喚できる。
神託の結果はそんな説明文である。
レベルが上がるにつれてよりヤバいものが召喚可能になるという事だろうか。
まあ、やってみれば分かるか。
「召喚」
目の前の床に魔法陣が展開し、ぽわんとファンシーな音を立てながら、羽の生えた小人が飛び出してきた。
見た目妖精である。
「鑑定」
名前 ピクシー
種族 妖精
アビリティ 癒術
アビリティとはなんぞや? スキルとは違うのかな? タップしてみると、説明文が出る。
癒術 …… レベル×0.1%回復量増加。
基本的にスキルと同様の扱いでいいのかな? しかし、慈恵のLv×10%増加と比べると随分としょぼい。
そう思って、ピクシー自体にレベルが無い事と、アビリティにもLvが設定されていないことに気付く。
……もしかして、召喚主のレベル依存?
しかも慈恵は回復魔法限定だったが、こちらは回復量とある。
つまり、魔法じゃなくても回復量が増加するという事か。自然回復とかそういうのも含めて。
「うわ、だとするとこれって……」
やば。
再生 …… 最大HPのLv×1%/分回復する。
即死攻撃ばかりしてくるクソどものせいで恩恵を感じていなかったスキルだが、レベル999の癒術とあわさると、Lv.1でも毎分HP99.9%回復である。
即死さえしなければ、一分毎にほぼ完全回復する。
「しかし、四十路のおっさんが連れて歩くには随分ファンシーだな」
仕舞うにはどうすれば?
「送還」
適当に言ってみると消える。
「召喚」
また魔法陣からポップにピクシーが出てきた。
様々なものとあったが、ピクシー以外が出てくることもあるのだろうか。
その辺の検証はおいおいと言う事で、今日の目的である赤竜に挑むこととした。
◇◇◇◆◆◆
千回以上顔を合わせて、いい加減赤竜とも仲良くなれても良くないだろうか。
殺し殺されはお互い様だし、未だに十倍以上は向こうの方が殺しているわけだし。
知性のようなものを感じたことは無いし、会話に応じてくれる気配も無いので意思疎通は無理なんだろうけれど。
そのうちテイムスキルでも見つかれば、こんな化け物でも従えることが出来るのだろうか。
……ロールの事もあるし、桃が取得しそうだな、そのスキル。
そんな不吉な予感に思いめぐらせていられるのも、勝手知ったる一階層だからこそ。
首を振り上げて飛んでくるブレスに集中する。
タイミングはばっちり覚えている。
文字通り体で覚えるというやつだ。
いくら中年になって脳の劣化が進んでいるとはいえ、千回もやればそれなりには覚える。
「無限収納」
イメージとしては、赤竜の口元に無限収納の口を広げておく感じ。
スキル使用自体が感覚的なものなので、口で説明は出来ないが。
予想通り、ブレス自体は無限収納に収まっていく。多少脇から漏れ出た炎が周囲を焼いているが、彼我の距離は50m以上あるので、熱波を感じる程度である。
「おおー、やるじゃん無限収納」
さすがユニークスキル。レアリティ最上位――と思われる――だけある。
このブレスを今度緑竜にぶつけてみよう。赤竜の吐息が秒間100万ダメージらしいから、毎秒天罰食らわせる程度の威力がある。いくらなんでも多少は効くだろう。
たっぷり三分間ほどブレスは続いた。
途中から飽きて腕時計で時間を確認する余裕があった。
おそらく赤竜に赤竜のブレスは効果が無いだろうから、ここからガチンコ肉弾戦がはじまるのか。
身構えると、ブレスと似たような予備動作。
まさか連発? と思っていると耳が割れそうな咆哮を上げた。
そう言えば、ブレス以外に咆哮のスキルも持っていたなと思い出す。だが、残念ながらレベルが上の俺には通用しない。大きな音で耳が痛い以上の効果は無かった。
咆哮が終わると、赤竜はどしんどしんと床を揺るがすような重量感でもって駆け寄ってくる。
わかっちゃいたが早い!
そりゃ全長20mある生物である。歩幅も大きく、速度も早いに決まっている。
50m程度の間合いなど一瞬で埋められ、横合いに走るが多少の方向転換で直ぐに追いつかれる。
ぐぬぬ、人間の鈍足ではこれは如何とも。
巨大な赤竜の顎が大きく開いて、頭上から降ってくる。
咄嗟に赤竜の鱗を出して盾にする。
牙が食い込むことは無かったが、質量を押し留めることは出来ずに弾き飛ばされる。
壁までゴロゴロと転がって、そして起き上がる。
赤竜は後を追って直ぐ目の前まで来ていた。
今度こそダメかという場面で、高速で思考が巡る。
頭だけで恐らく数百キロ。下手をするとトンはある質量に弾き飛ばされて、打撲程度ですんでいる。
ありえない。
レベルの恩恵?
ブレス以外は大したことが無い?
雑魚トカゲ?
論理的な思考ではなかったが、死に際の集中力によって導き出された結論が、迫りくる赤竜の牙を殴りつけるというものであった。
ガインっと、重々しい金属塊が衝突したかのような音と共に、本来拮抗すらするはずのない大質量を、拳一つで打ち返す。
「はは、まじかよ」
構わず連続で繰り出される噛みつき攻撃を、無造作に拳で打ち払う。
効果的ではないと悟った赤竜が一歩下がり、同時に踵を返した、ように見えた。
それは反転ではなく、長い尾を鞭のように使った一撃。
しかし、その動きはすべて心眼が捉えている。
本来は大型トラックの衝突程度はあるであろうその攻撃が、こちらのただの拳の一撃で相殺される。
「な、る、ほ、ど、ね」
わかった。
理解した。
全て了承した。
「つまり、攻撃は攻撃で相殺されると。受動的な防御は防御として意味を為さず、防御したければ自分の攻撃で相殺する必要がある。フレンドリーファイアが無いというのはこういう事か。これが人に適応されたら、デコピンで人が死ぬな」
敵性体に対する時のみ、実際の肉体的強度や物理法則よりもステータスが優先される。
あのブレスや、二層の即死攻撃は、そのステータスを無視するような破滅的な効果があるというだけのことか。
メッキが剥がれれば、でかいだけの張りぼてと。
「攻撃は相殺しているというよりは、俺の方が強いみたいだし、殴っていれば何回かで倒せそうだな」
咆哮も効かず、ブレスは完封した。
大した攻撃はしていないはずなのだが、明らかに赤竜がよろめいている。
攻撃を相殺する形で与えた打撃は四発。
「さて、あと何発耐えられる?」
動き自体は向こうの方が早いので、待ち構える形で悠然と構える。
その日、俺は初めて赤竜を実力で討伐することに成功したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます