第19話 新規開拓




 9/25。

 現場の事務所の机で昼食を摂りながら昼のニュースを見る。

 ダンジョン基本法の成立がトップニュースを飾っていた。水族館での反乱騒ぎから一週間。

 内閣から奏上されて即日で衆院、参院の両院で可決される見込みだ。


 そういう意味ではまだ成立はしていないが。

 公布は10/1付。


 要点は以下の通り。

 ・ダンジョン庁を新設(内閣府の外局)

 ・ダンジョンを発見時、通報の義務(秘匿した場合刑事罰の対象)

 ・ダンジョンへの無許可立入の禁止(許可はダンジョン庁から)

 ・ダンジョン捜索のため、所持者不明建造物への行政の無許可立入許可

 ・ダンジョン内資源の取得物の届出の義務(未届けによる罰則有)

 ・ダンジョン内資源の取得者への所有権の認可(届出は必須)

 ・ダンジョン内資源の無許可売買の禁止(無料譲渡含む)


 ※ダンジョン内資源とは、ダンジョン内で生成または創出された事物。


 露骨に縛ってきたなという印象。

 ダンジョンコピーそのものを禁止するのは現実的ではない――無数にあるダンジョン全てに監視の目が届かないという意味で――ので、ダンジョン産のものの売買に縛りを入れてきたわけだ。


 確かにコピー云々を置いておいても、例えば金鉱脈のようなものがアホみたいな規模で見つかった場合、金の値段が大暴落することになる。


 ただ、正規売買が出来ないということは、裏に流れそうである。

 やの付く自由業の人達のいいシノギになるのではないだろうか。


 その場合は無許可立入とか、無許可売買でしょっぴくんだろうけど、イタチごっこになるのは想像に難くない。


 ともあれ、ダンジョン入場の許可さえ取れれば探索を続けるのは合法になるわけで、問題はどうやって取り付けるかだが。


 ダンジョン庁は内閣府の外局。申請はどうやって出せばいいのだろう。

 許可の要件とかあるのだろうか。ダンジョンの危険度でケース分けしているが、許可にもランクとかあったり?


 軽く検索してみるも、詳細は公布後になると書いている。間に合っていないのだろう。


 現状、ダンジョンを商売にしている事業者がいるわけでもなく、多少対応が遅れても大きな問題にはならないと見ているのか。


 真相は分からないが、許可の要件については出来れば早めに知りたいものだ。

 取り敢えず後五日は法の縛りがないので、頑張って探索を続けることにしようと決める。


「国も阿漕だねー。これじゃ折角新しい発見があっても、国に全部上前跳ねられちまう」

「露骨に警戒してるよなー。どうせ売買許可が出たところでがっつり課税すんだろうな」

「まあ、得体のしれないもんが出てきた時の為に、世間に広まる前に把握したいってのは分からんではないが」


 事務所内でニュースを見ている従業員の会話が聞こえる。

 ダンジョンで一攫千金を夢見ていた人にとっては煙たい法律だし、ダンジョンから災いが来ないか心配している人にとっては詰めが甘いと感じるかもしれない。


 国としても今後ダンジョンから戦略物資のようなものが出てくることがあれば、開発を考えるだろうし、全面的な立入禁止にすることによる機会損失も考慮せねばならない。偉い人は考えることが多くて大変である。


 公務員だけでは話は進まないから、手綱を握りつつ民間による調査等を後々励行することになるだろうか。


 今の所、ダンジョンコピーそのものは禁止されていないので、私的に利用するのは構うまい。今後の階層攻略のために必要な場面も出てくるだろうから、それは助かる。手法が大っぴらになった時点で恐らく禁止されることになるだろうから、やるなら今のうちと言ったところか。


 そんな事をつらつら考えていると、デスクに備え付けの電話がなる。音からすると内線ではなく外線からだ。昼食時に誰だと思って電話に出る。


「凍野杏弥さんはいらっしゃいますでしょうか」

 名指しである。まあ、自分の机に備え付けの電話なので、基本的にここに電話が掛かってくるなら俺に用があるというのはほぼ確定しているのだが。


「私ですが」

「ああ、凍野さん。樋口です。お食事時に申し訳ありません」

 なんでここの番号を知っているんだと思ったが、依然名刺を渡していたことを思い出す。


「いえ、構いませんけど、何かありましたか?」

「実は、上司の方から一度お会いして直にお話を聞きたいという要望が出まして」

「はあ。別に構いませんが」

「お手数お掛けします。それで、今週末の予定をお聞きしたくて」


「特に無いですけど」

「では、土曜日の午後、予定を開けておいてもらっても宜しいですか?」

「いいですよ」

「ありがとうございます。場所と時間の詳細は追ってご連絡致します。失礼します」

 こちらの返答を待つまでも無く電話は切れた。


 相変わらず忙しそう。

 実際忙しいのだろうが。ダラダラと飯を食いながらニュースを眺めているのが申し訳ないくらいである。


 実は今この瞬間も我が分身が赤竜窒息マラソンをしているので、厳密に言えば俺も何もしていない訳ではないのだが。レベルはカンストしたし、経験値を預ける先も無いのでレベル上げ目的ではなく、ドロップ目的でやっている。


 基本的にドロップは固定のようで、毎回同じものがドロップしているが、スキルにレアリティが存在しているのであれば、モンスターからのアイテムドロップにも低確率でレアがあって然るべきという考えからだ。


 米山さん達に聞いた話では、正確な確率はわからないが、確かにレアドロップもあるという話も聞けたので、所持していることは間違いないだろうと思う。赤竜が素材しか落とさないので、なんかこう、かっちょいい剣とか落ちないかなーという、願望なのだが。


 ネット上にある情報では低レベルのモンスターのドロップについて記載があり、スライムは黒い小石を落とすそうだ。今の所用途はよくわかっていない。多分各国の研究機関で調べているとは思うが、今の所ただの石という評価だ。レアドロップとして大き目の黒い石が出るらしいが、漬物石にするくらいしか使い道がないとのこと。


 ゴブリンについては棍棒が通常ドロップし、レアで錆びた短剣がドロップするようだ。特別優れた機能を持つわけでもなく、薪とスクラップとしての価値しかない。


 推定ではあるがレアドロップ確率は1%を切りそうなので、連続で窒息させていても当面は出ることがないだろう。ダンジョン外の時間で一時間一回。ダンジョン内だと三時間に一回しか討伐出来ないので、回転率が非常に悪い。いくら分身と言えど、24時間働けるわけではないので、1日10体も狩れれば良い方である。


 ダンジョン攻略期限までに出ることはないかなと思う。

 もう少し効率の良い狩り方を見つけられれば別ではあるが。


 そうこうしているうちに昼休みも終わり、午後の業務に取り掛かることにした。




 ◇◇◇◆◆◆




 その日の夜。

 今日も今日とてダンジョン探索。

 現在二層の探索中で、ボス部屋を探して歩き回っている。ついでにレベル上げではないが、モンスターとの立ち回りについて訓練している所である。


 二層のフロアの探索を初めて気付いたのだが、レベルが上がった恩恵か徐々に自分が強くなってきた気がする。


 上がったレベルに対して、急激な肉体変化が起こると異常を来すから、馴染むまで時間が掛かるのかもしれない。もしくは、レベルが上がって変化があるのはあくまで各ステータス――おそらくは内部数値としてあるであろう、それらの上限が上がるだけで、結局は自分で鍛えなければ身に着かないのかもしれない。


 リスポーンを繰り返しても肉体に馴染んだ力は消えないようなので、死ぬのを気にして立ち回る必要もない。とはいえ、死にたくはないので最大限警戒はしているのだが。


 今の所二層で確認されている雑魚敵は三種。

 アサシンバード、グレイウルフ、そしてキラーマインラットである。

 鳥と狼は前述した通りであり、キラーマインラットは以下のステータスである。


 名前  キラーマインラット

 レベル 110

 スキル 自爆(Lv.9)


 自爆 …… Lv×レベルまでの相手を即死させる。代償として自身も即死する。


 キラーマインラットのレベルは110で、スキルLvが9なので、レベル990までの相手を即死させる。

 残念ながら俺のレベルは999なので、対象外であり、感知すると勝手に爆発して死ぬネズミである。


 本人は地面に潜って潜伏しているので肉眼での発見は難しく、エリアに踏み込むと問答無用で自爆するので普通の探索者には厄介な敵だと思う。


「俺にとっちゃ、カモも良いところだが」

 一番気を付けなければならないのは、やはりアサシンバードだ。心眼のLvが上がって感知範囲が広がればもう少し楽が出来そうだが、現状ではあいつのせいで全く気が抜けない。


 一体なら良いが、複数で襲い掛かられると避けきれない場面も出てくる。

 それでも、大抵は蹴散らせるだけの技術は身についてきた。

 心なしか体力もついてきたような気がする。


 とはいえ、命がけの状況は変わらない。少しでも気を抜けばその瞬間にリスポーンである。

 思うに一番鍛えられているのは集中力かもしれない。


 鬱蒼とした森林を下草を掻きわけながら進むこと一時間。

 距離的には通路から2キロメートルくらいだろうか。

 漸く、らしい場所を発見する。


 そこは、森林が円形に大きく切り払われていた。

 半径二百メートルほどはあるだろうか。原っぱになっているその中央に、巨体が見える。


「まーたドラゴンかよ」

 少々うんざりする。

 緑色の鱗の竜は、体を丸めてネコのように寝ているように見える。


 開けたフィールドなので窒息作戦は使えそうもない。まあ、見えないだけで逃げられないように境界がある可能性も無きにしも非ずではあるが。


 視界は開けていて、対象もはっきり見えるのでその場で取り敢えず鑑定を使ってみる。


 名前  緑竜

 レベル 251

 スキル 竜の咆哮(Lv.9) 緑竜の吐息(Lv.9)

 称号  木を統べる者


 竜の咆哮  …… レベルが下位のものをLv×10秒間スタンさせる。

 緑竜の吐息 …… Lv×100万/秒の木属性範囲攻撃。


 基本的に赤竜の木属性版という感じ。なんだよ木属性って。火、木。五行? 属性は五行ベースなの?

 相克の属性で攻撃すればボーナス入るんだろうか。木だと金か? 金属性っていうのもよくわからんが、銃火器が利くのだろうか。まあ、持ってないから意味無いけど。


 単純に考えれば木なら燃やせば燃えそうである。

 緑竜に木材感は無いから、よくわからんけども。緑竜のブレスも何が出るのか興味はある。

 わざわざそのために死にたいとは思わないけども。


「さーって、これは難題ですな」

 取り敢えず、空間が隔離されていることに望みを掛けて前方のボス部屋と思われる空間の空気を無限収納に格納する。


 同時に、びゅうっと風が吹いた。

 抜いた分の空気が流入したことで風が起きたのだろう。


 やっぱ無理か。

 ボス部屋の領域に踏み込めば隔離される可能性はあるが、その中でやれば俺も窒息してしま……、わない?


 泳者 …… 水中行動が出来るようになる(窒息無効)。また、水中での移動がLv×10%早くなる。


 そう言えばこんなスキルも持ってたな。

 別に水中でなくても、窒息無効は反映されるだろう。とはいえ、赤竜と同じ耐久力だとすれば窒息状態でも3時間は生存しているだろう。


 あくまで赤竜狩りは、ボス部屋に入らなくていいから実現しているのであって、これが中に入ってとなると、窒息を待たずして消し炭にされてしまう。


「あんまり現実的じゃないなー」

 とはいえ、一度は試してみるべきか。

 実際にやってみずに推論だけ積み重ねても真実には辿り着かない。


 命を対価に一歩真理に近付くのだ。


「あーやだやだ」

 口からはそんな言葉しか出てこないが、既に躊躇は無い。

 命を投げ出すことに躊躇いはない。


 森の中から草原へ足を踏み出すと同時に緑竜が鎌首を上げる。

 やはりボス部屋の境界は森と草原の間。


 まずはバックステップで後退できるか確認して――、って出来る?


「うわー、いよいよ無理だな」

 森と草原の境界はあくまでボスの感知範囲で、ボス部屋としての境界ではない。

 ということは、二階層フィールド全体がボス部屋扱いになっていると思われる。


 さすがに通路との境界は閉じていると思うが、ここからでは観察は出来ない。今度分身を置いといて検証しよう。


 0.1秒くらいでそんな事を考えて、背後の森からの騒めきを感じ取る。


 心眼の範囲外ではあったが、隠す気も感じられない殺気が押し寄せてきているのが分かる。

 狼の遠吠え、無数の鳥の羽ばたき音、ネズミの地面を這う音。

 一体どれだけの群がいれば、こんな騒音を奏でられるのか。


 ボスと会敵するとフィールドの全モンスターが押し寄せるって、相変わらずダンジョンマスターは性格が悪い!


「天罰!」

 いざというときの為にとっておいた一日一回の虎の子を発動。


 フロア内の全ての敵に固定100万ダメージ。HPの水準が分からないのでどれほどのものかは分からないが、二階層フロアの雑魚であれば一掃できるのは確認済みである。


 しかし、目の前の緑竜は健在でどしんどしんと地面を揺らしながら駆け寄ってくる。


 50mほど手前で停止し、首を大きく振り被った。

 ブレスが来るというのは赤竜と同じ予備動作で瞭然。


 その口から放たれたのは、炎ではなく深緑の煙のようなもの。

 進行上の草木を一瞬で溶解させ、躱す暇もないまま全身で浴びる。


 瞬間的に感じた激痛と、体が溶解する悍ましい不快感。

 眼球が潰れ、皮膚が解け落ち、骨が露出する感覚。


 レベルが上がった恩恵か、緑竜のブレスが赤竜より弱いのか、永遠にも等しい数十秒を味わう。

 そうして本日一回目のリスポーンとなったのだった。

 


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