第16話 単刀直入
9/23。
自衛隊にレベリングの事を教える見返りとして、樋口さんと分隊の五名が来たのはその週の土曜日だった。
日程調整は話があった翌日には出来ていたので、自衛隊としても直ぐにでも知りたいという意気ごみが感じられる。AM9:00には訪問してきて、昼まで三時間ばかり付き合ってもらうことになった。
因みに栗花と子供たちは午前中一杯、栗花の実家へ行って貰っている。話す内容も内容だし。
「それで、実験とは一体なんなんでしょうか?」
「単純に言えば、私のレベルアップの手伝いをしてもらいたいんですよ」
「手伝い?」
「別にダンジョンに一緒に潜ってくれというわけではないです。まず伺っておきたいのですが、自衛隊ではレベルアップの原理についてどこまで解明されてますか? これからのお話をする上で認識を摺り合わせて置きたいので」
「ダンジョン内の敵性体――モンスターを一定数倒すことでレベルアップする、というのは分かっています。ネット上に上がっている通りですね。そして、一定数以上レベルが上がると非常に上がりにくくなるということ、複数人で討伐した場合はゲームで言うところの経験値のようなものが全体に分配されるのか、多く倒さなければならないということも分かっています」
「複数人だとそうなんですね。ソロでやってるとどうしてもその辺は検証できないもので。基本的にまだ同じモンスターしか倒したことも無いですし」
「……やはり、あのドラゴンを倒したんですね?」
前のめりになる樋口さん。
「ええ。多分私が初期レベルだったのもあって、レベル差でのボーナス的なものが入って一気にレベルが上がったんだと思うんですよ」
「しかし、どうやって」
「その前に、もう一つ確認したいことがあるんですが、いいですか?」
「はい。お答え出来る内容であれば」
「ダンジョンの機能というか、裏技というか、バグというか、仕様の穴というか、そういう観点での調査というのは行っているのでしょうか?」
「仕様の穴?」
樋口さんは言ってることが良く分からないようで首を傾げる。
ソファに座っていた分隊の皆さんのうち、一人が手を挙げる。あの時リスポーンした米山さんだ。
「発言よろしいでしょうか?」
「どうぞ、って私が言って大丈夫です?」
上官であろう樋口さんが首肯したのを見て、米山さんが口を開いた。
「凍野さんの質問の意図するところは、ダンジョンがリセットするタイミングだとか、敵性体がリポップするクールタイムを厳密に測定して効率的に狩りを行うとか、そういう観点での調査という意味でしょうか?」
「まあ、そういうのもあります。もっと踏み込んで言うと、リスポーン、つまりは死に戻りに関しての調査はどの程度行っているんでしょうか?」
この発言にギョッとしたような自衛隊の面々。
「……偶発的にダンジョン内で自衛官が死んでしまうことはありますが、その点に関して積極的な調査は行ってはいません。さすがに、人道的にも問題があるので、許可は難しいですし」
「あー、ですよねー」
まあ、既に千回以上リスポーンしてる身なので、生き返らないという状況は想定していないが、誰かがやるまで自分からやりたいとは思うまい。
万が一という可能性を捨てきれるのは、余程追い込まれたか、人間性の欠落した奴だけだろう。無論、俺は前者であると自認しているが。
「何か、リスポーンを利用する方法なのですか?」
「いえ、自衛隊の組織力とマンパワーがあるなら別にいらないです。うちと同じ条件のダンジョンであれば、私のやってるレベリングは可能です」
「そうですか」
ほっとしたような樋口さん。
しかし、まずいな。日本国政府がリスポーンコピーを認識していないというのであれば、これからする発言は中々に重いものになる。とはいえ、どうやって個人でレベリングを実現したかという話をする以上避けては通れない。
「むむむ」
「どうされました?」
「んー、まあいいや。レベリング自体は単純な話です。ダンジョンの入口もそうですが、ここのボス部屋って空間的に隔離されてるので、探索者に接触していないものは入ることが出来ません。それはご存じですよね?」
「ええ、ごく初期にロボットでダンジョンの内部調査しようとしてそもそも入れなかったというのは。ボス部屋もそうなんですか?」
「ええ、と言ってもサンプル数が1なので、ここが例外である可能性もあるし、その辺は実行する場所を自衛隊の方でちゃんと調査してくれればいいと思います。それで、探索者が触れない限りは密室というのを利用して、ボス部屋内に大量のガソリンをぶちまけて空間内の酸素を全て燃焼させました。要は窒息作戦ですね」
「しかし、どうやって多量のガソリンを?」
ですよね。疑問ですよね?
「その先を聞く覚悟があります?」
「それは、どういう」
「まあ、既に今までの質問を考えれば推察出来そうですから、ぶっちゃけますけど。樋口さん、ダンジョン内に持ち込んだものをダンジョン内に置いた状態でリスポーンすると、どうなると思います?」
「それは、所持した状態で復活するはずです」
「そうですね。リスポーンした状態は、ダンジョンに侵入した時の状態です。では、ダンジョン内に置いたものはどうなっていると思います?」
「それは、消失するのでは?」
「そう思いますよね? ですが、残ってるんですよ。ボス部屋内であれば探索者が死んだ時点で内部の状況が初期状態にリセットされますが、それ以外の通路や階段に置いた場合は、リスポーン時に消失せずに残るんです。つまり、持ち込んだものをワザとダンジョン内に置いてリスポーンする、というのを繰り返すと、物資が無限に調達出来ます」
「それは、凄い」
樋口さんは呆気に取られているが、今一つこのヤバさが伝わっていないようだ。
「死ぬ覚悟さえあれば、人が持ち込める程度のサイズのものはなんでも増やしたい放題。さて、樋口さん。これがどれだけ危険な事かわかりますか?」
「それは、例えば、銃器や、現金や、精密機械も?」
「SSD内のデータまでコピーできるのは確認しました。電子状態がコピーできるのであれば、少なくとも肉眼では判別不明なコピーが無限に作れるでしょう」
「それは、まずいのでは」
「非常にまずいです。あまりこのお話はしたくなかったんですけどね。何せ、消されても文句の言えないレベルのヤバさです。そして、まだ日本国がその事実を把握していなかったという事にこそ、一番の恐怖を覚えてますが」
知らなかったんかい、というのが率直な感想だ。
本当に呑気な国である。それだけ平和と言う事なのだが、初動が完全に遅れているのが後々響いて国際競争に置いていかれなければいいのだが。
「恐らく、ダンジョンの立ち入りを全面規制している国の多くは気が付いてると思いますよ。それと人権意識の低い国は例外なく。そりゃそうですよね。資本主義に限らず、経済がぶっ壊れますもん」
「これは、いち自衛官の抱えきれる情報では……」
「頼みますよ、樋口さん。レベリング方法は教えましたし、この件で暗殺されるなんて御免ですからね。できれば、自衛隊の方で偶然発見したことにしてくれると助かります。組織として発見したというのであれば、自衛隊の功績でもあるでしょうし、私と家族の安全も買えてウィンウィンですね」
「上と相談します」
お願いしますよ本当に。マジで。
「まあ、その件は上手い事やってもらうとして、今後とも自衛隊とは友好的な関係でいたいと思うわけですが」
「それは勿論」
「国が滅んで困るのは私も同じです。そして、それ以上に家庭を守る責任がありますから」
言いたいことは分かるよな、という視線を向ける。
頷く樋口さんに、取り敢えずは命運を任せるしかないのだった。
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