第15話 四苦八苦
二回目の赤竜討伐による特典は無かった。
一度貰った特典は貰えないのかもしれない。それは個人単位なのか、ダンジョン単位なのか、それとももっと大きなくくりなのかは分からないが。
そのためアナウンスはなかったのだが、討伐完了したと分かった要因は二つ。
一つは、フロア内の海水が消失した。
前回もだったが、ボスが死ぬとフロアの状態がリセットされるようで、討伐報酬も前回同様フロア内に置かれていた。
面倒なので無限収納に全て収めてある。前回取得分の目録はあるので、差分を確認すれば今回のドロップが分かるだろう。同じであれば固定ドロップということかもしれない。
もう一つはレベルの上昇である。
ちょうどステータスを確認していた時に死んだようで、栗花に経験値を全て渡して1になっていたレベルが前回同様464まで上がったのだ。
同条件では経験値も固定っぽい。共有を使わないと細かい数字は分からないが。
後は、適当に討伐時のレベルを調整して、取得経験値の謎を解くことにしよう。ボス討伐によるボーナスとかあれば複雑になるので、汎用的なものになるかは後々検証しなければならないだろうが。
後は、栗花から経験値を戻してレベルが上がるかどうかだ。
取得経験値が合計22,466,481になるから、理屈上は660まで上がるはずである。
ひと眠りした後、朝食を作りにダンジョンを出た。
今年はうだるような暑さが続いていたが、漸く涼しくなり始めたようで朝方は幾分過ごしやすい。
そんな空気を感じながら家の中に戻る。
一階のキッチンに向かおうと階段を降りているとき、来客を告げるインターホンが鳴った。
「……こんな朝っぱらから誰だ?」
階段を降りて直ぐ玄関があるので、わざわざキッチンの方にあるモニターを確認しに行くのも面倒だった俺は、そのまま玄関に向かった。
「はいはい、っと」
片足だけサンダルを突っ掛けて、片足立ちの様なぞんざいな体勢で玄関のドアを開けると、そこにはこんな早朝にも関わらず相変わらずの制服姿の樋口さんがいた。
「……あ、おはようございます」
なんでこんな朝っぱらから?
疑問は湧いたが、栗花や子供たちもまだ寝ているので、家の中に招くのも迷惑な話である。もう片方のサンダルを履いて玄関の外に出た。
「申し訳ありません、毎度非常識な訪問を致しまして」
開口一番謝られる。
「いや、まあ、仕事柄時間外対応は慣れてるのでいいんですけど」
24時間勤務の現場持ち課長ともなると、トラブル等の連絡が夜中に来ることも珍しくはない。まあ、自宅まで訪問してくる奴はさすがにいないが。
「どうしても、凍野さんにご協力を仰ぎたい事案がございまして」
「? 自衛隊に、私が?」
今ひとつピンとこない。
「はい。お話の前に一つ情報を開示しますが、自衛隊の中に非常に稀少なスキル持ちがいます。そのスキルはダンジョンに入ったことがあるものをランキング上に表示するというスキルで、ランキング上位にいる探索者名がわかります」
「ほほう」
それはまた面白いスキルだが、しかし、ランキング? 嫌な予感しかしないなー。
「ランキングには、現在の所名前とレベルのみが表示されるらしいのですが、先日突如そのランキング1位に異常なレベルの人物が現れました」
樋口さんの視線がなんだか痛い。別に悪い事をしたわけではないはずだがなんだか居心地が悪い。
「貴方の名前です、凍野杏弥さん」
取り敢えずすっとぼけて見るか。
「……同姓同名では?」
「ランキングは英語表記らしく、確かに音が同じであればその可能性もあるでしょう。しかし、全国にITENOKYOUYAという名前は他に二名しかおらず、一人はまだ三歳の子供で、もう一人は八十過ぎで現在寝たきりです。当然ですが、どちらもダンジョンとは接触していません」
打ては響くとはこのことか。その程度の切り返しは想定内とばかりに、外堀を埋めてくる。
「調べたんですか?」
忙しい中暇なことしますね、的なニュアンスを交えて言ってみると、少しだけムッとした顔で返答してきた。
「私が、というわけではありません。しかし国としてもあまりに異常なレベルだったため、調査しろという事になったようです。他国に同様のスキル持ちがいるかどうかは分かりませんが、いた場合は当然凍野さんの存在に注目したはずですし、今後国際会議等で聞かれる可能性もあるのでしょう」
「なるほど。しかし、特に身に覚えがないのですが。そのランキングに記載される名前は戸籍謄本や住民票の名前と同じなんでしょうか?ダンジョンがそんなものを参照しているとも思えませんし、例えばペンネームがITENOKYOUYAというプライベート作家が、自身の名前はそちらだと信じ込んでいたら記載はずれる可能性もあるのでは? そうでなくとも、海外在住で日本国籍を持たない日本人の可能性だってあるでしょう?」
早朝から絶好調に言い訳という名の減らず口を紡ぎ出す。苦しい言い分とは思うが、別段そちらもその名前と個人を結びつける確証はあるまい。だからこそ、わざわざ簡易鑑定を所持している樋口さんに、朝っぱらから非常識な訪問させているのだろうし。
「話の続きですが、そのランキング1位からITENOKYOUYAの名前が消え、同時に別の名前がランキング1位にのりました。ITENORIKKAというのですが」
「……あいたー」
苦しい言い訳をしていたのが余計痛い。
言い訳は滑らかに口をついて出たと思っていたが、頭はまだ寝ぼけているらしい。まだ移してないから栗花のレベルは464のまま。多分簡易鑑定もレベル制限があるから、見えることはないだろうが、見えないことがそもそも高レベルの証明になってしまう。それを樋口さんが知ってるかは不明だが、実際目の当たりにすればそういうものだと認識するだろう。
「お認め頂けるのですね? なぜ、奥様のレベルが上がってご主人のレベルが下がったのかは不明ですが」
「仕方ないですね。まあ、そうです。あまり悪目立ちしたくないので、違うということにしておいて欲しいんですが」
「そのお願いは聞けるかは分かりませんが、自衛隊に是非ともご協力頂きたいのですが」
「内容によるとしか言えませんけど」
「タダとは申しません。レベリングの方法をお教え願えませんか?」
タダではないと。
まあ、タダほど高いものはないしなー。相手としても対価を渡したのだから誠意を見せろと大っぴらに言えるわけだし。貸し借りで後に遺恨を残すのもアホらしい。それに、自衛隊員のレベルを上げることで相対的に俺の存在が埋もれるのであれば、それもまた一興か。
栗花に経験値を全部渡して、赤竜討伐というループを続けようと思うと、当然最終的に戻すまで栗花に経験値が滞留することになるので、そのランキングとやらで上位を取り続けるハメになるだろう。
それはあまり好ましくない。どうせなら自衛隊をレベリングに利用することで、栗花の悪目立ちを防ぐとしよう。
「そのタダではないという内容について、樋口さんが裁量権をお持ちで?」
「ある程度は、としか申せません。さすがに法外な要求をされると一旦上を通すことになります」
「まあ、報酬を頂けるというのであれば嬉しいですが。国家の危機なのだから国民は四の五の言わずに協力しろ、とか言われるのかと思ってました」
「ははは、さすがにこのご時世そんなことを言う人なんて」
笑いに力が無い。多分、どこかからそんな意見も出てるんだろうなー。まあ、ケース【D】のダンジョンが氾濫した場合の具体的想定とかを考えると、世間様と国家首脳との温度差は凄まじいものになっていそうではある。
そんな状況で未だに情報を伏せているのだから、余程パニックを恐れているのだろうな。
「コンサルティング料という名目で、一億までなら即決可能です」
「いちお……、円? ドル?」
一瞬言葉に詰まったのち、現金な事を言い出す俺。
「さすがに円です」
苦笑する樋口さん。
「わかりました。レベリングの情報だけというのであれば一億円でいいですよ」
ぶっちゃけ、ダンジョンコピーの存在が公になった時点で経済はむちゃくちゃになるだろうから、金銭的余裕に意味があるのかは謎だ。できるだけ現物に変えた方がいいのかもしれないが、現物そのものもコピーできるものではあまり価値はないし……。
まあ、当面は資金は必要になるだろうし、持っていて損は無いか。
「本当ですか? 助かります」
「ただし、樋口さんと、できれば前回ウチに来ていただいた分隊の人達に、ちょっとばかり実験に付き合って貰いたいんですけど」
「じ、実験ですか?」
「ああ、最終的にレベルが上がる以外の効果は無いです。いや、今色々試してるんですが、一人では検証できないことが多くてですね。半日ばかし付き合っていただけると助かるんですが」
「はあ。それくらいなら何とか時間を捻出できると思いますが」
当惑気な樋口さん。
「まあ、リビングでお茶飲んでてくれればその間に終わりますから」
気楽にそう言って笑って見せるのだった。
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