第14話 一知半解




 自宅から車で十分ほど。

 深夜なので道が混雑しているということも無く、俺は海の港に来ていた。


 ちらほらと夜釣りをしている人の姿は見えるが、平日なこともありそんなに人は多くない。

 まだ九月とはいえ夜間は若干冷える。さっさと終わらせて帰るとしよう。


 独身時代は釣りが趣味で、夜釣りも多少は嗜んだものではあるが、結婚して子供が出来てからは中々そんな暇も無い。


 もう少し子供たちが大きくなったら一緒に岸壁から釣りでもしたいものだが。


 そんなことを考えながら、きょろきょろと周囲を確認し、堤防脇についている海面近くまで降りている階段を下る。


 近くに人目はない。見られれば密猟をしていると要らぬ疑いを掛けられかねないので、手早く済まそう。海面に手を触れ、海水を無限収納に流し込む。引き潮のように一瞬水位が下がるが、海水の量は無限とよんで差し支えないレベルに膨大なので、直ぐに元通りになる。


 それでもいきなりごっそりと抜くと大波を発生させかねないので、十分ほど掛けて大量の海水を取得した。


 無限収納の機能で内容物は頭に浮かぶ。それによると、海水(1800ton)となっている。大量と言えば大量だがそれでも目的量には全く足りない。


 そう、赤竜をハメる手段として、ガソリンによる酸欠責めではなく、海水による水責めを行おうと思ったのだが、周囲に影響しないように海水を抜こうと思うと思ったより思い切り抜けないな。


 まぁ、気長にやってれば溜まる事は溜まるのだが、長時間こんな場所に座り込んでいたら不審者扱い間違い無しである。


 せめてもう少し離れても収納出来れば、と考えてそう言えば接触する必要性について検証していないことを思い出す。

 そういうものだと思い込んでいたが、固定観念は良くない。


 思えば赤竜のドロップであの巨大な宝箱を丸ごと収納できたのだし、範囲的にはかなりゆとりがあるのでは無いだろうか。


 階段を上り、車の前まで戻ると、適当に10mくらい目前の位置に目安を付けて、無限収納を起動させる。夜の海なので視認性は悪いが、唐突に直径2mくらいの円柱状に海がくり抜かれ、次の瞬間には周囲の海水で埋まる。


 その際にドブンと割と大きな音がなったが、大きいとはいえ水の音ではあるので、周囲の釣り人も視線を一度投げて寄越したくらいだ。


 船が移動して出来た波の干渉で発生した音や、不意に来る少し大きめの波が防波堤に当たる音など、不規則に水の音はなっているので、単発であればそれほど不審には思われないだろう。


 次は50mくらい離れた場所で。


 また、ドプンと音がなる。少し距離が離れたお陰で音もいくらか小さくなった。


 次は100mくらい。


 音は気を付けていなければ気が付かない程度。


 その次は視界に収まってるギリギリの範囲。岸壁+身長で水面から3mくらいだし、水平線迄の距離は6kmくらい?

 当然音も無いし、直径2mの穴なんて視認しようもないが、無限収納内の容量が増えていたので大丈夫そうだ。


 次は後ろを向いて100m先の海水を収納しようとする。

 しかし音はならなかったし、実際無限収納内の海水も増えていない。


「つまるところ、収納する際の条件は視界に入っているかどうか、という事か」

 一旦車に戻って、サングラスを持ってくる。

 夜の海に対して非常に視認性が悪くなるが見えてることは見えてる。


 そして、同じように収納すると……、問題なくできた。


 次にスマホに映った画面越しに……やろうと思って止めた。視認している範囲だとして、スマホの画面自体に穴が空く可能性がある。やるなら買い替え直前か、安いモニターを買ってカメラで映しながらやるとか失敗しても被害が少ない方法で後日試すことにしよう。


 そもそも無限収納のスペック調査に来たわけでは無かった。


 少なくともガラス越しは問題ないと分かったので、車に乗って座りながらゆっくりと続きをやることにした。




 ◇◇◇◆◆◆




 9/20。

 秒間30トン程の水を収納すること約2時間。

 眠気を抑えながらなんとかやり切って、目標量確保すると一路帰宅。


 寝静まった我が家にこそこそと侵入する。手洗いうがいを済ませて二階へ上がると、まだ書斎の明りがついていた。

 そっと開けてみるとまだ栗花が仕事をしていた。


「まだ起きてたのか」

「わ、びっくりさせないでよ。お帰り」

「無理すんなよ」

「別にしてないわよ。と言っても、やっぱり歳ね最近。三十路超えると徹夜がキツくなるわ。杏弥こそ、無理してない?」


「どうだろうな。無理はしてる気もするけど、変な話仕事の息抜きになってるかも。ダンジョンの中だとこれくらいまで起きてても睡眠時間確保できるしな」

「積極的に入りたいとは思わないけど、その点だけは便利よねー。けど、あんまりダンジョンばかりにかまけてると、子供達から嫌われるわよ」


「それなんだよなー。でも、まあ、もう少しは仕方ないかな」

「どうにかなりそう?」

「これから確認してくる。終わったら寝るよ」

「そ、じゃ、今度こそお休み」

「栗花も早く寝ろよ」

「はいはーい」


 ひらひらと手を振られて、書斎を後にする。


 ダンジョンに潜り、通いなれた一階層に。

 通路からフロア内を伺い、いつもと変わらないことを確認。


 フロア内を見たまま、その内部に海水を収納から吐き出す。


「おお、予想通りできるな」

 正直通路とフロアはナゾパワーで仕切られているから、この境界越しにスキルが使えるか不安だったのだが、これが出来るなら後は簡単だ。


「ふははは、さあ無様に溺れ死ぬがいい赤竜よ! お前に殺された幾千の俺の仇だ!」

 それにしても、海水に押し出された空気はどこに言っているのだろう?無限収納から出た海水は通路には漏れないからこちらにも、二層への階段へも流れていないはず。


 そうなると、海水に押しのけられた空気でフロア内の圧力が上がるはずだ。いくらかやったら内部圧力が高くなりすぎて無限収納から水を吐き出せなくなったりするのだろうか? 今の所そんな感じは無く、水位はフロアの高さの半分を超えた。


 どこかに通風孔でも空いているのだろうか?


 しかしそれだとガソリンで酸欠作戦は通用しなかったはずだ。爆発でフロア内が高温になればその中の空気も急激に膨張する。行き場があるのであればそこから漏れ出て、冷えると共に大量の空気が逆流するから酸欠にならなかったはず。逆説的に一階フロアは密室かそれに近い状態で、赤竜の死因は窒息死だと判断したわけだ。


 まあ、無限収納内から出る水がどのくらいの水圧なのかとか、あまり物理的に考えるのは意味が無いのかもしれない。多分、きっと、空気と置換しているのだろう。


 だとすると置換した空気は何処に? 少なくとも無限収納には入ってない。それはあのフロアに限らず、無限収納から物を出す際に存在する疑問なのだが。


 そこまで考えて、ふと思う。


「それを見えているというかは兎も角、視界には入っているのは間違いない、で、あれば」

 思い付きに、がくりと膝を付く。


「そんなまさか。いや、でも。出来ないと実証はしていないし、出来ない方がおかしいんじゃ?」


 もう暫く気が付きたくなかったような、いま気が付いた方が傷が浅くて済んだと喜ぶべきか。


「だよなー、だよなー、固定観念は良くないよなー」

 無限収納の説明には、生命体以外を無限に、とある。


 その文言を信じるならば、生命体かどうかが問題であって、対象が気体か、固体か、液体かなんて問われていないということだ。


 だとすれば、雑に収納したつもりのあの海水には、プランクトンを含む微生物も含めて生命体は入っていないのだろう。あとは生命体の定義の範囲になるが。ウイルスは生命体か否かという。


 流れ出た血液は生命体か否か、切った後の爪は? 体液は? そもそも生きている人間が身に着けているものまで収納できるのか?


 はてさて、ダンジョンはどんな定義をしているのか。これも要検証である。やりたくないので検証もしないが、少なくとも視界に入らないものは収納できないので、体内にある老廃物をトイレに行かずに抜き取ることは出来ないことは分かっている。


 重ねて言うが検証はしない。ばっちいし。

 でも、できたら緊急時に便利だと思う。


「はあ、現実逃避終了。そうだよな、窒息させたいならフロア内の空気を全部収納しちゃえばいいよな。なんだよ、笑えよ。夜中に名案思いついたとテンション上げてわざわざ外出して、海水十万トン以上汲み上げたこの愚かな男を笑ってくれ」


 過去の自分に脳内でボディーブローを食らわせているうちに、とっぷりとフロア内は海水で満たされた。


「さて、前回はフロア内は閃光と煙で見えなかったけど、今回も海水だから少しは分かるんじゃないかと期待したんだけど。残念、透明度が高いわけじゃないから良く見えないな。だが、別段ドラゴンが窒息でもがいている素振りはない」


 ということは、もしかしたら探索者が侵入した判定が無いと動かないのかもしれない。しかしダメージ判定は通り、討伐扱いになる、と。


「なんてガバガバな仕様なんだ。現実にゲーム落とし込むようなマネしといて、細部が甘いというか」

 経験値テーブルもひねりが無いし。


 まあ、古き良きバグゲームが好きなクソ製作者である可能性もあるので、分からないが。バグというか、製作上の穴を突くのが仕様であれば、今後の展開に頭が痛くなる。


 中身の実態は兎も角、これはチュートリアルダンジョンであるらしい。


 ただの遊び心やミスで、ラストダンジョンのような難易度の設定にしたというのならばまだ救いはあるが、これが意図的だとすれば、この程度がチュートリアルダンジョンだったと思うような、そんな地獄のような未来が待ち受けているのだとすれば。


 いや、ないない。考えても仕方がない。

 というか、考えたくもない。


 そうなったら最後、文明は亡びて原始時代からやり直しである。

 最早手出しのしようもない。

 平凡ないち市民の手には余りまくりである。


 益体のない事をぐるぐると考えること三時間。

 前回同様赤竜の討伐に成功したのを確認し、その日は眠りに付いた。




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