第9話 孤軍奮闘
9/16。
前日までで漸く準備が整った。
これで上手くいかないとなると、期間中に攻略するのが厳しくなる。
一応成算はあると思っているのだが、はてさてどうなるか。
ここ一か月の調査ではっきりとさせたこと。
ボスフロアの広さ。部屋の高さ、幅、奥行きをレーザー距離計で測る。
フロアに侵入してから数秒の余裕しかないので、これだけで一体何度死んだことか。
判明した大きさは高さ30m、幅50m、奥行100mの直方体。
酸素濃度、気圧は外と変わらなかったので、20%の1気圧。
気温、22℃。
ドラゴンの体積を無視するとして、15万立方メートルの巨大な空間がある。
ドラゴンが暴れるには狭い空間だろうが、人間様には広い空間でだった。
ダンジョン内に入り、階段を下りきるとドラゴンのいるフロアまで十メートルほど通路になっている。
通路幅は三メートルはあるが、今は両脇に金属製の容器が積み上げられている。ガソリンの携行缶である。明らかに法的に問題がある量。危険物取扱甲種持ちだが、そういう問題ではない。届出は必須だし、そもそも事業者でもなんでもない一個人に許可が下りるわけもない。
しかしながら、ちょっと待ってほしい。
現状ダンジョン内は厳密には日本国内ではない。入口は確かにそうではあるが、明らかに日本国内ではないどこかに繋がっている。ならば、ここに日本の法律を適応する謂れはないのだ!
……普通にばれたらアウトではあろうが。
実際ダンジョン内での強姦未遂事件が立件されていたりする。治外法権ではないかと一部騒ぐ輩もいるが、実際的にはそういう運用をせざるを得ないであろう。
因みに未遂で済んだのは、ダンジョン内ではフレンドリーファイアが出来ない仕様らしく、他の探索者を加害することが出来ないからだ。
襲い掛かっても見えない何かに弾かれるらしい。ぼっち探索者の俺には検証できていない事ではあるが。……別に寂しくなどないよ?
後々裁判を起こした際にひっくり返る可能性もあるのかもしれないが、現時点では少なくともしょっ引かれるのは確かなことだ。
社会人として違法行為は胸が痛むのだが、仕方ないではないか。
一般人が購入可能な物の中で、コスパ的にも火力的にも最強なのがガソリンだ。使わない理由はない。鈍器やナイフでどうこう出来る相手ではないのだ。一番可能性が高いものから試すのは当然ではないか。
無論、使用に踏み切る前に色々検証も重ねている。
ダンジョン内で燃え上がった場合に家屋まで延焼しないか。
有毒ガスが階段を煙突として家の中に充満する、なんて展開はごめんなわけで。
結論から言うと、その心配はない。
ダンジョンの入口は人間は通過することが出来るが、何かの境界になっていて、大気が交換しないのだ。人間が通り抜ける際だけ、その周囲の空気が一部流入するが、それ以外では独立している。
ダンジョン入口の階段でバルサンを焚いても煙は寝室内に入ってこないし、逆もしかり。物を投げ入れるような真似をしようとしも、見えない壁のようなものに弾かれる。人間に接触しているか、近接していないものは基本的に持ち込めない。
またボス部屋のリセット条件も検証している。
通路にカメラをセットしてリスポーン。
時刻と撮影結果を検証から、ブレスで消し炭になったあとリスポーンした瞬間にボス部屋がリセットされていた。
他に、完全にボス部屋に立ち入らない限りは閉鎖されない特性を利用して、ボス部屋内にモノを置いた場合どうなるかを検証している。一晩程度の時間経過では何も起きず、ダンジョン外に出て、再度突入する瞬間にボス部屋内がリセットするのが確認出来た。
つまりダンジョン外に全ての探索者が出た後、再突入する際にリセットが行われるものと思われる。
周回プレイするには嬉しい仕様だが、攻略する上ではあまり嬉しくない仕様だった。
つまり、一旦ダンジョンを出ると、次に入るタイミングでドラゴンが復活するのである。
おわかりか?
何階層迄あるか分からないこのクソ難易度ダンジョン。出戻る度に、毎回あのドラゴンを倒さなければならないという事だ。
今回の方法は準備に一か月かかっている。
倒せなければ詰むというのは、そういう側面もある。何度も行える方法ではないのだ。
有効だと分かってもあと二回できるかどうか。
神に祈る気持ちで、ガソリンをボスフロア内に流し込んでいく。
入口に適当に垂らしても、探索者に触れていないものは単独で通路側へ逆流できないので、ガソリンは徐々に気化しながらフロアの奥へと流れていく。
ドラゴンブレスで火を吹くドラゴンが果たして火で焼かれることがあるのか?
その点については恐らくほぼ無意味だと思っている。
期待しているのは別の事だ。
単純に火力で通すならテルミット反応などでもいいかもしれないが、そもそもその場合、フロア内に立ち入ってのセッティングが問題になるから、今回の環境下では使えない。どのみちアルミ粉と鉄粉なんて大量に入手できないが。
あのドラゴンがどの程度地球産の生物らしさを持ち合わせてくれているかという、なんとも頼りない推定に基づいてではあるが、死ぬまでの数秒を千回以上も積み上げた上で、有効であろうと信じている。
ドラゴンも、呼吸をしている。
それが、有機生命体として酸素を取り込む行為であるという前提であれば、無酸素状態には抗えまい。
換気設備は一見見当たらないから、あったとしても酸素の流入量はそう多くはないはず。爆発的燃焼で瞬時に酸素を食いつくしてやれば、酸欠になって死ぬであろう。
しかしながら、ボス部屋は広い。
調査をして、容積を出して、空気量を試算して、必要なガソリンの量をはじき出した時には眩暈がした。
近年犯罪利用されることも多く、ガソリンを大量に購入することは目につくし、そもそも規制されている。
ダンジョンコピーで増やすにしても、最終的な必要量が一万八千リッター。二十リットル缶九百缶である。
十メートルの通路の両脇に、6段×25個が3列ずつ。それを手作業でぶちまけるわけだ。
一缶ずつやっていたのでは、埒が空かないので、携行缶の蓋を開けてひっくり返して置けば勝手に流れるように架台を作って、地獄のような単調作業を十時間繰り返すのである。
ふっふっふ、死ぬ。
蓋の開け閉めだけでも数が数だけにしんどいし、管理職なんてやってると体が鈍ってて、通路を往復するのも足痛いし、漏れ出たガソリンの臭いで頭も痛いし。
ゾンビのように死んだ目をして、ふらふらに成りながら永遠と繰り返す作業。
この土日は子供達にはお父さんは出張に行ったことになっているので、栗花が頑張って面倒を見ているはずだ。すまぬ。しかし、これが終われば。
朝から初めて時刻は既に夜。
携行食だけでふらふらしながら作業を終えると、今度は防爆仕様のファンをフロアへ差し入れる。
きちんとガソリンが気化してくれていないと一気に燃焼してくれないので、気やすめだろうがある程度の時間送風して、床を濡らしているガソリンを揮発させていく。
入口からしか出来ないし、本当に気休めではある。
だが、繰り返しになるが、こんなことも何度もやってられないのだ。
可能性は出来るだけ潰したい。
電源については寝室のコンセントから延長コードを繋ぎに繋いで引っ張っている。
他にもカメラとか測定機材が合ったりするので、電源は必要不可欠である。
疲れ果てて床に寝転がり、少しだけのつもりで目を閉じた。
◇◇◇◆◆◆
誰かに額を触られる感覚があって、目を開ける。
そこにはパジャマ姿の栗花がいて、心配そうにこちらを見下ろしていた。
「大丈夫?」
「ん、ああ、寝てたか」
硬い床で寝たせいか節々が痛い。持病のヘルニアが悪化してしまう。
「痛てて、今何時?」
「外は十一時よ」
「子供たちは寝た?」
「ええ。パパに会いたいよー、って言ってた」
「はは、可愛いなー」
マジ天使。実際見ても無いのに、伝聞で聞くだけで目に浮かぶようだ。
「どれどれ。まぁ、こんなもんか。六時間くらいほっといてこれなら、これ以上は無意味だろうし」
「やるの?」
「ああ。一応大丈夫なはずだけど何かあっても困るし、戻っててくれる?」
「……そうね。信頼はしてるけど、ほんとに無理しないでよね」
「わかってる。これでダメなら、多分諦めざるを得ないし」
「きっと、上手くいくわよ」
「そう?」
「仕事については疑ったこと無いわ」
嬉しいような、そうでも無いようなことを言われてしまう。
会社の業務とはまた違うのだが。
「上に戻ったら、プラグ引っこ抜いてくれる? それで戻ったの分かるから」
「了解」
「良くても悪くても、明日の朝には一旦戻るよ」
「じゃあ、お休み」
「おやすみ」
通路を戻っていく栗花。
家族の姿をみて、単調作業に擂り潰されていた精神が少しばかり回復する。
「しかし、腰は痛いが」
やばい、右足が痺れる。戻ったらコルセットしよう。
だが、その前にやることをやらねば。
十分くらいして、フロア内に入れていたファンが停止する。
電源コードを引っ張って通路側に戻すと、いよいよ総仕上げの時間である。
さて、十分にガソリンと空気が混合したであろうボスフロア。
火種を投げ込めば側ドカン、となるのは目に見えていたが投げ込もうとすると弾かれるので、間接的にでも触れている必要がある。
さすがに腕を突っ込んで、フロア内でライター着火とか、危ない真似はしたくないし。
結果として、調査で何かと役に立った物干し竿の先端にティッシュを括りつけ、火を付けてから、そっとフロア内に突き入れることにした。
火のついたティッシュが、境界を越えた瞬間、目の前が光に塗りつぶされる。
音はフロアとの境界で遮断されるため聞こえないが、大爆発で引き起こされた熱が光に変換され、膨大な光量となって注いでいた。
取り敢えず、爆発させるという一次目的は達成できたようだが……。
発光は数秒。予定通り炎は密閉空間内の酸素を食いつくして鎮火した。
しかし、ボスフロア内は燃焼によって発生した煙が充満して何も見えない。
見えたとしても、酸欠と高熱の地獄の中に入っていく術もない。
多少であれば、耐熱服も一応用意はしてあるが、あくまで人間が生きていける環境で使用するものである。火傷するほどの室温の中では論外である。
「よし、寝よう」
少なくとも一、二時間で状況が改善するとも思えないので、再び寝ることにする。
今度は一番上の踊り場にある布団で寝ることにしよう。
そう決めて、長い一日が終わったのだった。
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