第8話 不撓不屈
9/2。
土曜日で会社は休み。正確には出勤日だが、休暇奨励日と言われて有給を消化するためにわざわざ設定されたような日なので、実質的に休日である。
昼の十二時前。ちょっと早めに昼食を取り終えて、昼寝でもしようかと思っているとピンポーンと来客を告げる音。
ネット通販の宅配くらいしか来客のない我が家だが、何か頼んでいたかなとインターホンのモニターを覗くと、前に見た顔が。
「だれ―? おきゃくさん?」
「うん。自衛官のお姉さんがまた来たみたいだね」
桃の質問に答えつつ、玄関の鍵を開けて樋口さんを招き入れる。
「こんにちわ」
「こんにちわ。すみません、また突然来訪してしまって」
アポくらい取れ、とは確かに思うが、自衛隊も今はとてつもなく忙しいんだろうから多めに見よう。なんだか疲れた顔をしているし。
「散らかってますが、どうぞ」
比喩ではなく本当に散らかっている。
基本掃除は週一で、日曜午前中と決めているから土曜日は最も汚い状態である。
前回のようにダイニングのテーブルを進める。
ちょっと子供が零したカレーとかあったので、目の前で拭きつつ、要件を伺う。
「それで、何かありましたか?」
「あまりいい話ではないんですが、国内で新たに四か所、ケース【D】のダンジョンが発見されました。詳しい情報は話せませんが、そのうち二か所が首都圏近郊でして、自衛隊の戦力の大半はそちらに充てられる事になりそうです」
「なるほど。まぁ、当然と言えば当然の措置だとは思いますけど」
客観的に見れば、だが。
「それで、我が家に関してどう影響が?」
「今現在、何か決まっているという話ではないんですが、恐らく凍野家のダンジョンの攻略については、後回しにされる可能性が高いです。申し訳ありませんが」
「ん? むしろ攻略する気があったんですか?」
驚きである。
二週間ほどリスポーンマラソンを続けている身としては、よくあんなの攻略しようと思うな、と言ったところだ。いやはや、全く隙が無い。入ると同時に感知して、近付かなくてもブレスが、近付こうとしても今の俺の脚力じゃ、触れる範囲に入る前にブレスを浴びる。
横に移動して躱そうと思っても、向こうは少し首を振るだけで修正できるし。
そもそも、投げ槍宜しく投げ飛ばした物干し竿が蒸発したからな。次の瞬間に俺も蒸発したわけだが。通路から撮影して撮りためた映像を解析しても、原始人レベルの装備では太刀打ちできないし、そもそも閉鎖空間で即死の範囲攻撃は卑怯すぎる。
攻略したければ、熱耐性のあるダンジョン産の不思議防具とか、熱耐性とかのスキルとか、なんか、そんな感じのダンジョン由来の強さを上げなければ無理だろう。そもそも存在するのか、という問題もあるし、ブレスを防げたところであの巨大生物を殺す火器を持ち込めないなら同じことだが。
「一番は、ダンジョンを攻略して被害を出さないことですから。自衛隊もそれを前提で動いてはいます。ただ、やはりどうしても攻略の優先順位は付けざるを得なくて」
「ああ、別に責めはしませんよ。内心思うところが無いわけではないですが、後の被害を思えば大都市近郊を優先するのは当然でしょう」
「申し訳ありません。まだ暫くご不自由をお掛け致します」
そう言って深々と頭を下げられる。
いっそ、見捨てられて、東北地方は諦めますとでも言われるのかと思って多少身構えていたのだが。裏ではそうなっていて、いきなりそういうのも何なので、段階的に悪い情報を伝えているという可能性もあるか。
はは、大人になると汚い想像ばかりしてしまうな。
「奥様は?」
家にいるのが、俺と子供二人なことに気付いて辺りを伺う樋口さん。
「二階で仕事してますけど、会いますか?」
「いえ、お邪魔しても悪いので。ああ、こちら皆さまで召し上がってください」
そう言って、樋口さんは有名ドーナッツチェーン店の袋を差し出してくる。
「わざわざお気遣いいただいてすみません」
「それではこれで失礼します。また、何か状況が変わりましたらご連絡差し上げます」
「樋口さんも忙しいでしょうし、別に電話かSMSでも構いませんよ?」
高レベルで簡易鑑定持ち。自衛隊内にどの程度いるかは分からないが、割と稀少な存在だというのは推察できる。
今の情勢では引っ張りだこで休む間もないだろう。わざわざ一家庭を気にかける余裕もあるまいに。律儀な人である。やけっぱちになられて、秘匿情報を流布されるのを恐れているのかもしれないが、そういうケアならもっと他に手の空いている人がいそうなものだが。
会社の名刺に私用の携帯番号を手書きして樋口さんに渡す。
「こちらのことまでお気遣いいただいて、ありがとうございます」
「まぁ、息抜きに仕事を抜ける口実が欲しいのであれば、訪問して下さってもかまいませんけど。大抵散らかってるので構わなければですが、ははは」
迎えるために掃除しておこう、などとは考えないずぼらな夫婦である。
「えー、おねえちゃんもうかえっちゃうのー?」
「ねえねえ、このロボットすごいんだよ! えっとね、この剣がはねになって」
帰ると聞いて、急に樋口さんにまとわりつき始める子供たち。
ぎゃあぎゃあと煩くまとわりつかれて、苦笑しながら相手をしている。
「ほらほら、お姉ちゃんは忙しいんだから、ちゃんとバイバイして」
まぁ、お姉ちゃんと言う歳でもないだろうが、年下の女性をおばちゃんと呼ぶのもどうかと思う。本当の伯母ならばともかくとして。
「可愛い子たちですね」
「そうですか? まあ、宇宙一可愛いとは思ってますが」
自分の子供であればこそ、という親の欲目のせいだろう。
客観的に見て子供だから、以上の可愛さは無い。それで十分だとも言えるが。
「ええ、本当に。じゃあね、またくるから皆でドーナッツ食べてね。バイバイ」
「「ばいばーい」」
三時のおやつが手に入ったのは良かったなと思いつつ、夕飯の献立を考えるのだった。
◇◇◇◆◆◆
9/10。
リスポーン回数が遂に千回を迎えた。
二十五日間。実働二十日程での達成なので、毎日五十回は死んでる計算である。我ながら狂気じみているなとは思う。
進展は、と言われると取り敢えずドラゴンについてはとある攻略法を思いついて、それを実証するための準備中である。
例の無限増殖バグを利用して必要な物資を量産する必要があり、ここ数日は調査というよりは必要だからと死んでる感じである。
ブレスで消し炭にされるとき、一瞬とはいえ激痛は走るし、死んだという感覚は気持ちのいいものでもないが、さすがに千回も死んでると習慣化されてくる。あまり、死への抵抗感がなくなるのは、生物的によろしくないなとは思うのだが、これも生きるための方策なので致し方なしと言ったところだろうか。
『リスポーン回数が千回を超えたため、特典としてレアスキルを進呈します。更なるご活躍をお祈りしております』
千回目のリスポーンで脳内アナウンスが流れた。はてさて、レアスキルの恩恵は? 鑑定はともかく、神託については今の所なんだか良く分からない。ネットでも脳内音声について意味ある解釈ができたという話が無いので、神託は脳内アナウンスを翻訳するスキルなのかな? スキルLv.の上げ方も不明だし。
この解釈があっているとすると、脳内に響く声は神の言葉ということになるか。神=ゲームマスター的なものという解釈だろうか。だとするとそれなりに尊大な輩が作っているということになるか。相応の凄い事ではあるから、実力は伴なっているとは言えるかもしれないが。
「どれどれ、ステータスっと」
名前 凍野 杏弥(いての きょうや)
レベル 1
ロール 預言者
スキル 神託(Lv.1) 鑑定(Lv.1) 熱耐性(Lv.1) 奇跡(Lv.1)
称号 不撓不屈 逸般人
「……なんだよ、称号って。勝手に与えてくれるな。不撓不屈はなんかちょっとかっこいいけど、バランスとるみたいに逸般人なんて不名誉なものまでくっつけやがって。スキルもなんか二個増えてるし」
熱耐性は多分特典ではなく、繰り返し丸焦げになったことで取得したものだろう。特典のレアスキルは奇跡の方だろうが、これまた効果が良く分からない。預言者と言えば確かに奇跡もセットではあろうが。
なんだろう、パンを増やしたり海を割ったり水を清めたり出来るんだろうか? 特に必要性を感じない。後々、チートスキルと分かる日もくるかもしれないが、解説が無いと良く分からないんだよなー。あー、攻略サイトが欲しい。
攻略サイトと言えば、ネット上にはダンジョンの攻略サイトが実際に幾つか立ち上がっていたりする。
と言っても、一般人に開放されているのは自衛隊でケース【A】、人畜無害認定されているほのぼの系のダンジョンだけなので、攻略も何もないのだが。スライムの生態等のどうでもいい情報が乗っていたりする。
「それにしても千回で熱耐性か。判定は回数かな? ダメージがある程度の熱ダメージを千回受けるとかそんな感じ? さすがに死亡までは必須じゃないと思いたいけど」
そこまで含めるとなるとさすがに鬼畜過ぎる。ほぼ即死できるから辛うじて耐えられるが、半端な火傷で苦しみながら死ぬとか、何回も繰り返すのは精神が持たないだろう。
逆に、根性焼きか、それ以下の火傷でも繰り返せばいいだけとなれば、多少現実的ではある。とはいえ、リスポーンで元に戻ると分かってればこそで、そうでなければ千か所も火傷跡を作ってスキルを得ようとは思わないだろう。そのままダンジョンを一旦出てしまえば症状固定されてしまうし。
後々回復魔法やポーションなんて便利なものが発見されるかもしれないが、現時点で試せる話ではない。
「しかもスキル獲得したとして、Lv.1だからな。どの程度有用かわからないけど、スキルレベル上げるためにそこから更に千回? それともレベルごとに上がりにくくなるとすれば……」
果てしない話である。
ドラゴンブレスを無傷で受け流せるようになるには、一体Lv幾つあればいいのやら。
しかし、手段の一つとして熱耐性を上げるというのが出来たのは朗報といってもいいかもしれない。
「千回死んだだけではまだまだ足りぬ、か。まるきり地獄だな」
死ぬことも出来ず地獄の業火に焼かれ続ける。
色々耐性を付けようと思えば、焼死以外の選択肢も増えるわけか。
「はは、気が遠くなる。あまり考えないようにしよ」
仕事でもなんでも考えすぎは良くない。
考えなしも困るが、考えるより動いた方が話を進む場合も多い。
特に今は、無駄にしている時間も無い。攻略の準備を早く終えて、今月中には攻略の目途を立てたいのだ。ドラゴンは所詮ダンジョンの一層のボス。攻略するのにどのくらい階層があるのか分からないが、ここで足踏みを続けては間に合わなくなってしまう。
「……不撓不屈。折れず曲がらず、か。まあせいぜい頑張りましょう」
いつの間にか与えられた称号に少し励まされ、今日も今日とて死に戻るのだった。
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