第7話 暗中模索




 その後もリスポーンマラソンを繰り返しながら調査を続け、分かったことは以下の通り。


・ダンジョン内は時間の流れが三倍が早い。これにより本来一時間を予定していた日々の探索時間が大幅に増えた。やったぜ(白目)。


・大部屋に入ると階段へ戻ることは出来ない(恐らくボス部屋からは逃げられない仕様)


・録画した映像もリスポーンでリセットするため、内臓メモリにデータは残らない。

 (通路はリセットされないため、以降通路に検証用ビデオをセット)


・リスポーンするとボス部屋内の状態がリセットされる。リスポーン後直ぐ舞い戻ってもブレスの高熱による影響などはない。同様に、ボス部屋に持ち込んだものもリセット時に消失する。


・リスポーンされるのは、死亡した最も直近にダンジョン入り口を通過した際の状態。


・記憶が残る理由は不明。ダンジョン侵入後自傷した傷もリスポーンで消えることから、肉体はリセットされているようだが、なぜか記憶だけは死ぬ直前までの情報を保持している。


・所持物の再生に関しては、ダンジョン入り口通過時に当事者に直接的、及び間接的に接触しているもの。直接接触している物であれば、槍のように長いもの――検証には物干し竿を使用――でも所持物判定される。一旦ダンジョン内に置いて、リスポーンせずにダンジョン外に出てから再入場した場合は、当然ながら再入場時の状態がリスポーン時に反映される。


・ダンジョンの入口、及びボス部屋は人間とそれに接触しているモノは通過可能だが、物を投げ入れるような真似は出来ない。そのため単独でドローンを飛ばしても侵入できない。ただし、触れていれば問題ないため、触れた状態で境界面に接触した場合、持ち物判定されてダンジョン内に入ることが出来る。同じ理屈で、竿のようなものの先端に荷物を括りつければ、ダンジョンに入ることなくダンジョン内に荷物を届けられる。(厳密にはその時点でダンジョンに入ったと判定されている可能性もある)


・所持物をダンジョン内でワザと落として、その後リスポーンすると所持物が復活する。ダンジョン内にも所持物が残る。結果、疑似的に物品をコピーすることが可能である。


 色々と調べてみたわけだが、一番最後のが今の所一番まずい。

 バグでは? と思いたいが再現性があるし、運営に通報しようにも連絡先が分からない。まあ、運営の連絡先が分かってるなら既に鬼のように苦情を言っているだろうが。


 物品のコピー。

 何がまずいというのか?


  やろうと思えば、そう、決してやってないし検証をする気も無いが、理屈から言えば、完璧な紙幣の偽造が可能なのだ。少なくとも1TBの要領のSSDで実験して、データの欠落が無かったことから、ダンジョンによるコピーは相当精密な精度で実施されていると考えられる。


 記憶媒体の内部の電子状態まで再現出来るとなると、肉眼での差異の判断は絶対に不可能だろうし、看破できるような機器も存在しないのでは?


 そもそも、人間という超複雑なものを、記憶だけ保持したまま再生させる技術である。

 オーバーテクノロジーの極みというところだろう。


 しかしこの理屈で行くと、俺は既にコピーのコピーのコピーのコピーの……、何回目のコピー体だ? リスポーンの度にどこかに劣化や不具合があれば、いい加減何かしらの障害が発生してもいいようなものだがそれも無い。


 あまり深く考えると怖くなるが、俺は既に一回目ドラゴンブレスで死んでいて、今ここにいるのはそこからコピーを何回も繰り返した果ての紛いものでしかない。


 記憶迄完全に再現されたクローンのようなもので、本質的には別人である。

 しかし、今の俺の中では記憶が連続しているため、凍野杏弥として振る舞ってはいるが。


 自分で気付いてないだけで、周りからはおかしくなったとかあるんだろうか? ああ、怖い怖い。


「とか言いつつ、楽しそうだね」

 栗花に呆れたように言われる。楽しいと言えば楽しい。未知が既知になる瞬間というのは得も言われぬ快感があるものだ。


 話が自分の事にそれてしまったが、無限にリスポーンできる前提ではあるが、ありとあらゆるものが量産できてしまうという事実が問題である。

 量産するための工場や設備は当然として、その原料の製造や採掘、栽培等、既存の産業の大半が駆逐されてしまうだろう。


 価値があるのはよりよい品質の一点もの。

 全て量産可能なのだから、大量生産の意義がなくなり、オリジナルを作り出す能力以外が無意味になる。


 これにより社会構造が一変する。

 ダンジョンはもう世に現れてしまった。今後も増殖するのかは兎も角、利用する流れは止められない。出来ない奴は置いていかれるだろう。


 ケース【D】のダンジョンがどの程度あって、各国でどの程度検証されているかは分からないが、人権意識の低い国であればリスポーンの原理についてもジャンジャン人員を投入して検証することだろう。


 そうなれば早晩この事実にも気付く。

 否、既に気が付いていてもおかしくはない。


 一方で我が国は気が付いているだろうか? 人権意識がそれなりに高く、道徳観や知的水準が高い民主主義国家であまり無体な検証を行えたとも思えない。


 生き返るらしいというのが分かったとして、命令としてそれを繰り返して検証するような頭のねじがぶっ飛んだ真似をできるだろうか?


 職務命令としてやらせるならばパワハラどころの騒ぎではないし、これまで国主導で秘匿して組織的な調査しかしていないとすれば、縦割りの弊害で試せていないことは数多くありそうではある。


 この件に関して出遅れると、割と国家として致命的では?

 特に規制するような動きが見られていないのもおかしい。自粛要請なんて生ぬるい方針を取っている時点で分かっていないのではという疑いが浮かぶ。


 同じ民主主義国家でも世界最強の某国などはダンジョンへの立ち入りを一切禁じている。国家による調査終了までは民間の土地内に発生したものであろうとも、強制的に接収している。

 利用価値の低そうな低難易度ダンジョンについては、調査後開放したりもしているようだが。


 いや、日本も含め世界中で高難易度と呼べるダンジョンが発見されたという報告が無いという足並みの揃い方は、寧ろ国家間でも情報共有されて、既に密約が結ばれている?


 新しい世界のあり方について、暗闘が始まっているとでも?


 一市民が考えたところで益体の無い話ではある。まぁ、黙っているしかないか。

 最終的に日本が出遅れて世界中にカモにされる展開もあるかもしれないが、既知であった場合、情報漏洩を厭って口封じに動かれても困る。


 日本は平和的な国ではあるが、後ろ暗い事が全く無いと思い込めるほどピュアでもない。

 リスクを冒すに足るほどの愛国心はどうやら俺の中には無いようだった。


 どのみち、今はダンジョン攻略に心血を注ぐより他ない。

 物資がダンジョンで大量生産できるという事実は、少なくとも今後の戦略の幅を広げてくれることは確かだ。




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