第6話 遮二無二
腕時計と寝室に元々ある目覚まし時計と時間を合わせてから、ダンジョンに入る。
突入時間はPM10:15。首掛けのカメラも起動しているが、果たして動画は残ってくれるかどうか。
ダンジョンの構造は石造り。
古代の遺跡内部といった風情だが、埃や蜘蛛の巣のような古臭さは感じない。
寧ろそう言った点では清潔感すらある。
触れば若干ひんやりとしているが、室温としては20℃前後だろう。後でその辺も調査しよう。
二十五段ずつの九十九折れの階段は全部で百段。三回折り返して、二十五段下った先が十メートル程の通路になっている。
幅三メートル、床から天井までの高さも三メートルほど。
結構広い空間だから、ダンジョン攻略に資材が必要であれば置場に活用できそうである。
そういう意味では後で正確な内寸を測定した方がいいだろう。
通路の端まで来る。
やはり、その先に進むには抵抗がある。
落ち着くために深呼吸。
ふと、自身と自衛官で二回はドラゴンブレスが放たれたであろうフロア内に、その痕跡が無いことに気付く。
最悪、丸焦げの死体が転がっていたり、そうでなくとも床や天井に焦げた後くらい残りそうなものだが。
死体はリスポーンと同時にリセットされるとして、フロア全体もそうなのだろうか?
もっと言えば、あれだけの火力が人体で停止するはずもなく、その余波というか大半はその後方も焼き尽くすはずである。通路を出て真正面からブレスを食らったのであれば、通路自体がその影響を受けて然るべきだが、自衛官はフロア内に侵入した一名以外引き返してきた。
となれば、フロアの境界で攻撃が遮断されるのかもしれない。
検証のために、靴を脱いで通路とフロアの境界に並べて置く。
なんだか自殺するみたいだな。いや、やってることはまさにそのものだが。
ダンジョン丸ごとリセットされるのであれば、次に来た時靴はなくなってるだろうし、影響が通路に及んでいれば燃えカスくらいは残るだろう。まあ、複数人が侵入している場合も想定されるのだから、一々ダンジョン内全部がリセットされるとは思わないが。
そのまま残っていれば、フロア内の影響が通路に及ばないといえるだろう。一種のセーフエリア的な?
いずれにせよ、複数回試して仕様を確認する必要がある。
「……はぁ、まあ、取り敢えず、行くか」
悩んでいても時間が過ぎるばかりだ。
時計を見る。
PM10:45。突入から三十分。
覚悟を決めてフロアに侵入する。
全身がフロア内に入ったと同時に、奥の方で巨大な何かが身じろぎする気配。
死ぬまであと数秒。
その前にまず、真っ先に確認すること。
通路内に引き返そうとすると、半ば予想通り透明な壁のようなものに阻まれて戻れない。
ボス戦は逃げられないと言う奴か。こいつがボスかどうかは知らんが。
そして頭の上のサーチライトでフロア内を手早く照らして大きさを確認。奥行きは大分あるな。
部屋としては相当に広い。天井までも結構な距離がある。
奥行きは百メートルくらいはあるか?
しかし、そんな広々とした空間も手狭に感じさせる巨体が鎌首を擡げ、口の端から炎を零しているのが見えた。
時計を見る。
フロアに侵入してから十秒。
次の瞬間、閃光に目が焼かれると同時に全身に疝痛を一瞬感じ、意識が暗転した。
◇◇◇◆◆◆
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
一瞬の暗転後、視界が寝室に切り替わる。
荒い息を吐いていることに、一泊遅れて気付く。
それから慌てて寝室の目覚まし時計を見る。
時間はPM10:25。
「は?」
腕時計を見るとPM10:15。
首にぶら下げたカメラは、録画時間五秒で、寝室の映像しか残ってはいなかった。
そして通路で脱ぎ捨てたはずの靴を履いた状態。
リスポーンによって、ダンジョン侵入時点の状態に戻るのは予定通り。
持ち込んだ時計も当然時間が戻ってるので、寝室においた目覚まし時計とずれるのはわかる。
しかし、フロアに侵入したのはPM10:45だったはずだ。
現在時間がPM10:25。
二十分時間が巻き戻ってる?
疑似的なタイムスリップが可能に? 死んで生き返ってる時点で何でもありな気もするが、しかし、そうなると今すぐダンジョンに入れば過去の自分の背中を見ることが出来てしまう。自分が分裂している可能性が?
まぁ、リスポーンしてる時点で、厳密にはその時点で死んで、今ここにいる自分は限りなく精巧にコピーされた別人でしかないのだろうけども。
だとすれば、あの世があるとして、リスポーンを繰り返せば何人もの俺が死後の審判の行列に並ぶことになるのだろうか。
なかなか不気味である。閻魔様も困惑するのではないだろうか。
それとも、魂的なものが存在して、その点での同一性や連続性は担保されているとか?
なかなか面白そうな思考実験ではあるし、リスポーンのことを解析すれば後々判明するかもしれない。まあ、スキルだ何だと色々あるので、魂も存在しているかもしれないが。
時間の問題については、ダンジョンと外の時間の流れが違う可能性があるか。
ダンジョン自体が実際にはどこにあるのか不明な以上、その可能性も十分に考えられる。
検証自体はそんなに難しくはない。
ダンジョンの入口から見える場所に目覚まし時計を置いてダンジョンに入る。
ダンジョンの中から時計を観測すれば、時計の進み方が変わるはずだ。
「予想通り、と言えば良いのか」
ダンジョンの中から外の時計を観測すると、時間の進みが遅い。
腕時計は普通に時間を刻んでいる。
つまり、ダンジョン内の方が時間の進みが早いという事か。
良し悪しはあるが、ダンジョンに入り浸ると早く老けるということになる。一方でダンジョンを活用すれば一日を二十四時間以上にできる。
これはある種の朗報である。
ただでさえ、平日日中は仕事があるので、調査時間があまり取れないところだったのだが、ダンジョン内であれば時間が早く進むというのであれば、その分調査時間を長く取れる。
腕時計と目覚まし時計を比べれば時間の進みは約三倍。
一日一時間程度の調査が限界だと思っていたが、単純に考えれば三倍確保できる。
いや、ダンジョン内で睡眠を取れるなら睡眠時間を確保した上で、その二倍分を時間調査に費やせることになる。
六時間睡眠をベースとすれば、睡眠以外で十二時間分は調査できるということだ。
その分他の人より相対的に寿命が縮んでいるわけだが……、とそこまで考えて、リスポーンがダンジョン侵入前の状態に戻すという現象が確かであれば、ダンジョンから出る際に必ずリスポーンすれば、肉体情報もリセットされている?
記憶が保持されているので絶対とは言えないが、この辺も要検証である。
ダンジョン内で睡眠を取るなら、一旦ダンジョンから出て記憶させる肉体情報を更新しないと、寝る前の状態にリセットされる可能性もあるわけで、そうなると睡眠時間が全て無駄に……。
優先的に検証する必要があるな。
色々と思考しながら階段を通路まで降りた。
戻ってくるまでそう時間は掛からなかったはずだが、通路に変化はない。
フロア入口まで行くと、脱いでおいた靴がそのまま残っていた。
ダンジョンがリセットされたという解釈であれば、靴はなくなるだろう。残っているということはやはりフロアと通路の間は隔絶していて、影響を及ぼさないのだということがはっきりした。
後は時間経過でものがなくならないかという検証は必要だが、一応この通路に物資をストックすることは出来そうである。
「というか」
靴を持ち上げる。
今履いている靴を見下ろす。
リスポーンした際に持ち物が元に戻るというわけではないらしい。つまりは、やはり複製されているということだろう。
フロアの方は初期状態に戻っているようで、ぱっと見では熱の影響や、丸焦げ死体などが見当たらない。どこかのタイミングでリセットする機能が備わっているのだろう。リセット条件は敗北? フロア内からの退去? 後々検証が必要そうだが、それはあのドラゴンを安定して倒せるようにならないとできないので、別のダンジョンで誰かがやってくれることに期待しよう。
それにしても……。
靴をまじまじと見る。
「これは、大分まずいんじゃないかなー」
さて、リスポーンによる複製で、何を、一体どれだけ増やすことが可能だろうか?
ことによると、この仕様はダンジョンそのもの以上に現実世界を壊すことになりそうである。
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