第4話 余命宣告




 自衛官による調査はそう長くは掛からないだろうと思っていたが、それは素人考えの様だ。

 ダンジョン突入前にバックパックから色んな測定機器を取り出して慎重に異常が無いか確認しながら進んでいく。


 昨日は焦っていたから思い至らなかったが、病原菌の類もそうだがそもそも酸素濃度や毒性のあるガスが無いかなど、懸念点は一杯ある。全くの未知の場所なのだ。エンジョイ勢の類なら無鉄砲に突っ込むところだろうが、節度と一般常識を兼ね備えたいい大人としては恥ずかしい限りである。


 機器を準備する手際や、声に出して確認しながら進んでいく様は、日頃から同じようなことをやっているという事実が見て取れる。同じような調査をしたダンジョンも一つや二つでは無いのだろう。


 ただ下るだけなら10分も掛からないと思うが、あの調子であれば1,2時間は掛かるだろうか。


 ダンジョンアタックから30分後、突然隊員が一人寝室内に現れる。

 最初に鑑定した米山さんだ。


 真っ青な顔で、うめき声を上げながら蹲っている。


 忠告したのに突っ込んでしまったのか……。ありゃ無理だって。レベル一桁で戦う相手では絶対にない。というか、レベルがいくら高くても戦う気も起きない。ロールがチャンピオンなんて稀少そうなものだから驕っていたんだろうか。


 それでも自衛官で命令無視は頂けないが。


「米山! どうした! まさか突入したのか!?」

 樋口さんとは別の制服組の男が米山さんに詰め寄る。この人鑑定してもレベルやロールが表示されないので、多分ダンジョン未経験だと思う。微妙に樋口さんとの距離を感じるので、指示系統が別なのかもしれない。


「……はい、すみません。入口からでは敵性体が確認出来なかったので、自分が単独で侵入しました」

「勝手なことを。それで、やられたのか」


「申し訳ありません。ですが……、10式があったとしても、あれは無理です。遠隔からミサイルで迎撃するしか」

 ヒトマル式とは戦車の事だろう。確かに戦車に乗ってても嫌だ。俺も同意である。例え通用するとしても、問題は相手がこの狭い通路の先にいて、ミサイルも戦車も持ち込めないことなのだが。携行できるロケランとかで何とかなるか? いや、あのブレスを凌げなければ、そもそも撃つ機会すら与えられないだろう。


「……他の隊員が戻り次第内部調査は一旦中止。ケース【D】だ。総監部に報告の上、隔離措置を行う」

 樋口さんの冷たい声が響く。

 制服組の男は返事もせずにバタバタと外に出ていく。


 実に深刻そうな顔をした樋口さんがこちらを向いた。

「凍野さん。重要なことですので偽りなくお答えして頂きたいのですが」

「なんでしょう」

「ダンジョン内に入ったのはどなたですか? ご主人であるあなただけでしょうか?」


「全員です。内部まで入ったのは私だけですが。初めに子供たちが発見して入口には入ってますし、妻も覗いてみるくらいはしてます」

「――そうですか」

 それが何かとてつもない酷い事だったかのように、樋口さんは目を硬く瞑り、口を引き絞る。


 暫く俯いて、やがて意を決したように口を開いた。


「ダンジョンは攻略しない限り、いずれ氾濫します。一度攻略さえしてしまえれば問題はないのですが。氾濫した敵性体は、当該ダンジョンに侵入したことがあるものを優先的に殺傷しに行きます。ダンジョン内とは違い、氾濫したあとダンジョン外では生き返ることはありません」


 ……えーと?


「自衛隊で攻略できれば良かったのですが、調査報告を聞く限り簡単ではありません。少なくとも現時点の自衛隊の戦力では……」


 非常に申し訳なさそうな樋口さん。

 恐らく攻略難易度か何かでケース別に分けられる程度には、既に各地のダンジョンの攻略の経験があり、この状況で真っ先に派遣されるような自衛隊の部隊がお手上げ?


「無論、方策が無いか自衛隊内でも全力で検討はします。必要とあれば他国の介入すら検討したいとも思いますが、如何せん全世界的にダンジョンが乱立した状況ですので、最悪のケースをお話しました」


 ……これは、知らずに人生が詰んでいた、というやつか。

 はっはっは、笑えねぇな。


「……はぁ。あ、すみませんため息なんて吐いてしまって。樋口さんが悪いわけではないんですが。しかし、そうなると今ほど潜った隊員の皆さんも、いざとなると標的になるということですか?」


 この日本を舞台にドラゴンとチェイスをしたくはないが。


「細かい話をすると、初めて入った攻略者が優先されます。米山達は他のダンジョンを攻略したこともあるので、このダンジョンに関しては二次攻略者という立場です。凍野さん方は一次攻略者とされ、氾濫時の第一襲撃対象となります」


「そこまで分かってるということは、既に何度か意図的に氾濫を起こして実証したということですか?」

「ええ。比較的害の少ない、制圧が簡単なダンジョンで実証済みです。無論、ダンジョン自体謎が多いので、ここがそうではない可能性もゼロではありませんが、それは楽観的すぎるでしょう」


「どのくらいで氾濫が起きるかは、分かるんですか?」

「ダンジョン入り口の右上。数字が浮かんでいるのが見えますか?」


 言われて初めて気が付いた。

 デジタルっぽい数字がぼんやり浮かんでいる。8,563,88。1秒に1ずつ減少しているようだ。


「約860万秒。最初の攻略者が入場してから丸100日がリミットってことですか」

「はい。氾濫が起こった場合、非常に危険で甚大な被害が予想されるため、申し訳ありませんが、凍野さん方にはご不便をお掛けすることになると思います」

「何となく想像は着きますが、具体的には?」


「まず、このダンジョンへの入場者を極力増やしたくありません。氾濫が起こった際に方々に標的が存在した場合、敵性体の動きが予想できなくなってしまします。そのため、来客については厳密に制限させてもらいます。うっかりなどがあっても困るので、二十四時間監視させてもらいます」


「あくまで家の外の話ですよね? ならしょうがないです」

「並びに、今し方話した事に関する守秘義務です。ご家族への開示は任意ですが、他言された場合は国家内乱罪に該当する可能性があります」

「殺人より上ですか……。まぁ、気を付けます」


「また、氾濫の発生が確定的になった時点で、凍野家の皆さんの身柄を自衛隊が預かります。皆さんを守るという意味もありますが、先程と同じ理由で、ある程度氾濫後の敵性体の動きを自衛隊でコントロールしたいからです。ダンジョン内での攻略は難しいですが、敵性体を任意の場所に誘因可能だというのは、戦術上大変有利でもあります」


「そのときはお願いしますね」

「ただし、自衛隊のリソースも無限ではありません。ダンジョンの攻略が非常に難しいケースをケース【D】と位置付けているのですが、昨夜からのダンジョンの乱立で、このケース【D】にあたるダンジョンの数によっては、流動的な対応にならざるを得ないこともお含みおき下さい」


 非常に心苦しいですが、と樋口さん。


「そうならないことを祈っておきます」

 預言者からの祈りであれば、少しは神も聞いてくれるかもしれないから。




 ◇◇◇◆◆◆




 一旦自衛隊の人達は帰った。

 時間制限はできたが、逆に言えばそれまでの安全は一応確認されたとみていい。

 防疫関連は、大分前からダンジョン攻略をやってる風だったのに対策を講じられていないことから、恐らく心配ないのだろうと思う。まあ、ダメだったらどうしようもないし諦めよう。


 夜十時過ぎて、子供を寝かしつけてから栗花とリビングに戻る。

 ソファに腰掛けて、昼間離せてなかった氾濫関係の話をする。


「じゃあ、いざとなったら、というか高確率でいざということになって、その時は自衛隊が守ってくれるという話でいいわけね?」

「形式上はね」


「はっきりしない言い方ね?」

「はっきりしないというか、樋口さんも懸念してたけど、ケース【D】とかいうアホみたいな難易度のダンジョンが乱立していた場合、人類の歴史が終わる可能性だってある。まぁ、SNS見る限りでは、危なそうなダンジョンは相当少ないみたいだけど、逆に言えば、危なそうなのは情報統制している可能性もあるし」


 某掲示板等の反応からは、楽しんでる勢が大半だ。近く政府がダンジョン立法を成立させるとか言ってるから、やはりある程度事前に情報を掴んで下準備はしていたのだろう。少なくとも与党内閣の一部と官僚は把握していたであろう動きの速さだ。


 迂遠だが、「ダンジョンへの侵入はどんな危険性があるかも分からないから自粛するように」との要請と、「ダンジョンを発見した場合は最寄りの自治体への報告と、自衛隊の調査を受けるように」との広報が出されていた。


 一応忠告はしたからな愚民共、という上から目線のアリバイ作りと言う奴だろう。有事の責任を全てお上に押し付けるためのアリバイ作りをしている俺と、やっていることは同じである。


 先の世界的感染症の予防対策と同じで、自粛という言葉では一定数のエンジョイ勢は止まらないであろうことは想像に難くない。むしろダンジョンと言う響きは男の子を誘う魅力を有していると言っていいだろう。


 むしろ今までもダンジョンが散発的に発生してきたというなら、この情報化時代によくも今まで広まらなかったものだと感心する。何かダンジョンの情報隠滅に暗躍していた秘密結社でもあるんだろうか。それが急激に乱立し始めたことで対処しきれなくなり……、なんて三文小説でもあるまいに。


「さて、どうしたものかねぇ」

「どうって、明日から仕事行くんでしょう?」

「ダンジョンの監視自体は自衛隊が遠巻きにやってくれるみたいだしね。責任は既にぶん投げたので、元の生活に戻るだけ……、とは行かないかなぁ」


 あの後、樋口さんからもう少し詳しい話があった。

 当然と言えば当然だが渡航の制限。県外に出る場合は旅程と行先を明確にしてくれとのことだ。

 氾濫一週間前からは基本自宅待機で通勤、通学、通園以外の移動を自粛。


 自衛隊も何処まで当にしたものか。

 凍野家があるのは東北の地方都市。


 例えば同じケース【D】が関東近縁に複数あった場合、政府はどういう対応をするだろうか? 最悪こちらは見捨てられる可能性も十分にあり得る。自衛隊は政府の指示で動く。人口密度的にも国家機能の維持の為にも、リソースが足りなければ少数側のこちらが優先的に切り捨てられるというのは自明である。


 そんなことはないはずだと妄信して日常を過ごすべきか。

 しかし、悪い目が出た場合、その怠惰の付けは命で贖う事となる。


 自分の命だけならば兎も角、妻や子供達の命。

 どうでもいいと割り切れるほどサイコパスなら気も楽なんだが。


「やれるだけやるしかない。奇跡的に攻略できればマイホームも守れるしな。ダンジョン禍を自然災害扱いしてくれればいいが、津波とかと一緒でおそらく対象外にされるし、最悪ローンだけが残る地獄は笑えん」

 最悪金で命が助かるならそれもありだが、金も命もでは浮かばれない。


「無理しないでね? 杏弥だけ死んで、後から自衛隊が何とかしてくれましたってなったら、馬鹿みたいじゃない。泣くに泣けないから」

「杞憂で済めばいいんだが。まぁ、親切設計のお陰で死ぬことだけはなさそうだから、過労死しない程度に頑張るさ」


 とはいえ、攻略難易度ナイトメアとかルナティックとか、ヘルモードって感じのバグったチュートリアルダンジョンである。攻略方法が果たしてあるものかどうか。


 死なないというのも、裏設定で回数制限がありましたとか、確認しようがない仕様が後から発覚する可能性もある。文字通り後の祭りになるが。


「十年後、笑い話にできればいいな」

「なんとか乗り切りましょう」


 栗花の頭を抱き寄せる。泣き言を言いたい状況だが、家族の為にパパがんばっちゃうぞー。




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