第24話 決断
4人の飲み会はなくなっても、美鈴と幸一の関係は続いていた。
「いろいろ考えたんだけど、今度、現実世界で会おう。でも、びっくりしないでね。」
「どう、びっくりするの。大丈夫よ。」
「今度の土曜日、お昼12時に新宿御苑の入口で待っているから。」
「わかった。幸一の姿、やっと見れるのは楽しみ。」
新宿御苑の入口で待っていた。まだ待ち合わせ時間じゃないけど、それらしい人は来ない。もしかしたら、来ないのかもと思っている時だった。
「こんにちは。美鈴だよね。」
「はい、そうですけど、どこかでお会いしましたっけ。」
「あの、私が幸一なんだけど。」
目の前には、すらりとした背が高い女性がいたの。
「よく聞こえなかったんですけど、もう一度、いいですか?」
「私が幸一なんだ。私、現実世界では女性なんだよ。黙っていて、ごめん。」
「え!」
「そうだよね。私、男性じゃなくて女性しか好きになれなくて、メタバースの世界では男性として生きているんだ。でも、こんな人じゃ嫌だよね。」
「なんか、混乱しちゃって、ごめんなさい。少し、歩きながら話しましょうか。」
幸一と名乗る女性と公園を歩いていたけど、あまりに想像を超えて、周りの風景とか全く目に入ってこなかった。
「私は、どうしてか自分にはわからないけど、この体は自分じゃないって、ずっと違和感を感じていたんだ。バストも、どんどん大きくなったけど、気持ち悪いって、いつも、胸を締め付けて平らにしていた。また、毎月くる生理も、本当に穢らわしいとしか思えなかった。誤解があると困るからいうけど、美鈴のバストが気持ち悪いとか、生理がある美鈴が穢らわしいとかじゃないからね。」
「分かってる。」
「そして、いつも、男性じゃなくて、女性のことを目が追っている。仲のいい女性だからって告白すると、そんなふうには思ってなかったって、気持ち悪いものでも見るように、いつも離れていってしまう。どうして私は、女性に生まれてしまったのか、自分を恨んでいるんだ。」
「男性とは関係を持ったりしなかったの?」
「確かに、男性とエッチをしたりすれば、自分も変わるかもと思ったことはある。でも、ベットのうえで男性が近づいてきたら、気持ち悪くて、相手を突き飛ばして出てきちゃってた。やっぱり、私は心が男性なんだよ。」
幸一と名乗る女性から、これまで自分の体には馴染めなかった苦しみ、女性を好きになるけど、女性からは相手にされなかった悲しみ、多くの苦悩を聞いた。
そして、美鈴と出会って、自分に自信がなく、引っ込み思案だけど、頑張っている姿を見て、ずっと守ってあげたくなった初めての人だったこと、男性だと偽って抱いてしまったことも申し訳ないと謝っていた。
そして、美鈴と出会い、日々を重ねてきて、これからもずっと付き合いたいこと、でも、こんな自分を嫌いというのなら、諦めるしかないということも聞いた。
「ごめんなさい。少し考えさせて。私も、女性のこと好きになれるか、ちょっとわからなくて。でも、幸一は大好きなのよ。誤解しないでね。1週間後に、また、メタバースじゃなくて、ここで会いましょう。」
「分かった。」
どうしよう。幸一と付き合うということは、子供ができないということになる。このまま付き合って、結婚とかになったら、親とか、友達になんて言えばいいの? その前に、女性と付き合う気持ちになれるのかしら?
周りからどう見られるの。出来損ないとか、変態だとか思われるのかもね。差別や偏見をなくそうと言われているけど、そう簡単になくなるわけじゃないものね。
でも、子供っていうんだったら、精子バンクから精子をもらって、現実世界で女性2人で一緒に育てるってことだってできる。そんなに重要なことじゃない。
親とか友達なんて気にして、大切なものを失っていいんだろうか。こんなに、私のことを暖かく見守ってくれる人って、これからの人生で出会えないかも。
そうは言っても、メタバースでの男性としての幸一が好き。男性だったから好きになったのも事実。抱きしめられた時に、幸一の胸にバストがあったらどう思う、現実世界で幸一には、あれがないんでしょ。後悔しないかしら。
いえ、そんな肉体的なことはどうでもいいんじゃないかしら。エッチをしたければ、2人でメタバースに行って、すればいいだけの話し。
私は、人としての幸一が好きなのよ。メタバースの世界では、心だけじゃなく、体も満足させてくれるし。心が男性なら、幸一は、現実世界では女性でも、私にとっては素敵な彼氏だもの。
メタバースが普及するにつれて、心のふれあいが重要なんだって考えさせられる機会が増えていった。肉体のことだけで、本当に重要なことを忘れ、心を惑わされないようにしないと。
一方、幸一の気持ちは真っ暗だった。
やっぱり現実世界で会ったのは失敗だった。だって、これまでも女性に告白して、全て失敗してきたじゃなか。人は気持ちだけじゃないんだ。女性ホルモンとか、気持ちだけでは説明できない肉体的なものも重要なんだから。
だから、私は、これまでも、ずっと女性からは断られてきたんだ。家からヘアサロンに向かう道には、桜の蕾が咲きそうだったけど、そんな風景が目に入ってこない。むしろ、枝だけの寂しい木々ばかりが目に入ってくる。
そう、私は、枯れ始めたこの木と同じだと思う。他の木々は、これから新緑で溢れるだろうけど、私は、この木と同じで朽ち果てていく。何も残らない無惨な姿で。
やっぱり、現実世界で美鈴と会わないで、ずっと男性だと言っておけばよかった。美鈴は、そんな私が信じられないと言って別れるかもしれないけど、私が女性だと惨めな姿を見せずに済んだと思う。
これは、私のエゴなんだね。美鈴には、きっとステキな男性が現れるはずなのに、私がその機会を奪っているんだから。こんな汚い私となんて、美鈴に申し訳ない。そう、別れるって言ってもらった方がいい。
公園を散歩していると、どの木々も枝だけの姿だった。それは、美鈴との明るい日々の終わりのように感じた。でも、その時、太陽の陽が枝にあたり、もうすぐ迎える春に向けてキラキラとした風景にも見えた。そう、美鈴の判断に従うしかない。
あっという間に1週間が過ぎて、また会う時間がきた。
「いっぱい、いっぱい考えたの。そうして、私が出した結論は、幸一と一緒に暮らしたいってこと。幸一の体がどうかとか関係ない。幸一は私のこと、いっぱい考えてくれて、大切にしてくれている。メタバースの世界では男性として、私のこと愛してくれている。このことが一番大切だというのが私の結論。これからも、私のこと、よろしくお願いします。」
幸一の目からは大きな涙が流れ、美鈴を抱きしめた。周りからは、女性どうしの親友とみえたかもしれない。でも、2人にとって、そんなことはどうでも良かった。2人の心はしっかりと結ばれていた。
その時、3月で季節外れの粉雪が空から舞い始めた。東京では珍しく、あっという間に地面は真っ白になり、汚いものを全て消し去っていった。純白の世界って、寒いけど、とっても綺麗。
もう、あたりは暗くなり始めていて、これまで真っ白だった空間は、暗くなり、街灯が当たっているところだけ、丸く、キラキラと、白く浮き上がっている。
枝だけで寂しそうな木々にも雪が積もり、道路の照明が当たって、なんかイルミネーションみたい。そして、私たちの周りは暗かったけど、街灯がちょうど、私たちにスポットライトをあててるみたい。
そう、私はもう、周りから何を言われてもいい。幸一と私の世界だけ、キラキラと輝いていればいいの。周りの人なんて、私に何もしてくれない。幸一だけが私を幸せにしてくれる。
私は、歩いていたら転んじゃった。雪なんて降ると思っていないから、ハイヒールできちゃったじゃないの。でも、そんなどじで、恥ずかしいことなんて、全然、気にならなかった。
幸一は、手を差し伸べ、お姫様のように私を立たせてくれた。そして、黙って笑顔で私の顔をずっと見守ってくれていた。幸一、そんなに見つめたら、恥ずかしいって。
でも、私は、人生で一番幸せって顔しているでしょう。ありがとう。
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