中編
私は、手紙に書かれていたように、階下の和室へと降りて行った。
短い廊下の片隅にある木製の引き戸を開けると、スイッチを入れ、灯りに照らされた部屋は、確かに白木造りの和室であった。
周りを見ると、綺麗に整理された部屋であったが、鏡台には白い布がかけられており、和箪笥にさえも布が被されてあった。
既に、この部屋には誰も入る事はなくなったのであろうことが伺えた。
和室の隅には床の間があり、花瓶には花が活けられてあった。
そんなに新しいとは思えなかったが、枯れていないところを見ると、思うほどに古くもないのであろう。
その横には遺影があり、楽しそうに微笑んでいる私の顔があった。
私は、遺影を見ながら、その楽しそうな笑顔を見ていると、今にも語りかけてきそうに思えた。
いや、実際に語り掛けてきた。
そのように思えただけかもしれない。
「やぁ、君かい。ここに来れたっていうことは、書斎には入ったんだね」
今は、もう既に、そう思えたという事ではなくなった。
実際に語り掛けてきたのだ。
「僕は、未来の君だよ。
残念ながら、今となっては無い存在の未来の僕さ。
残念だ、とは言わない方が良いかな。
これも、君の判断だったんだからね。
未来に存在していたはずの僕から君に言おう。
生きる意味は、此処さ。
存在していたはずの此処、僕のことさ。
それはね、命っていうものはね、元から無いものなんだよ。
だから、無くなることもないんだ。
無いものなんだから無くなる筈もない。
苦しみや悲しみだってそうさ。
元から無いものなんだよ。
無いのだから苦しむこともないし悲しむこともない。
苦しみも悲しみも君が作り上げたものなんだよ。
君が生きてきた人生で、経験で作ったものさ。
自分の存在に意味は無いんだよ。
無いのだから、知ることもできない。
無いものを知るためには生きるしかなかったんだよ。
生き続けて、ひとつの世界から離れる時に分かるものなんだ。
君は、それを放棄してしまったんだ。
未来の僕と一緒にね。
それじゃ。
存在出来なかった僕から、君へ。」
床の間に置かれた花を見ると、花瓶の底の水は既に無く、枯れ果てていた。
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