無白(むはく)

織風 羊

前編



 真夜中過ぎの町。

薄暗い街灯だけが細い道を照らしている。

家々の窓は閉ざされ、溢れる灯りは全く無い。

街灯に照らされ舞い落ちる雪は音もなく、自分の吐く息だけが聞こえる。


 まるで死んでいるかのような町。

もしかしたら、この町に住んでいる人は誰もいないのであろうか?

私一人がこの町を彷徨っていて、この町だけが世界から隔離されているのだろうか?

来た道を振り返って確かめようとするが、まるで過去の罪に襲われそうで。

怖い、振り返るのが怖かった。


 思い出した。

私は家に帰ろうとしていたのだ。

そう思うと見覚えのある家々。

知っている道。


 私は記憶を辿って、見覚えのある家に辿り着く。

その家は他の家々と同じく、雨戸は閉ざされて灯りひとつも見れない。

ポケットに手を突っ込んで鍵を探すと、確かに一本の鍵に触れることができた。

この鍵は、本当にこの家の鍵なのだろうか?

私の家族は居るのだろうか?

もしかしたら知らない人たちが暮らしているのかもしれない。

そう思うと、この扉に合う鍵であって欲しくない、と思えた。


 然し、鍵はピッタリと鍵穴に入った。


 私は家の中に入るとストーブに火を入れた。

ストーブの赤光に照らされた調度品には、確かに見覚えがあった。

階段を上がり、閉ざされた扉。

ひとつの部屋に入り明かりを点ける。

壁は本棚で囲まれ、ぎっしりと本が並べられていた。

その本の一冊一冊を知っているような気がする。


 壁の隅には、レターデスクがあり、開いたままの机の上には、手紙が置いてあった。

他人のものかもしれない。

見てはいけないと思いつつも、私はその封筒を手に取ってしまった。

宛名は無かった。

私はさらに封筒から手紙を取り出し、開いて読み始めた。


「拝啓、君へ。


 この手紙を読んでいるという事は、戻ってこれたんだね。

それは良かったとは言わないよ。


 君の家族は、ここには居ない。

今は、別の所で暮らしている。

つまり、仮住まいっていうことさ。


 だから僕は、君を止めたんだ。

君は僕の言うことを聞いてくれなかったね。


 生きる意味が分からないって?

その理由を知りたいからといって、わざわざ死に場所へ探しに行く事はなかったのに。

もう後悔しても戻れないんだよ。


 生まれ落ちたことを後悔しているのかい?

それも無駄なことさ。

君が暮らした町も無い。

共に過ごした家族もいない。

そして君もだ。

もう、何も無いんだよ。


 最後に、これだけは聞いて欲しい。

和室へ入ってくれないか?

僕からの最後の願いなんだ。

君に会って欲しい人がいる。

もう、会う事はない僕からの最後の願いだ。

よろしく頼んだよ。

それじゃ。


 過去に存在した僕から、君へ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る