第5話 リベンジ

 権蔵爺さんは家の周囲に畑があったほか、少しばかりの山林も持っていた。

 村にはめずらしくアカマツ林があり、松茸まつたけが獲れた。この当時でも一シーズンに何万円かの収入になった。ただでさえ用心深い夫婦は、盗難を恐れて心の休まる暇がなかった。


 隆が中学2年の秋、権蔵爺さんが洋一の家にやってきた。母親の話によれば、松茸泥棒が現れ、洋一が疑われているらしい。この種のうわさは、広まるのが早い。

 富江は洋一をかばった。

「なんで、子供がそんなことする。松茸がそんなに大事なんやったら、家の庭ででも育てなはれ。あほらし」

 富江は相手にしなかった。

「まあ、ええわ。そのうち、分かるわ」

 権蔵爺さんは鼻歌交じりで帰っていった。


 富江から話を聞き、洋一は怒るよりも噴き出した。どこに松茸が生えているかも知らない。ましてや、洋一にとって、松茸など、その辺の毒キノコと同類に思われた。

 隆も笑った。対岸の岩を権蔵爺さんに見立て、石をぶつけた。

「今のは、痛かったやろな」

 洋一は正確に直球を投げ込んでいた。

「洋ちゃん。権蔵爺は『もう堪忍してくれ』言うとるで」


 たわいない遊びに疲れ、2人は河原に仰向けになった。

「なあ、隆。そんなに大事なんやったら、松茸、獲ってきて、権蔵爺の庭にばらまいてやろうか。人助けになるで」

「洋ちゃん。それええなあ」

 2人は計画を練った。


「おっちゃん。アカマツって、どこにあるん?」

 勲叔父さんがバイクの手入れをしていた。

「隆ん家の横の山道、あれを登って奥へ行ったところや。あそこは行ったらいかん。また、なんぞ悪いこと考えとるんと違うか」

 叔父さんは手を休めて、洋一を見た。

「ううん。訊いてみただけや」

 洋一は駆け出していた。

「母ちゃんに心配かけたら、承知せんで」

 叔父さんは妹である富江から、よく洋一のことで相談を受けていた。


 決行の日がきた。

 土曜の午後、2人は隆の家で待ち合わせて、山道を登って行った。

 2人でたいていのところは行ったことがあった。しかし、アカマツ林は初めてだった。向こうは切り立った崖だった。下を見て、隆は足がすくんだ。


 右手の奥まったところに松の木があった。2人は顔を見合わせた。松茸が何本も地面から頭を出していた。


 走り寄ろうとする隆を、洋一が止めた。

「待て!」

 洋一は膝をつき、手で地面を撫でている。

 やがて、カマボコ板を打ち抜いた3寸釘が出てきた。地面に埋まっていたものだ。洋一は目をらし、合計5枚のカマボコ板を掘り出した。

「隆。危ないところやったなあ。足、ズブリやで」

 洋一は怖そうな声で言った。

「洋ちゃん。もしかして、修ちゃん、これでケガしたんと違うか」

 洋一に、足を引きずって歩く、修司の姿が浮かんだ。

「くそ爺!」


 その夜、2人は権蔵爺さんの家に忍び寄り、庭に松茸をばらまいた。折からの雨が土をはね上げ、松茸は泥まみれになっていった。


 翌早朝、権蔵爺さんは汚れた松茸をかごに入れ、洋一の家の玄関に仁王立ちになった。

「うちの庭に松茸をばらまいたのは、母親の入れ知恵やろ。雨が降って、売り物にならんようになった。ええかげんにせんと、息子の就職先なんか、どこにもなくなるで。このコソ泥が」

 権蔵爺さんは富江と洋一に向かって、吐き捨てるように言った。

「なんや、隆のガキも一緒になってやったんか」

 権蔵爺さんは隆を認めて、薄ら笑いを浮かべた。

「それにしても、悪運の強いやつや。足は事ないか」


 洋一はカマボコ板を3枚、権蔵爺さんの前に放り投げた。それぞれに3寸釘が上を向いていた。

「こんなものに、我々が引っかかるか。ほら、大事に持って帰れよ」

 権蔵爺さんはカマボコ板を拾った。


「後の2枚は?」

 権蔵爺さんは洋一をにらみつけた。

「まだ、小さい松茸があったから、あれを盗られたら、あんた大損やろ。泥棒が近づいた時のために、2枚は埋めておいたよ。爺さん、気を付けな。釘を踏み抜かんように。修司の新品の運動靴も通したくらいやから、あんたの古い地下足袋なんか、ズブリやで」

 権蔵爺さんが思い切り、玄関の戸を閉めた。戸は勢い余って、3分の1近く元に戻った。

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