第8話 勇者バトル

 俺たちは施設内にある練習用の闘技場スタジアムにいた。スタンドには練習を終えた三軍勇者たちがギャラリーとして集まっていた。その中には三軍ヘッドコーチの姿もある。


 アピールのチャンスだ。ここで活躍できればヘッドコーチのお眼鏡にとまる。入団早々に与えられた絶好の機会だ──と、俺はこの可愛がりを前向きに捉えた。しかし、それは対戦相手の先輩たちも同じだったようで、血走った眼光をギラつかせている。どうやら新人相手に手加減する気は、更々ないようだ。



 それぞれがフォーメーションの配置につく。

 予想通り、先輩たちの布陣はアタッカー二人を前衛に置いた2-1-2システムだった。

 前衛に陣取るジョジマがイラフさんたちに対峙すると、黒づくめの甲冑を着込んだ主審ジャッジホストが間に入り、バトル開始を宣告した。主審ジャッジホストの右手が天を突く──



「プレイッ! バトォーーーールッ!!」


 

 スタジアムの中心で、高々と響く主審の声に緊張が走った。ナーガが作戦通りに詠唱を始め、俺たちは先輩たちの動向に視線を縫い付ける。

 すると突然、前衛のジョジマがバトル中にもかかわらず、イラフさんに話しかけた。


 バカっ!?

 こいつ一体、何してんだ??

 バトルはもう始まっているんだぞ!!

 話しかけるなんて……、、、


 そこまで言葉が出掛けて、俺はジョジマの魂胆を瞬時に理解した。俺たちの作戦はナーガの魔法発動まで時間を稼ぐこと。


「あのぉー、イラフ先輩っ♡ バトル中に大変申し訳ないんですけどぉー、少しだけお時間いいですかっ♡」


「な、なんだお前……!?」


 色香をまとわせたジョジマの声色に殺気立っていたイラフさんが戸惑いをみせる。


「うふっ♡ あのぉー、私たちって『鳥葬の鷹デスホーク』のチームメイトじゃないですかぁ〜〜、なのにぃ〜〜、対戦する先輩方のお名前も知らないのわぁ〜〜、なんだかさみしぃーなぁ〜〜と、思いましてっ♡」


「……まっ、……まあ、それもそうだな……」


 イラフさんが身構えた剣を一旦、地面に突き刺して頬を赤らめた


 ジョジマのお色気作戦、大成功。

 ナイスだジョジマ!

 この際、手段は選ばない。


「……俺はイラフで、こいつがシキヤ。後ろの三人が、ジナーミ、タケッタ、オーダだ。俺たち五人はお前たちと同じ、二年前のドラフト同期組だ」


「ええっ〜〜♡ そうだったんですかっ!?」


 弾けるようなジョジマのリアクションにイラフさんが饒舌になった。


「二年経った今でも五人揃って三軍にいる。それだけプロの勇者層は厚い。思い返せば二年前のこの日、俺たちは先輩たちとの実戦テストで敗北をきっした。あれから二年。今度は先輩として俺たちが、プロの厳しさをお前たちに教えてやる番だ」


 イラフさんがご機嫌に身の上話を打ち明けると、もう一人のアタッカー、シキヤさんがそれを遮った。


「イラフ!! 口車に乗せられてんじゃねぇー! 見てみろ! こいつらすでに魔法詠唱を始めてるぞ!!」


 イラフさんが大剣を抜き、眼光を鋭く尖らせる。


「シキヤ焦るんじゃねぇ。学生勇者とプロ勇者の違い。お前が一番よく分かっているはずだ。魔法詠唱の時間稼ぎ、ハンデとしてはちょうどいいじゃねーか」


「あら残念♡ もっとイラフさんのお話し聞かせて頂きたかったのにぃ〜〜、、、でも作戦を見破られてしまっては致し方ありませんね、、、。


 ──やってやんぞーー!! かかって来い! ボンクラどもがぁーーーーっっ!!」


 ジョジマが本性を現し、咆哮とも言える啖呵を切って挑発した。


「ククククッ、とんだお嬢様だな。気に入ったぜ。美女の泣き顔が俺の大好物だ。いくぞ! シキヤ!」


 大剣を振りかぶったイラフさんが地面を蹴って、突っ込んでくる。


 ガチン!

 イラフさんの大剣をキヌガーが大盾を構えて防いだ。背後から忍びよるシキヤさんを俺とホッシが牽制して動きを封じる。

 それと同時にタケッタさんと紹介された魔術士が複数の火球を浮かび上がらせて、前衛に援護魔法を放った。

 その初動に合わせてジョジマが魔法防壁マジックウォールを素早く発動させる。放たれた火球が半透明の障壁に衝突して消滅していく。


 よし作戦通りだ!!


「そーいうことか!?」

 振り返ったイラフさんが俺たちの戦術に気付き、後衛三人に指示を飛ばした。


「オーバーラップッ!! ラインを押し上げろ!」

 その声に呼応して、後衛の三人がポジションを上げる。

 すぐさまジョジマが後退して、障壁のラインを下げた。前衛にポジションをとっていたジョジマが、後衛のナーガの位置まで下がり、それに伴って魔法防壁マジックウォールの位置が下がる。

 前方に押し上げてきた後衛の三人を防壁の内側には入れさせない。


「──くっ!? ラインコントロールか!」

 ジョジマが後衛の進撃をライン後退させることによって食い止める。


「ならば──、ラインを崩すのみ!!」

 察した後衛の三人は右に左にと散り散りになって回り込み、並列だったフォーメーションを左右側面からの攻撃へとシフトチェンジさせた。

 即座にジョジマが斜め左後方に後退り、右側からの進入を防ぐ。それに連動して、


「迅速【敏捷性上昇】」

 俺は自分に付与魔法バフをかけると、逆方向、左側から飛び込んでくる魔術士目掛けて剣先を突き付けた。


「ぐぐぐぐぐっ!」

 障壁の内側ギリギリにまで迫った魔術士が、喉元に突き付けられた剣先に怯み踏み止まる。


「中央!!」

 サイド攻撃を防がれた後衛の三人目が、ガラ空きとなった真ん中のスペースに間断なく飛び込んでくる──


「ピッピィー!」

 主審がホイッスルを鳴らした。

 ──オフサイド。

 勇者バトルは対戦可能な勇者が一対一になった場合を除いて、オフサイドルールが適用される。


 ※注釈 オフサイドルール。

 競技してはならない位置でプレイする反則。スタジアムはセンターラインにより自軍エリアと敵軍エリアに分けられる。チーム全員が自軍エリアにとどまる場合、進入側のチームは必ず一人を自軍エリアに残さなければならない。

 対戦可能な勇者が少なくなった場合、不公平な戦闘を防止するために定められたルール。


 駆け寄ってきた主審が両手を水平に広げて、バトル中断を促した。勇者バトルは反則があった場合、初期設定のポジションに戻ってから戦闘が再開される。


 ──これならやれる。

 オフサイドルールを利用した魔法防壁マジックウォールによるライン統率。

 ナーガの魔法発動まで、残り八分。

 俺はスタジアムに設置された魔力掲示板の時計を眺めながら口元を緩めた。

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プロ勇者 @pink18

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