第6話 フィジカルテスト

 翌日、俺たち五人は三軍練習には合流せず、フィジカルテストを受けることになった。

 筋力や魔力。ありとあらゆる能力を数値化するらしい。プロ勇者の育成は長所やウィークポイントを把握し、データに基づいた合理的なトレーニングを行う。


「うげぇーー、気持ちわる……」

 一人だけ冴えない顔色の奴がいた。

 昨晩、逆の意味で主役に返り咲いたナーガだった。新手の水芸使い。

 元々、顔色の悪いナーガだったが、さらに青白い顔をして目の下にはクマが出来ていた。悪酔いで一睡も出来なかったらしい。言っておくけど、お前のせいで俺も寝不足だからなっ!


「うううっ、頭がガンガンする……」

 ひどい二日酔いのようだった。

 一杯しか飲んでいないのにもかかわらず、この有り様だ。ナーガのアルコール耐性を数値化すれば0に間違いないだろう。


「なんだお前、だらしがないなぁ!」

 対照的に張り切っているのはキヌガーだった。あれだけ飲んだにもかかわらずケロリとしている。

 魔法耐性持ちどころか、アルコール耐性も保持しているようだ。


「っうううう……」

 キヌガーに挑発されても、ナーガは言い返すことが出来ず、虚ろな目をただひたすらに彷徨さまよわせている。たった一晩でドラフト一位の威厳は地に堕ち、立場が入れ替わってしまったようだ。

 ドラフト一位。大魔導士の末裔。仰々しい肩書きのせいもあって、近寄りがたいオーラを放っていたナーガだったが、今やその影もない。


「まあまあナーガ君、今日はあまり無理しないようにねっ!」

 ホッシまでもが、ナーガを小馬鹿にしているように見える。

 そしてそれは、フィジカルテストが進行するに従って加速していった。


 二日酔いのせいもあってか、ナーガの数値はどれもが五人のなかで最下位で、ドラフト一位だとは思えない結果ばかりだった。


 筋力系の数値はキヌガーがダントツでトップ。

 瞬発力系の数値は俺がダントツだった。とは言っても他の三人は魔術士なのだから当然と言えば、当然なのだが……。それでもナーガの数値はジョジマやホッシと比べてもひどいものだった。


 ──ところが、

 ナーガが再び、脚光を浴びることになったのは魔力測定の時だった。


 ぎょっ、ぎょっ、ぎょええぇぇぇっーーーー!!

 な、なんだこの数値は!?


 フィジカルトレーナーが目ん玉をひん剥いて慌てふためいている。ナーガの魔力が示す数値は3800。一軍勇者でもトップクラスの数値だった。ナーガは即、一軍に昇格が出来る程の魔力を保有していた。


「お前ら図にのるなよ……、うっ、気持ちわるっ……」

 こめかみ辺りを押さえながら、うつむき加減のナーガが視線だけで俺たちを牽制した。


 ぎくっ!

 俺たちが見下みくだし始めていたことを見抜かれていた。濁ったような不気味な眼力に俺たちは息を飲む。


 驚異的な数値を目の当たりにした俺は、開いた口がしばらく塞がらず、ただただ立ちすくむばかりだった。そして俺たちは、さらにナーガに驚かされることになる。


 それは習得魔法がすべて高ランクのものばかりだったからだ。


 魔力値はマジックポイントMPとも呼ばれ、消費魔力に影響する。高レベルの魔法になればなる程、魔力消費量は多くなる。つまり、魔力値の高い者しか高レベルの魔法を扱うことが出来ない。

 特級魔道具、魔剣ラグナロクがいい例だろう。

 ナーガはプロ勇者の魔術士でさえ修得していない高位魔法を幾つも保有していた。


 天才魔術士。フィジカルこそ最弱レベルだが、魔術に関してナーガはその領域にある。まさに一芸に秀でた魔力特化型の勇者だった。


「……あ、あははっ、僕らは少しナーガ君をみくびり過ぎていたようだね……、ごめんごめん」

 ホッシが渇いた笑い声を搾り出して、すぐさま手のひらを返した。


「ふんっ! 魔力なら私も自信があったのだがな……」

 ジョジマが不服そうな態度で腕組みをする。たしかにジョジマの魔力値も2300。魔王時代ならば聖女と呼ばれる逸材だった。


「これはこれはナーガの旦那、失礼致しました! まさにドラフト一位に相応しい御武人ですなっ!」

 キヌガーが悪びれた様子もなくおどけてみせる。

 

「ちっ、お前たち調子のいいこと言いやがって」

 舌打ちをしたナーガが俺たちを一瞥した。

 

 すべてのテストが終了し、能力が数値化されたレポートを手渡される。

 やはり俺の能力はどれも平均的で、ナーガのように突出したものがない。強いて言えば、魔法発動速度が早い。この特技をどう活かせるかが、今後の課題だろう。


 レポートに目を通していると、三軍マネージャーが数名の先輩たちを引き連れてやってきた。


「よう! やってるね! 新人君たち!」

 マネージャーを差し置いて、ツンツン頭の先輩が声を掛けてきた。背中に背負われた、身の丈程ある大剣。デッキー・イラフさん。

 物々しい大剣に見覚えがあった。二年前の闘志宴、俺がまだ一年の時、学生勇者界を賑わせたアタッカーだ。勇者バトルでは対戦相手を戦闘不能にすることをキルと呼ぶ。その年の闘志宴最多キルホルダー。圧倒的な攻撃力で壊し屋クラッシャーの二つ名を持つ先輩だった。


「それでは今から君たち五人と三軍選抜メンバーとの練習試合を行ないます」


 えっ!?

 えっええぇぇーーーーっ!!


 マネージャーから放たれた言葉に俺たちは戸惑った。三軍と言ってもイラフさんを始め、闘志宴で活躍したスター勇者ばかりのパーティーだ。

 そんな先輩たちといきなり勇者バトルだって!?


「数値化された能力とは別に、君たちのバトルセンスを測るフィジカルテストです」

 三軍マネージャーの話では、毎年の恒例行事だそうで、とどの詰まるところ──可愛がりだ。プロ勇者の厳しさを教え込む意味合いが込められているのだろう。


 ま、まじかよ……。

 昨日、会ったばかりの五人じゃあ連携もクソもあったもんじゃない。


 俺がたじろいでいると、

「ほう、実戦テストとは粋な計らいじゃねーか」

 ジョジマが口角を釣り上げて躍り出た。

「これはこれは勝ち気なお嬢さん、手加減してやりたいとこだが、生憎あいにく俺たちもいつまでも三軍にいるつもりはないんでね、ここは本気でやらせてもらうぜ!」

 イラフさんが不敵な笑みを浮かべて、背中から抜いた大剣を勢いよく地面に突き刺した。

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