第5話 懇親会

 食堂と呼ばれる施設。

 ──想像とは少し勝手が違っていた。

 テーブル席にカウンター席。棚にはお酒のボトルがびっしりと並び、食堂というよりも酒場だ。


 魔王が討伐されてからまだ100年にも満たない。

 当時のギルドの名残りというか、悪しき伝統というべきか……。遥か昔からギルドに所属する武人は呑む、打つ、買うが美徳とされていた。いつ死ぬかも分からない命。今を楽しまなきゃ損。それが魔王時代から受け継がれる武人たちの流儀だった。

 魔物が消滅し、医療魔術が発達した近代、そうそうに命を落とす武人は少ない。それでも自分たちに都合の良い風習だけは脈々と受け継がれていた。


「おっ!? やってきたな新人たちよ!!」

 俺たちが顔を出すや否や、すでに出来上がっている三軍勇者たちが赤ら顔ではやし立てた。


 ひゅー、ひゅー、ぴゅー、ぴゅー!

 よっ! 本日の主役!!

 なんか面白いことやれぇーー!!

 

 怒号にも似た歓声や指笛が飛び交い、会場がどよめいていた。異様な光景に俺たちが尻込んでいると、三軍マネージャーと呼ばれる人物から自己紹介を促された。


 用意された壇上に俺たちが上がると会場は嘘のように静まり返る。


 げっ!?

 なんだよ、この空気??

 無骨な武人のくせに、やけに行儀がいいじゃないか? 値踏みするような視線が俺たち五人に向けられる。


 まずは、ドラフト五位指名のホッシからだった。

 先陣を切ることになったホッシは浮かない顔をしながらも、そつのない挨拶を終え、最後に幻術魔法が得意だということをつけ加えた。


 すると、張り詰めていた会場がドッと沸いた。

 幻術魔法!? かっけぇーー!!

 よっ! 期待の新人っ!!

 拍手や喝采が鳴り止まず、一気に緊張がほぐれる。どうやら先輩たちは思いのほか、俺たちを温かく見守ってくれているようだ。

 こわばっていたホッシの表情も和らぎ、恥ずかしそうにペコリとおじぎをすると、次は俺の順番になった。


 再び会場が静寂に包まれる。

 俺は無難な挨拶をした後に、ホッシをまねて「三重詠唱」が得意なことを告げた。

 扱える魔法のレベルは低いが、一度に三種類の魔法を同時に発動できるのが俺の特技だった。


 ──するとどうだ。


 シーーン。

 えっ!? あれ??

 ちょっと待って? 何この空気??


 ホッシの挨拶とは打って変わって、会場はピクリとも反応しない。それどころか時間が止まってしまったかのような錯覚すら覚える。嫌な汗が吹き出した。


 これってまさか、どんずべりってヤツ?

 いや、そんなはずはない。

 三重詠唱は幻術魔法に引けを取らない程にプロ勇者の世界でも珍しいはずだ。切ったカードとしては決して弱くはない……。一秒、二秒、沈黙が流れる。いや、体感的には一時間。俺の目がひたすらに泳いだ。


 や、やっべぇー、

 なんとかこの状況を打開しないと……、

 見切り発射で何かをつむごうとした、──その時だった。

 

 どかーーんっ!!

 割れんばかりの大爆笑が起きた。

 三重詠唱だって? ぎゃははははは!

 なんだこいつおもしれぇーーーー!!

 新人いいぞぉー! 


 なんだかよく分からないが、時間差で爆笑の渦が巻き起こった。あぶねー。助かった。九死に一生を得た俺は引きつった表情を整えて、素早く頭を下げた。


 次はタンクのキヌガーだった。物怖じしない性格のようで堂々たる自己紹介を済ますと、自分が魔法耐性持ちであることをアピールした。


 おっおおーー!!

 頼もしいじゃねぇーかっ!


 感嘆の声が漏れた。物理防御に優れたタンクが魔法耐性持ちとは、これ以上にない相性の良い組み合わせだ。パーティーの前衛にもってこいの逸材。さすがはドラフト三位。俺がキヌガーのスキルに感心していると、何やら不穏な胸騒ぎに突き動かされる。視界の端に赤髪が揺らいだ。次は、赤髪の問題児──こいつの番だった。


 同期の紅一点であり、一番の心配の種。

 絶世の美女。ただしそれは見てくれの話で、

 中身はガサツな凶暴女。

 きっと、何かをやらかすに違いない。


 恐る恐る視線をジョジマに向けると、意志の強さを象徴させる赤髪をなびかせて、スッと前に踏み出していた。


 よっ! 待ってましたっ!!

 俺の心配を他所に一際大きな歓声が湧いた。プロ勇者の世界で女性の存在は珍しくはない。それでも人口比率は圧倒的に男性が多いのが現状だ。それに加えてこの美貌。酒に酔った先輩たちが浮かれるのも当然だろう。


 てめぇーら! エロい目で見てんじゃねぇー!!

 ドカン! バキンッ! ドカドカッ! バッコーン!!

 そんな光景が脳裏をよぎった。


 可憐な立ち姿に先輩たちが息を飲んで見惚れている。

 ジョジマが一呼吸つくと、ゴクリと俺の喉が鳴った。同期の不祥事に巻き込まれるのはゴメンだ。頼む。平穏に。平穏に済ませてくれ。俺は祈るようにジョジマを見守った。

 ところが、ジョジマから発せられた言葉は俺の予想とは反して、ワンオクターブもツーオクターブも高い物だった。

 

「うふっ♡ 回復術士のケンシー・ジョジマでぇすっ♡ 先輩勇者の皆さまがたっ、分からないことばかりですのでっ、色々とぉーーぉ、や、さ、し、く、教えてくださいねっ♡」


 げっ!?

 なんじゃそりゃ??

 とんだかわい子ぶりっこ!?


 しかもお辞儀をする時にしっかりと豊満な胸を強調させていた。


 むぎゅっ♡


 うおおぉぉぉーーーーっっ!!

 

 今日一番の大歓声に包まれて、ジョジマがぱちりと片目を閉じて締めくくる。


 こ、こいつ、めちゃくちゃしたたかじゃねーか! ちゃっかり女性の部分を武器にしやがって!


 俺は胸を撫で下ろすどころか、ジョジマの狡猾さに呆れるばかりだった。そして次にドラフト一位ナーガの自己紹介。


 ナーガは張りのない声で呟くように挨拶を終えると、得意だと言う一発ギャグを披露した。水属性の魔力で曲芸のようなものをやってみせた。


 ──しかし、これは、、、大失笑。

 てつく波動が会場を駆け抜けた──どんずべりだった。

 ジョジマのお色気大作戦とは雲泥の差だ。

 新人勇者のつたない水芸など誰も待ち望んではいない。幻術魔法、三重詠唱、魔力耐性、美女の巨乳。プロ勇者の世界は一芸が大事だと言われる──が、一芸の意味が違う。完全無欠の選択ミス。

 俺は自分のことのように顔が熱くなり、ゆっくりと目を伏せた。


 強制終了とばかりにパラパラとした拍手がナーガを締め出した。さすがにナーガもこたえたようで、苦虫を噛み締めたような顔つきで、すごすごと壇上を降りた。


 先程、部屋で啖呵を切られたこともあり、俺はナーガの失態に「ざまぁみろ」とほくそ笑んだ。



 その後は、先輩勇者たちと入り乱れての懇親会が始まった。当然、主役はジョジマだった。美女の周りには人集ひとだかりが出来ていて、時折りジョジマの猫撫で声が先輩たちを賑わしていた。


 学生の身分を卒業すれば飲酒が解禁される。俺やホッシは初めて飲むお酒に顔を赤らめながらも、先輩たちに付き合うことが出来た。

 なかでも目を引いたのがキヌガーで、どれだけ飲まされても平然としていた。しまいには先輩たちと飲み比べ勝負までする始末。とんだ酒豪ぶりを発揮した。


 逆にナーガは一杯飲まされただけで気分が悪くなり、終始トイレに引きこもっていた。ドラフト一位とは名ばかりで、主役の座をジョジマやキヌガーに奪われ、影の薄さを露呈するハメになった。



 部屋に戻ると、隣りのベッドでナーガが布団を頭から被り、ブツブツとした念仏のような声を上げてうなされている。


 なんだよコイツ、うるせぇーな! 

 全然、寝れねぇーじゃないかっ!


 俺の怒りが頂点に達しようとした時、ナーガがガバッと布団を剥いで立ち上がり、


「げぼぐぼばびぼでぶばっ────」

 

 口から汚物の液体を滝のように噴射させた。


 げっ!?

 違うタイプの水芸を部屋でお披露目するんじゃーねぇーっ!!


 ぷぅーんっ。

 くっさっ!!


 酸味の効いた刺激臭が俺の鼻腔を強襲する。

 最悪だ。まさか相部屋で汚物を撒き散らすとは……。そうして俺は、プロ勇者としての初めての夜を過ごすのであった。

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