第3話 プロ勇者初日

 この国には全部で12のギルドが存在する。

 俺が入団することになった『鳥葬の鷹デスホーク』は、大陸の最南端に本拠地がある。ギルドマスターは、ダハル・オー。現役勇者時代、世界のオーと名を馳せた人物だ。


 毎年優勝争いに加わる強豪ギルドでもあり、スポンサーには世界でも有数の大企業がついている。当然、資金力は全ギルドのなかで一、二を争う。


 ──資金力は一、二を争う。──だが、

 なのだが……、俺に提示された契約金は800万ドルエン、年俸は400万ドルエンだった。一位指名を受けたカーターの契約金は1億ドルエン、年俸2000万ドルエン。アサムもそれと似た数字だと聞く。これがギルドドラフト上位指名と下位指名の差だ。ついこないだまで一緒に過ごしてきた仲間たちなのにこんなにも違うのか? いきなり厳しい現実を突き付けられた。


 なんだか悲しくなってしまうが、大事なのは金額じゃない。

 プロ勇者としてスタートをきれたことこそが、今の俺にとっては重要なのだ。


 ちきしょー。そうは言っても悔しいぜ。

 カーター、アサム。いつかお前たちを超えてやる。

 今に見ておけよ!


 心のなかで意気込んでいると、

「オリバー君だよね? お久しぶりですっ!」

 聞き覚えのない声に呼び止められた。振り返ると、カールがかかった髪型をした小柄な青年が立っていた。

 クリクリとしたつぶらな瞳に、子供のようなあどけない顔つき。ローブを羽織っているところを見ると魔術士か?


 あれ? どこかで見たような……?


「覚えてないかな? 僕はノヴーユ・ホッシ。地方予選の三回戦で対戦したじゃないか?」


 あっ!?

 あっあああぁぁぁっっーーーーーー!!


 ──思い出した。

 あの幻術魔法の使い手。


 俺が四位指名された後、こいつも『鳥葬の鷹デスホーク』に五位指名されていたのだった。

 よくよく考えれば、『鳥葬の鷹デスホーク』の一位指名はカーターだった。それを抽選で外した。

 カーターが本命だったからこそ、片田舎の地方予選にもスカウトが足を運んでいたのだろう。カーターを魅惑した幻術魔法。彼がスカウトされたのにも合点がいく。


 「思い出してくれたみたいだね? これからはチームメイトとしてよろしくっ!」


 「……お、おう。こ、こちらこそよろしく」

 突然の再会に思わずドギマギしてしまった。


 そうだった。今の俺は新天地で、新しい仲間、いや、ライバルたちと戦って勝ち抜かなければならないのだった。カーターやアサムに固執している場合じゃない。


 「よう! お前さんたちよろしく頼むぜ!」

 やけに馴れ馴れしい野太い声が掛けられる。

 やって来たのは巨漢の男。顎髭あごひげを蓄えた老け顔の男性だった。サチオウ・キヌガー。俺はこいつを知っていた。

 ギルドドラフト三位指名。鉄人キヌガーの異名を持つ学生勇者ナンバーワンの盾役タンクだ。


「集まっているのは下位指名のご両人か? さすがに上位指名の勇者様たちは余裕だな!」


 入寮初日。俺は緊張のせいもあって集合時間の三十分前に到着していた。

 キヌガーの言う通り、上位指名陣はまだ姿を見せない。

 俺たち三人がたわいもない世間話をしていると、時間ギリギリになって一人の女性が姿を現した。


 純白のローブを纏った赤髪の女性。凛とした端正な顔立ち。しかもローブの上からでも分かる豊満な……、、、──絶世の美女だった。


 ドラフト二位指名。闘志宴、準優勝パーティーの回復術士。ケンシー・ジョジマ。

 その美貌に見惚れていると「ふぁああっーあ」容姿に似つかわしくない大あくびが無遠慮にかまされた。

 美女とは思えぬ大胆不敵な振る舞いに、呆気にとられた。

「なんだ? お前たち随分とはえーなっ!」

 ジョジマは男勝りな乱暴な口調で俺たちを一瞥すると大きな伸びをした。その動作に連動して揺れるたわわな……、、、

 ──たゆんと揺れる代物に視線が釘付けになる。

 ──だが、


 だがしかし──、

 女性らしさのカケラもない。

 なんてガサツな女だ。

 返せ返せ返せ。一瞬でもいだいてしまった俺の恋心を!

 

 俺が後悔の念に駆られていると、もう一発、大あくびが繰り出され「これで全員集合か、お前たちよろしくな!」ジョジマが鋭い眼光を尖らせた。


 うん?

 全員集合??

 まだ一名、ドラフト一位指名の勇者が来ていないのですが……。


 「……よろしく」

 唐突に背後から力のない声が聞こえて、一斉に振り返る。

 影の薄そうな痩身の男が立っていた。


 げっ!? だ、誰だこいつ?

 いつのまに!?

 気配をまるで感じなかった??


 漆黒のローブの奥に潜む虚ろな目。噂だけは聞いたことがある。ドラフト一位、ズシゲ・ナーガ。学生勇者としての実績はないが、大魔導士の末裔と言われる男だった。


「初対面の挨拶とかめんどくさい……」

 ナーガはボソボソと呟き背を向けると、寮の玄関へと歩き出した。どうやら協調性は皆無のようだ。


「だぁああっーー!! お前なんだその態度はっ!!」

 ジョジマがもの凄い剣幕でナーガの後を追う。

 ガニ股歩き。ふんふんと噴射される鼻息。広げた肩から水平に角張らせた両肘を突き出して怒りを露わにしている。そして、タッタッタッと小走りで間合いを詰め、──空中に翔んだ!?


「────!?」


 ドゴーンッ!!


 鮮やかな赤髪がはらりと舞って、華麗なドロップキックがナーガの背中に炸裂していた。

 

「ヘエエエエ! 挨拶代わりにとっておきな」

 得意気に鼻の下を擦っている赤髪の美女に俺たちは面食らった。


「てめぇー! 何しやがるんだっ!! 死刑、死刑、死刑っっーーーー!!」


 地面に這いつくばったナーガが即座に立ち上がり、ジョジマを捲し立てていた。


 

「…………」

「……な、なんだ、……こいつら??」

「そろそろ時間出しな、俺たちも行かないと……」

 一筋縄ではいかない上位指名陣に呆れていると、キヌガーが苦味走った顔で頭を掻く。


 ──新天地での新しい仲間たち。



 ドラフト一位。

 謎多き魔術士、ナーガ。

 ドラフト二位。

 破天荒な女性回復術士、ジョジマ。

 ドラフト三位。

 おっさん顔のタンク。キヌガー。

 ドラフト四位。

 器用貧乏な付与魔術士。俺ことオリバー。

 ドラフト五位。

 小柄な幻惑魔術士。ホッシ。



 以上が今年の『鳥葬の鷹デスホーク』のドラフト内訳だった。戦力に事欠かない『鳥葬の鷹デスホーク』は毎年、素材重視の育成型ドラフトを行なうのが特徴だ。

 全国から選りすぐられたドラフト勇者。その顔ぶれにプロ勇者としての実感が湧く。

 

 ──これから始まる寮生活。

 俺は期待に胸を膨らませ、新しい仲間たちと共に力強く歩み出していた。

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