第2話 ドラフト会議

 プロ勇者ドラフト会議。

 カーターとアサム、俺たち三人は仲間たちに見守られながら、魔力映写機が映し出すドラフト会議を食い入るように見つめていた。俺にとって運命の日。


 二人は間違いなくドラフト会議で指名されるだろう。

 一方、俺が指名される確率は半々。


 今回のドラフトの目玉は間違いなくカーターだった。

 その他にも注目されている勇者は主に剣士や魔術士のアタッカーで、ジョイントは後回しにされる。プロ勇者の世界では、アタッカーがジョイントにポジション変更することが多い。学生のうちからジョイントを本職にしている勇者は余程の逸材でないとプロでは厳しいとの見解が定説だ。



 各ギルドが希望通りの指名ができなかった場合、

 ──俺にも可能性はある。

 

 プロ志望届けを出した俺は一縷の望みに賭けていた。



 ──ドラフト会議が始まる。

 前年の下位ギルドから順に指名が入る流れだ。

 最初は『真紅の大鯰レッドクエイク』から行われ、一位指名は、予想通りカーターだった。


 仲間たちから「おっ」と声が漏れた。


 次の指名。

海鳥の軌跡ノーマップ』もカーターの名を挙げた。

 次の『疾風の隼ショピニアーナ』もカーター。

 視線の端にカーターの得意げな表情が飛び込んでくる。

 連続して呼ばれるカーターの名前に、見守る仲間たちの感嘆は、次第に聞こえなくなっていた。


 各ギルドの一位指名が終わり、重複したのはカーターが六ギルド。闘志宴を制したパーティーのエースアタッカーが三ギルド。

 他のギルドはチーム事情のウィークポイントを一本釣りで補強した指名だった。


 抽選の結果、『氷河の狂人アイスマン』がカーターの交渉権を獲得した。

 そして、アサムはかねてより打診があった『白獅子の鬣ホワイトライオン』が外れ一位で指名をした。

 二人のプロ勇者の誕生にチームメイトから歓喜の声が上がった。


「おめでとう」

 俺は二人に声をかけてから、まだ始まったばかりのドラフト会議を見据えた。


 二人が上位指名で選ばれるのは必然。問題は俺だ。

 重複したドラフト一位の抽選が終わり、外れ一位の指名が次々と行われていく。そして二位指名へと移行した。当然のことながら、俺の名前はまだ呼ばれない。


 二位以下はウェーバー方式で行われる。前年成績の下位ギルドから順番に指名し、抽選は無い。

 

 例年通りなら勇者ドラフトは三位までで終了する。

 二位指名は学生勇者ナンバーワンと評される回復術士やアーチャー、特殊なポジションの勇者たちが次々と名を連ねた


 やはり、ユーティリティプレイヤーの俺への評価は厳しいようだ。全ギルドの二位指名が終わり、いよいよ三位指名へ突入。


 もう、後がない。

 自然と拳に力が入った。

 

 しかし、三位指名が始まっても俺の名前はなかなか呼ばれなかった。

 背後で誰かのため息にも似た呼吸が聞こえる。

 俺は居たたまれなさを感じたが、ここから逃げ出すわけにもいかない。

 仲間たちの心配そうな視線を背中で受け止めて、ドラフト会議が進むのをじっと見守っていた。


 

 最後のギルドが三位指名を終え──結局、俺はどこからも指名されなかった。

 隣に座っていたカーターが「バン」と俺の肩を叩いた。置かれた分厚い手の感触に目頭が熱くなる。プロ勇者は子供の頃からの夢だった──もはや、これまでか? 小さな嘆息が鼻から抜けて視線を落としかけた、その時だった。

 まだ指名を続行するギルドがあった。

 

 俺はもう一度、視線をドラフト会議に移した。


 運営資金に余裕があるギルドは四位、五位と下位指名を続ける場合がある。単独で指名を続けたのは前年のギルドバトル覇者『鳥葬の鷹デスホーク』だった。


鳥葬の鷹デスホーク四巡目、アル・オリバー」

 ざわめく場内を切り裂くように、突然、俺の名前がアナウンスされた。


「おっ、おおおぉぉおぉっっーー!!」

 背後から仲間たちの歓声が起きるのと同時に、俺は思わず立ち上がった。

「おめでとう」横から差し出された手に、我に返る。

 握手を求めてきたのはアサムだった。俺は咄嗟にその手を握り返した。肩に腕が回され、身体がグイッと手繰り寄せられる。カーターが肩を組んでガシガシと俺を揺らしていた。

 

「やるじゃねぇーか」

 耳元に落とされたカーターの声に、涙腺が崩壊して視界が歪んだ。やった。やったぞ、俺は。

 感極まる気持ちを堪えて、必死に平静を装った。

 

 プロ勇者。

 これがゴールじゃない。ようやくスタートラインに立てただけだ。これから長い道のりになる。長くて険しい道のり。

 それは分かっている。それでも今は嬉しさに酔いしれた。

 湧き出す感情がぐちゃぐちゃになって、いつの間にか俺は泣いていた。


「なに泣いてんだ?」

 アサムがいつものように茶化した。

「泣くならプロ勇者で活躍してからにしろ! カッカッカ」

 カーターが鼻で笑う。


 うるせぇー。俺はお前たちとは違うんだ。

 努力で勝ち取ったんだ。プロ勇者という夢を──。


 今思えば、俺は地元で有名な剣士、アタッカーだった。

 それがお前たちと出会い、鼻ぱっしらをへし折られた。

 だから俺は花形ポジションであるアタッカーを捨て、ジョイントとしての道を選んだんだ。才能あふれるお前たちに何が分かる? 真っ直ぐに、自分の想いを貫けなかった俺の何が分かるというのだ? あたりまえのように一位指名される、天才たちに腹が立った。


 ただ、今はどうでもいい。

 入り乱れる感情のすべてを、プロ勇者という響きが掻き消してくれていた。

 

 仲間たちが三人を胴上げしてくれた。

 カーター、アサム、俺の順番。

 一番最後だった俺の胴上げは、カーターやアサムも加わり二人よりも高く舞い上げられた。


 掛け声に呼応して近づく澄んだ空が、ひたすらに眩しかった。

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