プロ勇者

@pink18

第1話 俺たちの夏


 全国勇者バトル地方予選。

 片田舎の地方予選三回戦にもかかわらず、小さな闘技場スタジアムのスタンドには沢山の観客が押し寄せていた。その中で光る、──スカウトたちの視線。



 彼らの目当てはこいつだった。

 我が校のエースアタッカー、ショー・カーター。全国ナンバーワンアタッカーとの呼び声も高い。ギルドドラフト1位指名確実のファイターで、複数ギルドからの競合が予想されている。間違いなく今年の目玉勇者だろう。


 ギルドが注目しているのは彼だけではない。セカンドアタッカーのエイト・アサム。彼もまたプロ勇者入りが確実視されている魔法剣士だ。噂では『白獅子の鬣ホワイトライオン』が獲得意思を表明しているらしい。


 そして、何を隠そうくいう俺も、世間ではドラフト候補と囁かれている。まあ、彼らほどの注目勇者ではないが、プロ志望の俺にとってはこの上なく有難い話であった。




 俺が所属する兵士学校は全国勇者大会、通称、闘志宴とうしえんの常連校だった。過去には優勝経験もあり、今年は彼ら二人の存在もあって特に注目されていた。



 勇者バトルは5人編成のパーティーで行われる。前衛、中衛、後衛。フォーメーションは戦術によって様々だが、うちのパーティーは、2-1-2システムと呼ばれる最もオーソドックスなスタイルを採用している。類い稀な資質を有するアタッカー二人を前衛に配置して、後衛には魔術士と回復術士が陣をとり、俺はジョイントと呼ばれる中衛を任されていた。


 ジョイントとは繋ぎ役のことで、場合に応じて攻撃にも援護にも転じる。俺のジョブは剣士だったが、フィジカルではカーターに勝てるはずもなく、剣術ではアサムに劣る。


 ただし俺は敏捷性と援護魔法に優れていた。シャドウアタッカーとして第三の刺客となり、援護魔法で二人をサポートした。


 影の立役者と言えば聞こえはいいが、要は器用貧乏、アタッカーとしての資質は彼らに到底敵わない。しかし俺の特性はこのパーティーではバランサーとして機能した。


 大型の斧を操るカーターは攻撃力こそ史上最高の逸材と讃えられたが敏捷性に欠ける。魔法剣士のアサムは詠唱時に隙ができる。それを補うのが俺の役割だった。



 プロ勇者のパーティーは学生勇者とは異なり7人で編成される。フォーメーションも多彩になり、より高度な戦略が必要となる。戦術によって求められる能力は多岐に渡る。


 俺の売りは敏捷性と援護魔法。攻撃型サポーターとしては学生勇者の中で屈指の存在だと自負している。

 カーターのように突出した能力はないが汎用性は高い。プロ勇者になるためには、そこをどう評価されるかが重要になってくる。



 幸いなことにカーターとアサムのおかげで、大勢のギルドスカウトたちが足を運んでくれる。アピール機会は充分に与えられていた。


 今日のバトルもプロ勇者になるための布石に過ぎない。小さなアピールをいかに積み重ねられるか。俺はたかぶる気持ちを誤魔化すように剣を握ると、誰よりも早く素振りを始めた。



「なんだ? 妙に気合い入ってるじゃねーか?」


 プライドが高く、常に人を見下すアサムが俺を茶化した。


「公立学校相手にムキになってんじゃねーよ!」


 それにカーターが便乗して下卑た笑みを浮かべる。二人は能力が高い。ただその反面、人間性は低い。幼い頃からチヤホヤされてきたツケだろう。王者の貫禄といえばそれまでだが、学生勇者の分際で奢るのはまだ早いと俺は訝しむ。



 たしかに今日の対戦相手は無名の公立学校だ。彼らの言い分も分からなくもない。しかし俺は素材で評価されている彼らと違って、いかに使えるか? をアピールし続けなければならない。いつでも活躍できるように準備しておく必要がある。俺はあざける彼らを無視して黙々と剣を振った。




 バトルが始まると相手パーティーは奇妙な陣形を組んでいた。弧を描いた逆扇形のフォーメーション。

 まぐれで勝ち上がってきた無名校のためにデータがない。格下パーティーとはいえ不用意に飛び込むのは危険だ。まずはアサムの魔法剣で牽制するのが妥当か? 俺の思惑通り、アサムが魔力を剣に宿した。さすがアサムだと感心したのも束の間、


「小賢しいぜ! 雑魚どもがっ!」


 カーターがアサムを待たずして先陣を切った。

 バカ! 早まるな! 俺の忠告も時すでに遅し。

 実力差を鼻にかけたカーターは単独で敵陣中央に飛び込んだ。


「俺を誰だと思ってんだ! プロ注目のナンバーワンアタッカー、カーター様だぜっ!」


 カーターが大斧を振りかざすや否や、逆扇形のかなめ部分、フォーメーションの最深部に位置する男の前に魔法陣が浮かび上がり、放たれた魔法がカーターを包み込むんだ。


 ──ギロリ。

 カーターの鋭い眼光が俺たちに向けられていた。

首を捻り、俺たちを一瞥すると踵を返して大斧をこともあろうか、アサムに叩きつけた。咄嗟に魔法剣で防いだアサムだったが、カーターの怪力によって魔法剣が粉砕され、武器を失ったアサムは退場処分となった。


 次にカーターは俺に向かって斬撃を放つ。「迅速」の加護魔法を瞬時に唱えた俺は辛うじてそれを回避した。


 勢い余ったカーターは一瞬体勢を崩したが強靭な筋力で踏み支え、駆け抜けるように後衛の二人を薙ぎ払った。

 判定負けのフラッグが挙げられる。勇者バトルは戦闘可能なメンバーが対戦相手の過半数以下になると敗戦が確定する。

 後衛二人は白目を剥いて気絶していた。


 相手がカーターに使用したのは幻術魔法だった。

 古代魔法のため習得が難しいとされる。

 魅惑の魔力。それを使いこなす魔術士が学生勇者に存在するとは……。

 俺たちは完全に油断していた。



「げっ!? なんだこの有り様は……」


 正気に戻ったカーターが懸命に状況を飲み込もうとしていた。


「……こ、これ……、全部俺がやったって言うのか?」


 釈然としないカーターに俺は静かに頷いた。

 事態を把握したカーターは、


「……やっぱ、俺って強いのな!!」


 満面の笑みを張り付かせて自画自賛に酔いしれていた。


 そこじゃねぇーだろっ!!

 お前の自信過剰が招いた敗北だろーがっ!!


「カッカッカッカッ! 俺様最強すぎる!」


 プロ勇者入り確実のカーターにとって地方予選など通過点とも思っていないようだった。


「おいっ! カーター! 俺の剣どーしてくれるんだ!? 弁償しろ、弁償っ!」


 アサムが折れた魔法剣を目の前に突き付けた。


「はっ? そんなもんプロ勇者の契約金でなんぼでも買ってやるわっ!!」



 そうして、──俺のだいじなだいじな夏は、あっけなく幕を閉じるのであった。──プロ勇者とは、子供たち憧れの職業エンターテイナーである。

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