過去編 転がる石の様な生き方 4

コレに該当する処分を、俺は前世の言葉で例える事が出来ない。


退学?除籍?解雇?懲戒免職?違う。

そうした処分は別にあって、

それぞれに応じた重さの罰則として設定されている。

ソレらはあくまで社会契約上の処分であって、

事では無い。


除名?破門?絶縁?コレも違う。

それらは組織内で掟に反した振る舞いをし、

自身の後ろ盾、属する組織への反逆者に対する制裁であって、

伴う処分も行いに対する報いであり、組織内での公的な処分とされる。

つまり何かのカタチで償う事や、

最悪死ぬ事で清算される個人の罪過となる。


では名札を割られるとはどの様な処分か?


騎士とはくらい、階級であると同時に

役職であり、心持つである事を示す。

だからこそ社会機構に縛られ、また護られてもいる。


例えば俺、ヴィルヘルム・ケレスを例に上げれば、

・ケレス子爵家当主ヨーゼフとその妻エマの第二子であり

・ケレス子爵家を擁するサヴィオ西部伯爵領領都の神殿にて洗礼を受け

・母方の祖父たるサヴィオ伯爵家当主ギデオンに名付けを受け

・同サヴィオ伯ギデオンが身元を証明して騎士教育に推薦

・西部公爵家麾下の城館にて、教育を受けた

という証明を得た騎士(現状は見習い)として、経歴が名札に記される。


定期的に求められる札代とは、学費・養教育費の請求等ではなく、

一個の騎士へいきを完成させるまでに係わり、関わってきた全ての人や制度の内で、

誰か個人、あるいは集団や組織が、

自身の責任と名誉にかけて、

その個人が騎士にふさわしくあるからこそ出す、形ある証明としての担保だ。


「この若者を騎士にする」

「この若者は騎士にふさわしいと自分が保証する」

「ソレを認めさせる為に必要な金を出す」


そういう金が札代なのだ。

だから極端なハナシ、自分で札代を出せるなら出しても良い。

俺はそうしているし、家族も(母方の祖父以外)納得している。

だからロラン先輩の札代なら俺が出しても良い。


俺、ヴィルヘルム・ケレス個人が、ロラン先輩を騎士にふさわしいと推す。

人品骨柄を認め、何か有ればその責任と不名誉を負い、

名札に証だてた札代を、その賠償にあてるという

先払いの保険、そのだ、手付金と言っても良い。

当然やらかしの規模がデカければ、

算定された損失や損害に相応しい代償を以後も負う。


繰り返すが、騎士とは兵器だ。

に対して、

損害やソレに伴う損失を補填するというのは、半端な覚悟で出来る事じゃない。


そんなに、

のが、

札代を他人が出すという事だ。


では先輩はどうか?

俺は出せる。

即答だ、即買いだ。

疑いや心配を抱く余地が無い。


子爵家の子とは言え、

継嗣でもない上に後輩である俺の名前で出す事にさわりがあるなら、

使いを出して父か祖父の名前を借りても良い。

なんなら兄上に勧めるのも全然有りだと太鼓判を押せる。


皆、断ることはしないだろう、

私的な手紙で恩義を伝えたことだってある。

責任とリスクを負うが、

反対に良き騎士の後援者であるというのは、代え難い名誉でもあるからだ。


五期まで務めた騎士見習い(先輩の場合はが決まっているので、もう従騎士と呼んでも良い)というのは、

本来それだけの信用と信頼を得る立場だ。


だがそれは、それらは全て──

のハナシだ。



「先輩、確認しますがソレは…」

「単に目の前で板っきれを割られたのではないッ!!」


騎士の館に在籍する事を示す、名を書かれた木札とは違う。

それだって粗略に扱えば公的に処分を受ける、

なんなら命をかけた決闘の理由にすらなる様なシロモノなんだが…


名札の処分とは、

自分に関わってきた全ての経歴の否定と抹消であり、未来永劫のだ。

生まれから現在に至るまでの過去の経歴だけではなく、

今後人として、騎士として得る評価や名声、功績その他全て

自らを信じた全ての人や集団、組織に対する絶対の否定である。


『名を奪われる様な者を推薦した』という不名誉を押し付けるのだ。


悪辣なのは、名札の処分を受けてもという事だ。

だが実情は前世で言う奴隷にも劣る、人としての権利は全て失う。

騎士であるという以外のすべてを奪われる。


事だ。


命令を拒否する権利も無く、

食事や睡眠、排泄すら命令を必要とするのが、

という存在だ。


これは本来戦場での裏切りや、

弑逆の様な大罪に手を染めた騎士に対して下される、死よりも重い罰なのだ。


騎士見習いが受ける事など、あって良いハズが無い。

そもそも見習いは騎士ですら無い。

そんな俺達が名札を処分されたら、


が出来上がるだけだ。


ソレをなんと呼ぶのか、俺には考えもつかない。

あまりの怒りに頭が真っ白になる。


「買い戻そうとしたのだ、全てを売り払って…」


「親の形見も、なけなしの蓄えも全て金に替えたのだ」と、

「一期分の札代は集まった。

我知らぬ己の罪を、求められる償いを教えて欲しいと訴えたのだ」

「下働きからやりなおせと言われても従うといったのだ」と。


そう、訥々と漏らす先輩の指は、折れるほどの力で自身を抱きしめている。

虚ろな目で、まるで寒さに凍える浮浪者の如き有様に、吐き気がこみ上げる。


「梨の礫だった、沙汰を待てとすら言われなかった」

「───」

「そんな、莫迦な事が」


言葉もない、マレットすら青褪めている。

いや、青褪め、震えている。


「今ならまだ死ねる、今ならまだ俺は縛られていない」


烙印を押されたら、ソレすら出来なくなる。

契約魔法による縛り、名札を破棄された騎士とは、そこまでされる存在なのだ。


「父祖に、騎士の館のともがらに、俺を支えてくださった方々に申し訳が立たん…ッ!」


先輩が、引き攣った様な笑みを浮かべる。

全く似合わない卑屈な笑みだ。


「死なせてくれ…俺を、俺が人として居られる内に出来る最後のことが…」

ッ!」


それ以上聞いていられず、俺は先輩の意識を奪った。


平時のロラン先輩ならば、多少の抵抗はしただろう。

魔力を巡らせ、俺の魔法を無力化は出来ないまでも、抗ってみせたハズだ。


だが今、先輩は死者の様に眠っている。

抵抗無く最小規模の魔力と短縮詠唱で眠りに落ちた。

抵抗するだけの意気が無かったのだ。

これほど鍛えられた騎士見習いが、ここまで打ちのめされている。


俺の、恩人が


まるで前世の様だ。

死ぬことしか出来なくなった俺達の様だ。


がさがさになった先輩の目元を、絞った手巾で拭いながら


?」


己の喉から吐きだした音は、おぞましく歪んでいた。

背後で膝を折る気配とともに、マレットが応える。


「──違います。少なくとも、の為さりようではありません」

「誓えるか?」

「誓えます」


「そうか」と言って深く、深く息を吸い、考える。


「公子様の手じゃ無いな、側近の先走りも無い。

あの人は自分の側近にそんな事は許さないし、

未だに西部公の武断路線を引き継いでる」


それに、先輩は使

先輩の主となる騎士もまた、


「はい。目をつけた有力な魔法の使い手を厚遇する事はあっても、

魔法も使えぬ優秀なだけの騎士見習いに、これだけの手間は掛けません」


先輩の扱いに舌打ちが漏れる。

それが西部中枢の標準的な考え方だ。


「申し訳有りません」

「いい、わかってる事だ。

目的は小遣い稼ぎか、切り崩しか?」

「恐らく両方かと。

冴えた策だとでも思っていそうですね。

血を流す者を軽く扱うのは、いかにもかと」


ありそうなハナシだ。


今、西部は大まかに三つに割れて暗闘の真っ最中だ。

〈中央寄り〉〈公爵派〉と、あとひとつ。

今回の件は恐らく〈中央寄り〉の連中の仕業で、

目的は西部の弱体化と切り崩し、あとは実行犯の小遣い稼ぎだろう。


連中は西部が荒れれば荒れるだけ派閥としての利益を得る。

その陰で札代で懐を潤したいのだろう。


いや、もしかしたらが欲しいのかもしれない。

そこら中を連れ回すだけで、西部の面目に泥を塗れるだろう。


他にも企みがあるかもしれないが、概ねそんなところだと思う。

こういう手口は以前もあったのだ。


今度の標的に『騎士の館』が選ばれたというだけで──

ぐらぐらと、影が揺れる気配がする。


早急に御方様にお伺いを立てます。

だから、お願いだから抑えて下さい」

「必要か?俺が片付けた方が早くて確実じゃないか?」


前も結局そうだったじゃないか。

振り返り、マレットの目を見る。


珍しく、薄青の瞳が揺れた。

マレットもわかっているのだ。


あの時は、待ってる間に村が3つ無くなった。

生きながら魔獣の餌になった人達がいた。

名誉を失い、恥辱にまみれた騎士がいた。


で、守護契約下の村々が滅び、

その責任の追求で利を得たいという〈中央寄り〉のやらかしと、

失態を認めない〈公爵派〉の馬鹿騒ぎの裏で、多くの人が命や家族を喪った。


あいつらの遊びに、付き合う必要があるか?


影がざわめき始める。

解けた影が幾何学模様を作り出し、無数の式を組み始め、

万華鏡の様に崩れてはカタチをなし、それを繰り返す。


手の中の手巾が、腰掛けた椅子が

先輩の居室が、輪郭を失い


「…お願いします。

少しでいい、時間を下さい。

この事態は、〈公爵派〉も看過できるモノでは無いハズです。

もちろん御方様にとっても、そのハズです」


「わたしにとっても、他人事では無いですから」

その言葉を聞いて、頭が冷えた。


「………わかった、信じるぞ?」


起動寸前まで組み上げた式をバラして、影を戻す。

カシャンと硬質な音をたてて、式の残滓が砕けていく。


「先輩の身柄はウチで預かる。

御方様にもそう伝えてくれ」

「烙印を押されるまでの時間稼ぎですね?」

「大事になりそうだからな、見たろ?見習い達の顔」

「……それも、必ずお伝えします」

「頼む」


言って、腰を上げる。

早急に動かないと、えらいことになるだろう。


「どちらへ?」

「同じ目にあってるだろう他の騎士見習い達に声を掛けて回る。

先輩ですらコレだぞ?自刃どころか刃傷沙汰になりかねない。

そうなったら庇えない」


マレットがうなずく。

多分、それほど猶予は無い。


「最悪、一時的にでも御方様に身柄を引き受けてもらう」

「宜しいのですか?貴方が引き受けなくて」

「…俺に騎士見習いたちを集めさせて、私兵にでもしたいのか?

今の状況でその為に動くか?」

「いいえ、重ねて言いますが、誓ってその様な事はありません」


「なら、頼む」

そう言って、先輩の居室を離れる。

足元の影がちぎれて、騎士の館中に散っていく。


幾多の目が、耳が、城館中を駆け回る。


早くも一件、上級生がヤバそうだ。

抜き身片手に血走った目で監督棟に向かっている。


「急ぎで頼むぞ、マジで」


俺だけじゃ手が足りないと泣き言を吐きながら、

走っていくのももどかしく、窓から飛び出し、叫んだ。


ッ!」


しかして俺が公子様に召喚呼び出しを受けるまで、

自暴自棄の騎士見習いたちの為に駆けずり回る日々が始まったのだった。

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