過去編 転がる石の様な生き方 3

騎士の館、ケレス候補生ならびにマレット候補生の居室にて。



親父殿が言っていた事だが、

追い詰められた人間は正常な判断が出来なくなるモノらしい。

俺もそう思う。


時間が無い、金が無い、頼れる人が居ない。

そういう時に、無いものの事で頭がいっぱいのままだと、

どんな優れた人間もロクな選択が出来ない──出来なくなる。


俺達は同じ騎士の館で学ぶともがらだ。

同じ釜の飯を食ってきた朋友ともだ。

だからまずは落ち着いて、それから話してみろ。


俺は今から茶を淹れる。

拙いながら、お前のために手ずからそうする。

お前は朋友だ、俺がもてなす。

なんだ。


それを、わかってくれ。

俺がお前をもてなす、その間に考えをまとめろ。

そして茶を飲み、一息ついたら話してくれ。


ほら、泣くな。

きっと悪いことにはならないから。

この俺、ヴィルヘルム・ケレスを信じて、、な?



………などという話をするのは、今日何度目だ?

というかここ数週間で何人目だ?


今日だけで三人…こいつで四人目だ。

マイアン・ハイト、カリウス・ダイン…

ウチと領地も近いロートナイト上級士爵家のエリウス殿は、

なんと一期上の候補生でいらっしゃる。


そして今話しを聞いているのはウルスラ・レーアン…

数少ない女性の騎士見習いで、

俺が湯を沸かす間、同室のマレットが面倒を見ている。

…というか縋りついて嗚咽している。


「マジでありえねぇ、何考えてんだ…どーすんべ、コレ…」


細かく揺れ始めたケトルを眺めながら、ため息を付いた。



少し前から、ある種のをもつ見習い達が、

程度の差はあれ、皆顔色が悪いのは気になっていた。


二人、三人と同じ様なツラをしていたので、

拾い食いか、悪い水にでもあたったか…そう思っていたら、

三人が五人、五人が十人、十人が二十人──


流石にわかる、厄介事だ。

同期だけでなく、下は半月前に入った新入りから、

上はを見据え始めた先輩達まで、死ぬ寸前の様な顔をしている。


城館で教練を受ける騎士見習い、

その約三分の一が生気を失った空気は、はっきり言って異様だった。


正直、関わらないで済む立ち回りを考えていた。

だって絶対にロクな事にならない。

俺だってここに来て色々と懲りたのだ。


懲りたのだが、

ある先輩騎士見習いが、

居室でのに遭遇した事で、関わるしか無くなった。


その日、いつもの通り火熨斗アイロンをあてた道着を届けに、

五期生の寄宿棟へと足を運んだ俺は、久々に茶でも飲みながら

先輩に例の見習い達の様子を見てくれるよう、頼むつもりでいた。


普通こういう道着の繕いは一期やソレ以下の下働きの仕事なんだが、

火熨斗(まぁ魔法なんだが)まで当てられるのは俺とマレットだけなので、

随分と長く世話になっているお礼として、今でも時々請け負っている。

パリッとした道着を着ている先輩の姿は、理想の騎士そのもので


変な話、俺の自慢だったのだ。


他からは火熨斗で金取ってるしな!先輩はデカいから、広告塔としても優秀だ。


「せんぱーい、ケレスですー」


見習いの居室に扉はない。

返事が無いのでいつもの様に薄手のカーテンをくぐると、

見慣れたハズの、なのに物寂しく、異様に真っ赤な部屋の中で、

二期先輩のロラン・ミンツが倒れていた。


「ロラン先輩!?」


居室の中では短剣を喉に突き立てて、失血と酸欠で痙攣する先輩。

ひゅう、という笛の様な音で正気に戻る。

まだ生きている。


「あぁクソッ!莫迦がッ!!マレット!!すぐ来てくれッ!!」

「なにかありましたか──、入り口を塞ぎます」

「頼む」


一緒に来ていたマレットが、ひと目見て状況を把握。

後ろを頼んで、俺の方はをする。


「アンタなんでこんなとこで死にそうになってんですか、先輩…」


そういうのはもう、うんざりなんですよ俺は。

本当にもう、お腹いっぱいなんだ。



「先輩、起きてください先輩」

「む…ケレス、か?」

「無理はしないで、血は足りてないんですから。

傷が浅かったから助かっただけです、喉を突くには勢いが足りませんでしたね」

「そう、か…」


嘘、本当はギリギリ貧血くらいまではけど、

普通に背骨まで届く致命傷でした。

何より血が出すぎ、ビックリしたわ。


けどソレは言わない。

一応使えると知られている【小治癒】で治ったと誤魔化しておかないと、大変なことになるからだ。


「室内の洗浄、終わりました。

【アルカリクリーン】…洗濯用かと思っていましたが、

便利な魔法ですね、本来の用途はでしたか?」

「違うわッ!訓練中の怪我や、小遣い稼ぎの狩猟や精肉で血まみれになるから、その汚れを落とす魔法ですー!」

「生活に密着し過ぎでは?」


俗過ぎる魔法の詳細にスンッとなったマレットはさておき、

寝台の先輩に向き直る。


「先輩、何があったか話してくれませんか?

力になれるかもしれません」

「……すまん」

「いやまぁ、話してくれなくても察しはつくんですけどね…」


見りゃわかるよ、何だこの部屋


「何もないじゃないですか。

実家から送ってきたって親父さんの剣も、

卒業する時譲ってくれるって言ってた上級教練の書き付けも…

金、無いんですか?

いえ、?」

「俺は──、おれ、は…ッ」


ここしばらく、顔色が悪い見習い達の共通点は

事…というのは薄々気付いていた。

で、時期を考えれば十中八九

『騎士の館』に支払う札料が支払えないとか、そのあたりだろう。


『騎士の館』で学ぶには、推薦状の他に名札めいさつと呼ばれる在籍証明が必要だ。

これが結構高価で…と言っても後払いや、成績を加味した減免制度もちゃんとある。

館の先達が残した互助金なんかもあって、監督に相談の上そこから出してもらう事も出来る。


手続き込みでコレを賄えないという事は、

金を使い果たし、稼ぐ手も無く、仕送りも見込めない状況…

たとえばか、

援助や減免を受けられないほど成績を落としたか、なんだが…


「候補生では無いにしても、成績優秀な先輩がなんでそんな事に?」

「く…う…すまん…俺は、…ぐゥぅ……ッ!!」


悔しさと恥を噛み締めて、尚漏れる男泣き。


二十歳にも満たない子供の…

さりとて五期まで務めた騎士見習いの血を吐く様な慟哭だ。

決して軽いモンじゃない。


騎士見習いと一言で言っても、その期間は長いし、不定だ。

下働きから入って三年は行儀見習い、それを経て現役騎士の従卒となり、

その中で見込み有りと判断された者が最短でも六期六年の騎士見習いへと上がる。


都度毎に昇格の試験があり、

各期に必須の教練もあるので飛び級の様なモノも殆ど無い。


俺の様に実家がそれなりだと、

本人の仕上がり次第で従卒以上からキャリアが始まるんだが、

先輩は騎士の家、それも下級の士爵家出身からの叩き上げだ。


6つの頃には自ら家を出て、騎士の館の下働きをはじめたのだという。

不作の年の事だ、下の兄弟を抱えた親を見て、進んで口減らしに志願した。

並大抵の覚悟じゃないし、並大抵の苦労じゃなかったハズだ。


先輩は良い騎士見習いだ。

ガタイはデカいが乱暴な振る舞いはしないし、

面倒見が良いから世代を問わず慕われている。


どうしても前世の感覚に引っ張られる俺としては、

故郷で好き勝手異世界を満喫していた反動もあって、馴染めない事も多い。


母方の祖父に無理やりここに放り込まれてからというもの、

ひたすら実直さを求められる見習い過程には、

情けない話心が折れそうになった時期もある。


ストレスが溜まって人目につかない様にもした。

そんな荒れていた時期に、なにくれと面倒を見てくれたのが先輩だったのだ。

俺が候補生なんてモノに選ばれたのは、先輩のおかげだ。


だから俺は、ずっと道着の繕いを請け負っている。


頭だって悪くないし、悪所に出入りしておかしな事に散財とかもしないハズなんだが…

なんでこうなってる?


不思議には思ったが、とは言え正直その様子を見て安堵する。


あぁ、良かった。

これなら俺がなんとか出来る問題だ。

しかも結構簡単だ。


先輩を説得して必要な額を受け取らせるだけで解決だ。

幸い

あるもので補填できるなら全然楽な方だ。


『教会を介さない金銭の譲渡』になるので、

ある程度カタチをとり繕わないと十悪に抵触するけど、言い訳なんか幾らでも出来る。

そういうのは得意分野だ。


だからまずは先輩をなだめて、

思い余って過激な事をしない様に落ち着かせて──


「俺は、のだとッ!!!」

「──なんですって?」


ちょっとハナシ変わってくるぞ、コレ。

大分重めの厄介事だ。

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