過去編 転がる石の様な生き方 2
騎士の館、蒼い炎に包まれる公爵家公子執務室
●
ほら、やっぱり出来るんじゃないですか。
瞬き一つの間に、
わたしを灰にするのには、些か過剰な視界を埋める程の蒼い炎が、
さっきまで簀巻きで転がっていた男の足に、
「「へたくそ」」
瞬きより早く蹴り潰され、
そのまま靴底でねじ伏せられて、火の粉になって散っていく。
「───は?」
「は?じゃないですが、
図星を突かれて即処断など、会話が通じないにも程があります」
成功していたら僅かに加点…
いえ、万が一にも
ある意味合格だったでしょうに、コレでは大幅減点ですね。
「お前が煽るからだ、マレット」
「御冗談を」
どう考えても貴方の方が悪質です。
それにしても近侍や側近、護衛の動きが悪い。
主の魔法を信じ過ぎ──というより恐れ過ぎて、
自分達が剣を執り、盾になるという発想が根本から無いのは論外ですね。
本当に殺したくなる。
もっともそれは、呆けている主の責任が大きいのでしょうが。
当然、減点。
「鎖せ」
「させんッ!」
流石に公子は魔力に物を言わせて抵抗してみせましたが、
さっきまで
生き物の様に蠢き、抵抗すら許さず側近達を締め上げて、
なけなしの魔力を吸い上げ、昏倒させる、毛布で出来た蛇の群れ。
意識を奪われた側近たちは、簀巻きになってずるずると壁際に運ばれていく。
指示式すらも必要としない、予め念じておいただけの行動。
ここまで含めて単工程の簡易付呪魔法…固有名すら無い。
乞うて教わった魔法ですが、
…やっぱりコレ、便利すぎませんか?
曲がりなりにも訓練を受けた公子に侍る者達が、
護衛も含めてまったく対応できない速度で自動捕縛を行う、即興の使い魔作成。
詠唱も短く消費も僅か、触媒の封呪帯もありあわせで済むのは理不尽過ぎる。
本当に護身のための魔法なんですか?
普通に家伝魔法に匹敵しますよ、コレ。
というか、どう考えても
「魔法使い!?」
「御名答。
ですが気付くのが遅かったですね、減点です」
魔力を巡らせ、ベルトの短剣を抜き放つ公子。
定石通りの
「鎖せ」
「くあっ!?」
こちらが本命。
短剣に意識と魔力を回し過ぎた事による魔力抵抗の遅れ、
そこにつけ込ませてもらう。
簡易ではなく、予め幾重にも付呪を仕込んであった
その強度、効率はありあわせの毛布の比ではなく、
もんどり打って公子が倒れ──
「失礼」
「あっ」
彼がすかさず公子の短剣を蹴り飛ばす。
わたしと公子
否、公女エルネスタの間に彼が立ち、
炎による逆転を封じて、
詰みの盤面が出来上がった。
こんなにも、容易く。
「ぐぅっ!?」
「虚報に踊らされ、事態の把握も出来ず」
後追いでわたしが出したモノも含めた虚偽の告発に見事に引っかかり、
はからずも彼が与えた時間も無駄にして、
自分で退路を断ってこの無様では…これも減点。
「配下を動かすでも、自分が動くでもなく、強権を振るって安易な解決に飛びつき」
口止めを徹底し、『城館』の監督騎士を唆して遠征訓練まででっちあげて利用し、
あの手この手で逃げ回る
上回れずとも他に幾らでも打てる手はありました、減点。
「眼の前の馬鹿げた偽装にも気付かず」
簀巻きは彼が言い出した偽装。
わたしも正気を疑ったので、馬鹿なのは本当。
とはいえ側近が検めれば即座にわかったでしょうに。
迂闊で粗忽、慢心が酷すぎる…減点。
「場に飲まれ、流れを握られ、
挑発されたら激昂して力押し…?」
ここは本当に彼が悪質過ぎですが、それにしたってあらゆる意味で
いくさに免疫が無さすぎます。
減点。
「あげく、お粗末な手際で自慢の家伝魔法を打ち消され、
呆けて棒立ち、側近すらも役立たず」
「貴様ッ!」
無理矢理に魔力を巡らせ、身体を起こそうと藻掻く
他の何より腹に据えかねたのか、
藻掻いて暴れ、入念に付呪を重ねた縄が軋み、ぶちぶちと千切れる。
公爵家が家伝魔法を破られるなど、何があっても許されない。
継承が不完全なのだから、
誰より何より己が使用を戒めるべき自覚を持つべきでしょうに──
なにを怒ってるのか、
この状況全てが
お前などが産まれるからわたしは、父様も、兄様まで──
致命的な減点、本当に頭が痛い。
「コレが西部の次期公爵とは…西部も終わりですね」
「───死、ネ」
馬鹿の一つ覚え、蒼い炎の前面投射。
もう減点する点も残っていな──
「そこまでッ!そこまでったらそこまでッ!!」
うわ、鶏の様に腕をバタバタ振り回すだけで、炎が吹き消される。
御方様でも絶句しそうな光景に、
お腹を抱えて笑ってしまい、目尻に涙が浮かぶ。
非現実的過ぎるのだ、あまりにも。
「──莫迦な」
「自業自得です」
一度消されているでしょうに、
対処もなく縋ればそうもなります。
炎を従えるでも、炎となるのでもなく、
炎に縋るゼーリンゲンなど、無様すぎて生きている価値がない。
不完全とはいえ、
公国はおろか、大陸中に恐れられるゼーリンゲンの炎があっけなくかき消され、
何も焼かず、焦がさず、熱すら持たない火の粉に変わって、消えた。
ゾクゾクと、総身が震える。
本当に、なんて有り得ない光景。
なんてわたしにとって都合が良い、
夢にまで見たわたしの英雄。
ヴィルヘルム・ケレス──
認めましょう、わたしはコレを見たかった。
だから自分の立場を利用して立ち回り、
彼の怒りを買わない範囲で状況を操作して、公女を嵌める様な真似をした。
「あはっ」
どうでもいい。
くだらない務めも、乗っ取られた家も、西部だって全部どうでもいい。
なんて痛快なんだろう。
頭が痺れて、湧き上がる喜悦にわたしの悪夢が塗りつぶされて、消えていく。
彼さえいれば、わたしは二度と
「マレット候補生共々、些か戯れが過ぎました。
平に御許し願えればと存じます。
エルンスト公子」
「「──は?」」
え?
これは、なに?
喜悦に痺れたあたまでは、理解が出来ない。
天を焼いて竜を落とし、山すら灰にするゼーリンゲンの蒼い炎を、
蝋燭の様にかき消し、全てを思い通りに出来るハズの圧倒的な強者が、
この場の誰より優位にあるヴィルヘルム・ケレスが、
わたしを護る様に前に出て
謝罪し、
頭を垂れて膝を折り、
「は?じゃないが。
お前も頭下げとけよマレット」
おまえ(ら)、ちょっとやり過ぎだ──だなんて、
わけがわからない。
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