過去編 転がる石の様な生き方 1

公国歴613



「城館内で金貸しをしている者がおり、

あまつさえ貸した弱みにつけこんで婦女子を連れ込み、侍らせていると聞いた」


そんな冗談の様な密告が相次いで届き、

その対処──処断の結果を何日も何度も催促される事にも、

そんな冗談の様な事件の対処に、

本格的に対処し始めてから一月もかかっているという事実にも。


私、西部公爵公子たる

・レガ・ゼーリンゲンは、心底うんざりしていた。


「思えば随分と手を焼かされた」

「仰るとおりです、公子さま」


すり寄ってくる側近共の声が、募る煩わしさをいや増していく。


「(そう思うならお前たちが対処すれば、私がこんな不愉快な思いもせずに済んだろうにな)」


内心で毒づくが、口には出さない。

面倒なのだ。


コイツらではなく、コイツらの親が。

コイツらは普段の雑務であれば、任せた仕事はこなすのだから、

コレでもマシな方なのだ。

特別求めてはいないが、忠誠心も過剰なほどに持っている。


ただ、独自の裁量を任せることが出来ない駒なだけ。

そういう駒はいつも足りない。


裁量など持たせた途端、

私のためにと言いながら何をするか、

逆に何をしなくなるか、わかったものではない。


もし、私の権限を僅かでも預けられる駒があれば──


そんな駒があれば便利だろう、

その分危険で、高価で高くつき、やはり何より数が足りない。

西部の主たるお父様…父上すら、常々そう言っていたくらいだ。


だからこそ、『城館ここ』に毒虫がいるのは絶対に許容出来ない。

父上がここを任せてくれたのは…


「(私に対し、

来る日までにと望まれているからだ)」


そこで金貸し?女を脅して侍らせている?


「(どちらも十悪に含まれているだろうがッ!)」


あまりの怒りに、即座にを燃やしそうになる。


「当家に仕え、西部を守護する騎士たちには、

言わずもがな高い徳が求められる。

忠誠・礼節・民の守護──(貴婦人への奉仕も、だったな)」


現実とのあまりの落差に頭痛がする。

今の西部にそんな騎士がどれほど居るものか。


そんな現実を「お前のせいだ」と詰られている様で、更に苛つく。


とはいえ、不愉快な些事と切って棄てるにはあまりにも外聞が悪い。

騎士を教え、育てるための『城館騎士の館』が整備されたのは曾祖父の代のこと。

その後も先代たるお祖父様、その子である父上も、

皆この城館を差配して、己の治世の第一歩としてきた。

継嗣だけが任せられる、由緒ある場所なのだ、この館は。


その差配を私が任せられた途端、一年も経たずにこの風紀の乱れだ。

引き締めと見せしめは必須で、急務だ。

ナメられているのは私なのだから。


だというのに、のらりくらりと逃げ回られ、

命じて集めさせた情報はてんでバラバラ。


結果、そう頻繁に振るうべきでない

直接の召喚呼び出しをする羽目になった。


こうなった以上、我が名にかけて何らかの公的な結果を出さなければ、

面子が立たない。

曖昧にすませる事が出来ない状況に、私は追い込まれていた。


今この瞬間も私は見られている。

城館騎士の館』での差配全てが、私をはかる試金石でもあるのだ。


「そなたにも騎士たるを期待したいところだが…

さて、まずは会えて嬉しく思う。

そなたについては色々と聞いているのだ、当然聞きたいことも多くある。

?」


意を込め、圧する。

魔力をおこせば燃やしてしまうが、それでも最大限そうする。

これだけでも常人ならば意識を失う私の声を


「どうも誤解があるようです、エルンスト公子」


さらりと受け流し、足元のソレが声を発した時、

瞬間的に焼かなかったのは奇跡に等しい。


「ほぅ、そうなのか?

それにしても随分と奇抜な装いであるな、

候補生」


「はっ、無私と無抵抗をあらわす装いです」などと、

その候補生は不敵に微笑んで見せた…床でだ。


「『簀巻きすまき』と言います」

「すまき」


その男は全身に何重にも毛布を巻き付けられ、

さらにその上から、身動きもできぬ程きつく荒縄で縛り上げられて、

床に転がされた姿でそう言った。


大したものだと、逆に感心した。


城館を任せられてからも、ソレ以前も

私から事実上の最後通牒たる召喚呼び出しを受けて、

この様に不遜不敵な態度を取ったものなど一人としていない。

みな、燃え狂う蒼い炎を恐れてひたすらに許しを請うばかりであった。


だというのにこの勇者ときたら、

私を、ゼーリンゲンの炎を恐れては居ないらしい。


これまで散々私から逃げ回った手際と言い、

呼び出されてからの土壇場の肝の太さといい、

空前絶後の大物かもしれない。


ぶち殺すぞ


「お呼び出しから逃げようとしましたので、この様に」

「ま、マレットてめぇ!」


もう一人、マレット候補生も中々凄まじい。

公国に現在五人しかいない公爵家公子の執務室を訪うに際して、


求められる作法を完璧に保ちながら

この勇者莫迦を捕え、運んできて,


足元に「えいやっ」と転がした候補生の事を、

正直私はどう扱うか、判断を保留していた。


考えてみれば、目の前には候補生が二人いるのだ。

この者達を選別する事が、この城館の役割と言っても良いのだ…本来は。


「(そもそも候補生は一期に三人しか居ない)」


足元の勇者莫迦を含めてわずか三人。

数多い騎士見習いの中で最も優秀な者が選ばれるのが候補生のハズなのに、


三人中二人が眼の前のコレなのだ。


残りの一人は西部にいくつかある侯爵家の第三子で、

はっきり言って縁故で候補生をやっている。

私とが、

顔を思い出そうとしても輪郭がぼやけるほどに印象が薄い。


初対面のこいつらが濃すぎるのだ。

思わず大きくため息を吐く、公子としては褒められた態度では無いが…


「マレット候補生はこう言っているが?」

「…マレット候補生に『簀巻き』を教えたのは私です」


なんだそれは、どういう釈明だ?

そもそもお前が教えたからなんだというのだ。

というかどういう状況で教えるのだ、こんなの。


「そうなのか?」

「はい、負けがこんで逃げ出そう飛ぼうとする博徒や債務者を

このようにして捕らえ、尋問するのだと実地で教わりました」


いっそ笑えてきた、ここまでの莫迦を私は見たことがない。


「無私と無抵抗、なるほど。

今のそなたに何よりふさわしい装いというわけだ」

「…恐れ入ります」


育ちだけは良い側近共は、笑気に身を震わせる私に顔面蒼白だ。

口をパクパクとさせて、物も言えない有様になっている。


込み上げた笑いで少し気分が上向いてきたが、さて。


「(このまま焼いても問題ないが…)」


はたしてをそうして良いものか?


「(いや、コイツは次男だし)」


そもそもケレスに生まれて、

城館に出されている時点で居ても居なくても良い人間の筈だ。


気を取り直して八割がた処断に傾き始めた内心で思案する。

思案にケレス子爵に送る手紙死亡届けの文面も含めはじめたころ、

立っている方の候補生が口を開いた。


「よろしいでしょうか?」

「なんだ?マレット候補生」


女の候補生というだけで珍しいが、

こいつも私を恐れている様子が無い。

先程からの軽口もそうだが、随分と態度が大きい。


そう、私の目を見て口を開くのだ、まっすぐに。


「随分と舐められていますね。

騙されていますよ、


たっぷりと毒を込めて、不出来な者を嗜める様に。


「…なんだと?」


執務室に、遂に制御に失敗した蒼い火が走った。

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