第3話 西央都へ


最初は好奇心だったんだ。

せっかく剣と魔法の異世界に転生したんだから、

当然一通りの事は俺もやった。

ステータスやインベントリを呼び出そうとしたり、

領内の教会で俺を転生させた神様に会おうとした。

レベルやスキルやジョブについて尋ねたら、

親父殿は「そんなものがあったら素敵だねぇ」と笑った。


だから、魔法について尋ねた時、

親父殿が腰を抜かしながら必死に諌めてくれたのが、

本当に嬉しかったのを覚えている。


魔法の存在を確信したからだけじゃない。

あんまり必死に諌めてくれるモンだから、

危ないことに興味を持った息子に、

肉親の情を隠しもしないモンだから、

つい、嬉しくなってしまったのだ。


後日魔法で水汲みしてるの見た時なんか、俺の名前を叫びながら卒倒してたし。



ハゲ皇帝ウ◯コ垂れ流し停戦調印から三日後


「というわけで、俺としては魔法を教えて欲しいという提案に反対である」

「なんでです!いっつも言ってる意味わかんないし!!」


うるせぇ、俺がわかってるから良いんだよ。

頭に手をのせてうりうりしてやるぞテメェコラ。


「うりうりうりうり」

「やめてくださいよ!やめろォ!!」


ハハハ、悔しかろう!

ハハハハハ…はぁ。


このやり取りも何度目かねぇ…


陣幕から少し離れたところに、大きく拓けた平地がある。

草が刈られ、石が取り除かれ、人が踏みならした簡単な広場に柵が設えられ、矢避けの護符が吊るされて、生活や軍務の為の空間とは切り離されている。


今はいくらか資材が積まれて半ば埋まってるけど、

もともとここは騎士や兵士たちが訓練したり、

程よく休憩する為に用意されている、運動場みたいなスペースになっている。


以前は日が昇る頃に俺を待って、

最近は普通にそのくらいの時間に起き出す俺に付き合って、

ここでコイツに早朝の鍛錬をつけるのは、もう随分となれた俺の日課なのだ。


内容は体操、段階的なジョグ~ランニングを経て、

サーキットトレーニングの後、型稽古からの打ち込みや組み手。

その後再度ジョグ~ランニング後、整理体操というルーティン。

…時々抜き打ちで荒行もやる(今日は無し)。


というワケで今はクールダウン中。

呼吸を乱さない程度に雑談もするこの時間、

結構な割合で話題はコレになる。


「真面目な話、普通に死んじゃうから」

「わかっています、でもボクだって騎士の子だ!」


覚悟は出来ていると、勇ましく宣言してるんだが、

鍛錬後で若干ぷるぷるしているので微笑ましさしか感じない。

まぁとにかく、駄目で御座る。


「だったら俺にその態度はマズいよなぁ?」

「ぐっ…」


俺、暫定子爵様である。

ついでに君の主人で剣術の師匠で勉学と礼儀作法の先生。

公爵様がなんかやってるから、

ちょっと身分に関しては嫌な予感するけど、

まぁ暫定子爵でも、一応そこはかとなく偉いのである。


「魔法を教えてください!」

「はいだめーーーー!!うりうりうりうり」

「なんでだァーーッ!!」


なんでやろうなァ?

理由は色々あるけど、

一番は多分、君のお母ちゃんが死ぬほどおっかないからだと思うんだよなぁ。


憤慨しながら髪を整えるのを見ながら、

柵に吊るしてあった水筒を取り、喉を潤す。

運動後の水分補給は大事だ。


「カール、何度も言ってるけどちゃんと聞け」

「…はい」

「うん、いい子だな」


このべらぼうに顔の良いガキもとい、金髪碧眼の美少年はカールレオンという。

ワケあって姓は名乗らせていない。

色々あるのである。


とにかく、世話になった騎士の遺児で、

2年前から俺が預かっている従騎士見習いで、現在10歳。

当時はこんな風に頭を触らせてくれなかったのだ、懐かしい。


戦場に10歳(当時8歳)のガキンチョが居るのは、正直たいへん宜しくないんだが、

事情が特殊で目が離せず、西央都城館での従卒期間を繰り上げて手元においている。


となると俺に教育する義務が発生するワケだ。

ほんとに色々あるのである。


西部動乱(という事になった)で

本来なら母親のもとで暮らすべきなんだが、

母親の身分がちょっーと高めで特殊なため、

というんで、仕方なかったのだ。


「俺はお前をまっとうな騎士に育てると請け負った。

義務を背負った。

いろいろあったけど、自分でそうしたんだ。

そこに嘘やごまかしは一切ないよ、家族に誓ったって良い」

「…うん、はい」


不貞腐れては…いないな、でも不満はあると。

カールの水筒を投げ渡す。


「飲んでよし。

そんでえーっと、礼節…は、うん。

俺以外にはキッチリしてる。

同じ歳の頃の俺が野山のサルに思えるくらい立派だ」

「…」


実際頑張ってるんだよなぁ、正直弟みたいで可愛くて仕方がない。

だからここでも兵卒から騎士まで、身分を問わず可愛がられてるんだが

(まぁ時々目が危ないやつがいるけど、公爵様と俺が怖くておかしな手出しはされてない)。


あと沈黙偉いぞー、ソレもちゃんと教えたとおりにしているな。

この世界の騎士や貴族、迂闊に余計なことを言って揉めがちなので、


「答えづらい時、余計な事を言いそうな時は沈黙を選べ」と教えている。


これ、すごく、大事。


カールがゆっくり水を呑むのを待って続ける。


「武勇だって中々だ。

城で従卒やってる同年代より間違いなく上、比較したら可哀想なくらいだ」

「はい」


自信も自負もあるんだろう。

実際大人の兵卒や、魔法の使えない騎士になら勝ち越してる。

のだ、教えている俺から見ても。


「勉学もサボってない。っていうか大変優秀」

「教え方が良いんです」

「よせやい」

「嘘はいってません。城の監督騎士の教練よりずっとわかりやすいです」


それは俺じゃなくて、前世の学校教育カリキュラムがよく出来てるのと、

この国の水準が微妙だからなんだがネ。


いいとこ育ちのマレット副官が、

四則演算と珠算の授業を見て真顔になってたし、


「数学者にでも育てる気ですか?」


とか言ってて、公爵様も呆れてたけど。


「お前はよくやってる。それでもまだ早いんだよ」

「でもケレス卿は5歳の時には使ってたんでしょう?」

「俺はホラ、だから」


ひらひらと揺らす腕、掌は、踏み固められた鍛錬場に

足元にも、背にも、身に着けているものを除いて


最初は目を剥いて驚いていたけど、今は憧れや羨望を向けてくる様になった。

そんな立派なモンじゃ無いんだけどなぁ…


「いつも言ってるけど、お前が目指すのはあっち」


影のない手で指差す方に、カールの目線が動く。

小走りで迷いなく近づいてくるあたり、なんか用事があるんだろう。


「指を指すな」

「西部公!」


朝から走っていた公爵様が帰って来たので、持っていた水筒を投げ渡す。

膝を折ろうとするカールを「よい」と制して、公爵様が水筒を煽った。

「毒見もせずにお飲みになるなど!」なんて、また側近共が喚きそうだけど、

連中ははるか丘の向こう、問題はない。

(お前ら公爵様の朝ランニングに追いつけない体力・魔力とか、恥ずかしくないの?)

どっちも鍛えりゃまだまだ伸びるのに。


「すまんな」

「どうも、コッチも終わったトコなんで」

「そうか」


こういうやり取りも珍しくない。

停戦調印が終わっても、俺達だけでなく公爵様の日常も戦時と変わっていない。


本来は西部中央で上げ膳据え膳の城ぐらし、

悠々自適の君主ライフをしてるべき人なんだがなぁ…


いっつも早朝から鍛錬しているから、よく俺の帰りとかち合うし、

そこからカールの鍛錬に合流する事も多かったりする。

マレットがいると空気がのは勘弁して欲しい。


「ところで、いつものか?」

「いつものです」

「…」

「お願いできます?」

「うむ」


という事で、即座に

前世で言うデコピンだ、


のだ、ホント才能あるよな、コイツカール


「ガァァっ!!?」

「倒れるなッ!

よし、良いぞカールレオン」

「ぐ、ァッ…!あ゛り゛が゛と゛う゛こ゛さ゛いますッ!光゛栄゛て゛す゛ッ!!」


額と目から血を撒き散らし、悶絶しながらも、カールは倒れない。

これだけの


若干10歳の従騎士見習いが、だ。

掛け値なしに瞠目に値する。


「毎度毎度、もうちょっと加減してあげてくれません?」

「無理を言うな。なにより手を抜いては意味が無い」


しゅぅしゅぅと、煙を上げてカールの額が癒えていく。

灼きつけられた蒼白く輝く刻印は、額から口元まで広がり

最初と比べれば随分と大きくなって、術陣も増えた。


西といったところ。


もう一度言う、


よくぞと、

よくぞと。


公国中央あたりじゃ信じてもらえないだろう。


「カールレオン。

何度も言うが、私もそなたがケレス卿の魔法を学ぶことは推奨しない。

そなたが学ぶのは当家の魔法だ。

母君もそう信じているからこそ、愛しいそなたを手放したのだ」


うん。


でなきゃ西央都の半分は蒼い火の渦の中で燃え落ちていただろうし、

今後もそうならない保証はない。

俺は確実にあの人に生命を狙われる、死なないけど恐いものは恐い。


「ですが、ボクの主人はケレス卿です…」

「コレは私のモノだ。

だからコレの魔法も私のモノだ」

「ちょっ」

「えっ」


何言ってんですこの人。

ほら、カールもびっくりしてるじゃない。


「何より、そなたが喪われるのは看過できぬ」

「…やはり駄目ですか、ボクでは」

「確実に死ぬ。今の私でも十中八九死ぬだろう」


これまで諌めつつも断言はしなかった事を、公爵様は初めて言い切った。

「望みはない、諦めろ」と。


「痕跡も残るまい、にすらなりかねぬ」と、

苛立たしげに水筒を投げ返してくる。

ちょっと、見習いの前でモノにあたるのはどうなんですか公爵様。


「了見せよ、カールレオン」

「…」


理解はしたのだろうが、カールは結局沈黙を選んだ。

公爵様はカールを見て、次に俺を見て、


深くため息をつき、話を切り替えた。


「近く西央都に戻る。

同道せよ、母君にもお会い出来よう。

そなたの説得は母君にしていただく」

「!」


そういう事になったらしい、まぁ停戦も成ったんだから

いつまでもトップが陣幕暮らしってワケにもいかんわな。


「だってさ、元気でやれよっカール!」

「お前も来るのだ莫迦がッ!!」

「あいたァッ!!」


公爵様の鉄拳によって地面に埋まりつつ、

そういう事になってしまったのだった、2年ぶりの西央都である。


ちなみに西央都への凱旋のハナシを帰ってマレット副官にしたら、


「そうですか、頑張ってください。私はここに残ります」


と、いい笑顔で敬礼してきやがった。


お前も来るんだよ莫迦。

絶対に逃さんからなッッッ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る