第2話 この世界の事


俺が転生したこの世界には、どうも名前らしい名前が無かった。

星の概念っぽい物はあっても、ソレは天に描かれた神々の領域のハナシであって

世界そのものを指す公式の呼称や、住んでいる惑星を指す言葉が俺の知る限り多分無い。


聖典にも目を通したけど、

奇妙なくらいだけで、創世に関する記述は無かった。

神々に名はなく、みだりに名付けたり、呼ぶ事は忌避されている。

とはいっても罰則はなく、禁忌でもない。


たんにそう──、なのだ。


曰く縁起でもない、

といった類の、

まるで前世の怪談の様な忌避がそこにある。


まず神々は複数いて、でもその総数はわからない。

ただ偉大で、なんでも出来て、出来ないことは無いけど何もしない。

神々がこの世界に直接何かをする事は無いのだ。


だからもろもろの自然現象も、農耕や戦争の様な営みも、

特別になにかそういうものを司っている神とかはいないのだという。


ただなのだ、ここは。


既にあるもの、おきることは、

全部まとめて神々の合作たる世界の上で、またたく間の事。

今世界で起きる事はだけなのだという。

俺が転生したこの世界には、都合のいい普遍的な神話フレーバーテキストが無かったのだ。


少なくとも、まともなトコロには。




俺と西部公爵の停戦合意から半月後。


「転生者の仕業っぽいんだよなぁ」

「なにか言いました?」

「いや、なんも」


帝国の新帝、といっても即位から五年くらい経ってるので

もう立派なミラール皇帝であるアドナキウス2世を

公国西部、の異例の停戦調印は──

大方の予想に反して、まぁ割と恙無く執り行われた。


開戦時は新教のシンボルを掲げ、

帝国民に雄々しく開戦を宣言したのだという皇帝は

調印の場に屈辱と怒りで震えながら訪れ、

調印時には俺への恐怖で体液と汚物を垂れ流し、

調印後には絶望と心労で、立って歩く事も出来なくなり──


天幕の外で待機していた、

余計なことを言わなかったので

馬車まで引きずられて帰っていくという結末を迎えて、終わった。


そうそう、あの皇帝。

直接見るのははじめてだったんだけど、即位時の肖像画から僅か数年でハゲ散らかしてて爆笑してしまった

(ら、公爵様に思いっきりブン殴られて、ちょっと埋まったりなどあったが)。


そんな心温まる一幕などもあって、

停戦調印の為に設えられた天幕周りは、なんだかんだ


そのせいもあって、ひとまず諸々の後片付けを仰せつかった俺達は、

適度に無駄口など叩きつつ、粛々と仕事を片付けていた。


「いやホラ、自分達は神々に選ばれた神聖で特別な人間の末裔で~ってヤツ」

「あぁ、ミラールの気色悪い戯言ですか」


これである。

ミラールで大流行のこの新説、まともな人間には兎に角ウケがわるい。

人間が普遍的にどハマりしがちな権威っぽいソレを詰め込んだ、前世でよく見たカルトっぽいソレは、

活版印刷も無いのに一部の人間に爆発的に広まり、案の定どハマりする奴が続出。

あっという間に他国は神の法に反する悪魔の輩…という事になった、らしい。


「思いっきり十悪の一でしたね」

「汝、神を騙るな。汝の為すこと、ことに悪徳は汝のものである」

「3つの子供でも習うでしょうに」

「なー」


マレット副官はコレで結構いいとこの出なのだが、

まぁそこらで平民の兵を捕まえて尋ねても、半分くらいは一言一句違えないでそらんじるだろう。

三禁十悪最低限の常識は最貧民でも知っているハズなんだが、

あの辺も、どう考えても転生者の仕業っぽいんだよなぁ…


「帝国でも正式に禁教にするらしいので、もう見ないで済むと良いんですが」

「どうかなぁ、ウチの国にも居るんじゃない?」


「南部とか」とは言わなかった。

公爵様いわくキナ臭いらしいけど、

帝国と西部の事で予防接種的に警戒が高まっており、なんとか水際で対策中らしい。

頑張って欲しいもんだ、知らんけど。


だべりつつ、粛々と作業は進む。

陣幕と補給路は残したまま、中央から職人を入れる予定で、

ちょうどいい丘陵もあるので、ここにも砦が作られるらしい。

また一つ、思い出の景色が変わっていくわけだ。


この三年間、西部の戦において、公国も帝国も

お互いまともな築城は避けていたので、

西部各領の監視と国土防衛のための砦が築かれる事が停戦──

実質的な帝国の降伏による終戦と、

当分の間の平和、公国西部の復権を証明する楔となるのだという。


「砦ねぇ」

「貴方以外の普通の人や軍隊、異名持ちには十分効果がありますので」

「前のを補修するんじゃ駄目なの?」

「基礎くらいしか使えませんよ」


「石材も殆ど駄目でしょうし」と毒づいて、石を蹴飛ばすマレット副官


「もうちょっと細かく刻んだら、帝国まで攻め込む道の舗装に使え──」

「却下」


ちぇ


「実際貴方が一人で突っ込んだら帝国は終わりますけど、駄目ですよ」

「なんでー、いいじゃん別に」

「これ以上仕事を増やさないでください。

大体帝国なんか獲ってもんですから」

「国中からあぶれた開拓民を集めれば…」

「足りません。

西部だけでもスカスカですよ…です」

「だってさー…」


「あいつら裏切ったじゃん」


がたり、と

作業中の兵達、その全員が凍りつく。


「お、兵士諸君作業停めんなー?」


そんなこの世の終わりみたいな顔すんなし。

マレットを見習えよ、平気で仕事続けてんじゃん。


「何度も言いましたが、民はもう少し生かしておいて欲しかったですね」


またソレか。


「民っていうか、元民っていうか」

「もう一回取り込めば良かったんですよ、そしたら民です。民草です」

「えー…でも宗教汚染済みは無理でしょ」

「貴方が睨めば、死ぬまで大人しく働いたでしょうよ」


このハナシ何回目だよ。


「ちょっとやめてくれるー?視界に入れたくないよ、

「そういうところですよ、ケレス卿」

「うへぇ」


本当にうへぇだ。


両親ふたおやの、兄姉かぞくの仇なんぞみんな死ねば良い」

「──もう殺したでしょうが、一木一草悉く」


そだね。

こんな風になると思ってなかったんだけどなぁ、剣と魔法の異世界。


「はやく西部を人の住む土地に戻しましょう、貴方の名誉も回復しないと」


今のままだなんてあんまりですと、マレット副官がつぶやく。


「どうでもいいのになぁ…」

「どうでも良くないです。

わたしが困るんですよ」

「そんなー」


けらけらと笑いながら、どうでも良い仕事を続ける。

けらけらと笑いながら、どうでも良い仕事を続けた。


日が陰り、夜が近づいていた。

人を殺さない夜は、どうにも居心地が悪かった。

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