第1話 黒い手のヴィルヘルム

公国歴623年


開戦と言うには些かしたあの日からはや三年。

』──俺は気付けばそう呼ばれる様になった、らしい。

戦場に出てそれなりに武功を上げて、死なずに生き残っていれば、

異名がつくのはこの世界では珍しくない。


いかずち』だの『隻眼』だのなんだの、まぁ珍しくない。

とはいえ俺自身がソレを知ったのが、

よりにもよって今日だったので、なんだかくすぐったい気持ちもあるのだった。


「マレットは知ってた?俺の異名」

「アレは異名じゃないです」


「見たまんまじゃないですか」と心底嫌そうに。

「異名というのは、戦場で敵味方から向けられる畏怖とか尊敬とかが込められた神聖なモノです」と、

副官のマレットが苛立たしげにそこらの小石を蹴り飛ばす。


「こらこら、兵が見てるだろ」


公爵様の陣幕も近いんだから行儀よくしろー?と、副官をたしなめつつ歩く。

手土産をたっぷり載せて、がらがらと押しているのは手押しの猫車。

その中身に察しがついているのか、兵士たちはそわそわと落ち着きがない。

そんなんだからわざわざコイツを作る羽目になったのだ。

荷物運びに従卒を使おうとすると、どいつもこいつもビビって半泣きになるんだもんなぁ…


「ほんとに便利ですね、それ」

「だろ」


猫車、前世で使った事はなかったけど、再現してみると便利なもんだね。

荷運びに土木作業、けが人の運搬に──大活躍だ。

腕の良い職人を見つけて製作を依頼してみたけど、

「そんなもん何に使うつもりですか」って、最初は死ぬほど嫌がられた。


繰り返すけど大活躍してるのに。

最近は西部以外でも使われているらしいのに、

なんか『猫車』の前に『ケレスの』とついて、

随分と気味悪がられるのだという…解せぬ。


「周囲の目を気にするなら、覆いくらい被せたらどうです」

「なんで?隠したら意味ないでしょ?」


「趣味悪いですよ」と吐き捨てるマレットと二人、公爵様の陣幕へ到着する。


「ヴィルヘルム・ケレスです!」

「いい加減フォンをつけろ、莫迦め」

「あいたァ!」


先触れを出していたので、陣幕から側近たちより先に出てきた公爵様に小突かれる

(いや小突くっていうか結構ガチで殴られてるんだけど…)。

この人滅茶苦茶強くなったので、そこらのメイスで殴られるよりよっぽど痛いのだ。

慌てるんじゃなく止めなさいよ側近共、あとマレット副官


「目録がこちらです」

「うむ」


慣れた様子でマレットが用意していた土産の目録を受け取って、

公爵様が舌打ちする。


「また多いな」

「頑張りました」


猫車の中身は──まぁ首だ。

裏切り者とその家族、帝国軍の将の首がたっぷり30と8。

爵位持ちや役職付き、異名持ちの首ばかり厳選して30と8。

もっとあったけどキリが無いので、毎度の如く残りはその場で焼いてきたのだ。


「大物は伯爵くらいですね、元ですけど」

「ほぅ、どれだ?」

「底の方なんで、出しますね」


しばしごそごそして、底の方から引っ張り出したのは、

ベヘ◯ットみたいな顔の、血に塗れたオッサンの首。

公爵様の足元に置くと、側近の連中が心底嫌そうに目を背ける。


いやちょっとくらい褒めてくれても良いんじゃない?

公爵様は眉をひそめてしげしげとソレを確認し、

サラッと他の首もまとめて短縮詠唱で燃やしてしまった。


「おみごと」

「莫迦め」


軽口を切って捨て、不機嫌そうに灰まで燃える首の山。

猫車には焦げ目一つ残さず、蒼い炎が巻き上がるのを横目に公爵様が口を開く。


「ご苦労、こいつで最後だな?」

「はい、こいつで最後ですね」


あの日、公国を裏切って西部を売ったクソ間抜けのドブカスもとい元公国貴族で生きているのは、コイツで最後だった。

短いようで長かった、日課感覚でちまちまと殺しに殺した三年間。

ようやく今日、最後の一人を仕留めた事で

の中、俺の復讐が一つの節目をむかえたのだ。


イヤ、だから側近ども、もうちょっと喜びなさいよ。

マレット副官も何故目が死んでる?

ため息をつくんじゃない、なんで全員露骨に疲れてるの。


「以前も話したがミラールの連中、泣きが入っていてな。

例の新帝なんぞ

「『黒い手』を止めてくれ、余の首以外どのような要求でも呑む」とさ。

裏切り者が残っている限り私でも止められんと言ったから、コイツも前線に蹴り出されたのだろう」


一息ついて向き直り、

「家族も帝国で、一人残らず縛り首のハズだ」と、前置いて


「潮時だ、停戦に合意してもらう」

「それは──」


まぁ、頷かないと駄目だよなぁ。

それでも駄目もとでごねてみるくらいには、未練がある。


「今からぱぱっと俺一人で新帝の首獲ってくるとかは…」

「駄目だ。帝国本土への侵略は許可できない」

「えぇ…」


向こうは好き勝手やったのに?


「どうしても──」

「駄目だ」

「ッ」


魔力をおこして、軽く圧なんかかけてみたり…

したら、側近どもが各々武器に手をかけてまぁ、

ガタガタ震えるなら家紋入りの金属鎧なんか着けんなよ、

カチャカチャとみっともない。


いかずち』に『隻眼』、『双剣』に『紅蓮』

いつもの側近どもに混ざって、公爵家ゆかりの異名持ちが勢ぞろいだ。

っていうかコイツら揃いも揃ってなんで最近戦いに出やがらなかったのか、漸くわかった。


とっくに戦意なんて折れていた帝国との停戦に向けてだろう。

さっさと仇を前線に出させて、万が一にも俺から仇首を奪ったりしない様に、陣幕に引っ込んでいたんだろう。


バカだなぁ、首の一つや二つ競って捕りに出たなら笑って馬鹿話も出来たろうに。

そんなにと思ってたのかね。


「潮時だ、

「─────わかりました。でも卿はやめてください、俺は親父殿や兄上の様には出来ません」


「ご存知でしょう?」と笑いかけると、公爵様が深く息を吐く。

公爵様の背後では、緊張の糸が切れたのか、

側近どもの中でも最も近い、護衛の一名が膝をついて昏倒し、項垂れている。

本当に進歩がない。

残りも似たりよったりの中、まぁ流石に異名持ちは警戒を解いていない。

そんなビビらないで良いのに、俺だってわかってるんだよ、頭では。


「なんと言おうと貴様はと呼ばれる事になる。

拒否権は無いぞ。

私を三年も付き合わせたんだ、残りは私と国に尽くせ」

「つっても自分、ロクな貴族教育を受けていない、人殺ししか能の無い出涸らしのクズで御座いまして…」


そう、何を隠そうこのヴィルヘルムったら、

まっとうな貴族が受けるべき教育を一切受けずに戦場で過ごしたので、

全然貴族の仕事がわかんないボンクラで───


「私は貴様の実務能力を高く評価している、戦働きよりも余程な」

「げっ」


となりでコクコクと頷いているマレット副官、しばくぞ。


「貴様には我儘のツケを払ってもらう、良いな?ケレス卿」

「…はっ」


三年ぶりに跪き、服従を示す。

こうして帝国との正式な停戦調印を前に、

西部公爵エルンストの求めに事によって、一つの戦いが終わりを迎えたのであった。

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