第6話 アイゼンヴァルト鉄鉱山1
アイゼンヴァルト伯領の授与と、アイゼンシュロス公の三女エルシャリーナ・フォン・ランツェリートとの婚約。
それを対価にアイゼンシュロス公の配下となり、アイゼンヴァルト鉄鉱山の問題解決に踏み出すことになったリックだが、その日からすぐに活動開始とはいかない。
同日2月22日。既に夜となり、首都アイゼンフェルスからアイゼンヴァルト伯領への移動するには危険。移動と活動開始は翌日だ。
宿泊はどこかに宿を取る、ということにしリックは一人夜の街を歩いていた。
「さてと」
11日ほどの禁欲。エルシャと行動を共にしていたので途中の街で娼館に行く暇はなかったが、今はその余裕がある。
余裕があるなら、十八の男性としては堪える理由は特にない。見栄を張る意味もない。
金も十分ある。
ではいざ。
そして二時間後。
リックは道端にくたばっていた。
「師匠、助けてくれぇ。帰りたいぜ」
「何やってるのよリック、こんな所で」
探しに来たのか用件があるのかあるいは別の仕事か用事か。いずれかは不明なものの、通りがかったエルシャに声をかけられる。
「買えなかったんだよ。チケット」
「まさか娼館に行こうとしたの」
「男には必須なんだよッ! 少なくとも俺には必須なんだッ! 食費はその辺の魔物ぶっ殺して食えばタダだけど接待受けるには当然必要ッ! ぶっちゃけ金の使い道なんて娼館ぐらいしかないッ!」
「そ、そう。それで? 金がなかった、わけないわね。うまってた、も多分、待てば何とかなるでしょ」
エルシャは理解できないものを見るような目をしていたが、会話は続けてくれるらしい。
「悲惨だったんだよ。察しろ」
「えっと、それって」
「悲惨な待遇の子を見たら、気分は一瞬でどん底に沈んだわ。外れの店引いたかと思って別の店とか回って、おまけに纏め役みたいなトコにも顔を出して聞いたんだけどあろうことか普通とぬかしやがった。チクショウ。師匠が恋しいぜ」
「それは、その、大変だったわね」
「帰っていい?」
「殴っていいかしら?」
「ごめんなさい、でも死活問題なんですよこちとら」
肩を落とすリックにエルシャは溜息をつく。
「プロの人には及ばないと思うけどいいわよ。婚約者だし」
「仮の婚約者に手ぇ出すのはアウトだろ。貴族政治的に考えて」
「あなたの倫理観どうなってるのよ。仕方ないわね。明日、アイゼンヴァルトの方で手を打ちましょう。伯爵の立場があれば多少の無茶は通るわ」
「―――」
「どうしたの」
リックは言うべきか迷い、周囲がまだ街中であることを鑑み口にするのをやめた。
「ありがとう。話については後で。ここで話すような内容でもない。エルシャが困ると思うから」
宿を取り、防音の魔法をかける。
「アイゼンシュロス公との謁見の時にもちょっと違和感があったんだけど、三女って言葉に偽りはないよね?」
「ええ。これ以上偽るようなものはないわよ」
「で、姉二人がどこかへ嫁いだうえ、エルシャが外交官として諸外国を回れるなら、何番目かは分からないけどエルシャの兄がアイゼンシュロス公位を継ぐことになる」
「そうね。長男のウルガーがアイゼンシュロス公位の継承者よ」
「にしては政治に強過ぎない? アイゼンシュロス公はエルシャの意見を全部通してたように見えたけど」
もっとはっきり言ってしまえば。
「裏の宰相だったりしない?」
「はぁ。こんなに早くバレるとは思わなかったわ。隠してはないし、偽ってもいないけど」
エルシャはリックが確信を持ってると見たのか、早々に折れた。
「父は政治向きではないわ。昔は母に、私が育ってからは私が政治の方針に意見を出してるの。リックなら気が付いたかもしれないけど、ゴアベリン・クイーンと同じくらいの強さと大きさの魔物に軍を率いて先陣を切って相手するような人よ。反面、政治はね」
「ま、何でも得意とはいかないよな」
「そうね。といっても、別に母や私の言いなりというわけではないの。一意見を採用するか否かは父次第」
あくまで意見を表と裏から献上できる立場、か。
「良かったのか? アイゼンシュロス公にとってはエルシャは切り札の類じゃないの? 俺との婚約に回せるような人材ではない気がするけど。いや、ありがたいんだが」
「そうね。リックが鉄鉱山の問題を片付けられなかったら、いよいよアイゼンシュロス公国は詰みね」
「責任重大だな」
「信じてるわ」
「いや責任重大だな本当にッ!」
対価をもらう約束をした以上失敗する気はないが、現場を見なければまだ何とも言えない段階だ。
多分、魔物を片付ける分にはどうとでもなるが。領地経営として問題ないレベルにまで持っていくとなると苦労するだろう。リックが単純に魔物を狩って回ればよいという話ではないのだから。
「それじゃ、おやすみなさい。私は城に戻るわ」
「ああ。おやすみ。また明日」
翌朝。
馬車と御者、書類といざという時の荷物を用意してもらい、アイゼンヴァルトへ向けて出発した。到着までの時間は半日程度だそうだ。
「アイゼンヴァルトは鉄鉱山が一番有名だけれど、他にも重工業、その他鉱物資源の採掘も行ってるの。鉄と石炭が取れるからその場で加工して、それで作れた道具で石やら銅やら金やら色々取れる」
「なんだそのズルい土地」
「だから首都より重要なのよ。魔物が湧きやすい土地だから首都には出来ないけどね」
「なるほど、で、最近になって土地じゃなく鉄鉱山を中心とする重要なところに湧くようになった、と。運が悪いな」
「運じゃないわ」
エルシャはきっぱり否定した。
「採掘すれば当然、土地の形が変わるもの。土地の形が変われば魔物の湧きやすさも場所も種類も変わる。だいたい埋蔵量の半分くらいを採掘すると魔物が湧いて閉鎖せざるをえないと言われているわ。本当のところは分からないけど、歴史上、魔物が湧いて閉鎖された鉱山は片手じゃ数えきれない」
「そういうもんか」
「そして決まって金属製の魔物が湧くの。元が魔力だし、上手く加工すれば良い武器になるから、倒せるなら無限かつ良質な金属資源になるんだけど。大抵は倒せないから閉鎖ね」
金属製だから強いとは限らないが、魔法攻撃を通すには高い出力が必要なのだろう。
魔法は誰でも使えるが、高い出力を用意するには鍛練が必須。鍛えるには長い時間がかかるので貴族でもないと鍛えられないので、高出力の魔法は貴族の特権のようなもの。
そういった貴族を鉱山に張り付けておくのも難しいので、閉鎖するしかなくなる、と。
「着いたらすぐに鉄鉱山を見て回りたい」
「あら? 娼館はいいの?」
「今日から君たちの領主です、よろしく。そんなんで民衆から領主と認められるわけないだろ。いくらアイゼンシュロス公が認めて、娘との婚約まで認めたからといって民衆からはそんなの知ったこっちゃない、って話だ」
人を率いるならば、まずは信用がいる。
リックの考えはあくまで全部イシュタルからの受け売りだが。
「民衆にとって一番大事なのは、今日より明日の生活が楽になるか、ただ一点。その信頼を勝ち取るには、この領主についてけば今よりもっと良くなる、って信じさせる必要がある。娼館は、領主として認められてからだ。でないと話がこじれる」
「そうね。娼婦の扱いは難しいものね。大陸最大宗教のリヒト教は不特定多数との交際を忌避してるから、社会的地位を改善しようとすれば宗教問題に発展するかもしれない」
「リヒト教?」
「うちはそんなこと気にしないモント教のはずなんだけどね。いつの間にやらって感じ。領主が娼館とか諸々に口を出すこともないから、娼館の経営者側としては娼婦を使い捨てに出来るような環境っていうのが心地よいのかも」
「正気かよ」
「そんなもの寓話の中にしかないわ」
宗教問題とか娼館についてはまた後で考えるとしよう。
昼に差し掛かる頃にはアイゼンヴァルトの街が見えてきた。丘陵地帯に、やや丘陵というには大きな山が幾つか。丘陵の一つに築かれた城塞都市が、アイゼンヴァルト伯領首都アイゼンヴァルトだ。
「ややこしいな」
「今日からあなたの土地になるわ」
「あくまで民からの預かりものだ。不甲斐ない領主だと思われればあっという間に追い出されるだろうよ。そうならないために全力を尽くすが」
現地で土地を預かっていた者らに顔を通し、話を聞く。エルシャから聞く概要とほぼ同じ内容。
「鉄の備蓄がもうなく、このままでは春を迎えても土地を耕すことが出来なくなります。いえ、それ以前に魔物にここを襲われれば防御できないかと。鉱山から魔物が度々溢れてくるもので」
「もうそこまで? リック、思ってたより緊急そうよ」
「関係ねえさ。任せろ。余剰兵力は?」
「50ほどでございます、閣下」
「少ないな。暇してる労働者も集めてくれ。集まった労働者には魔物の死体の輸送を任せたい。兵達にもだ。輸送時の護衛も、か。手配してくれ」
回収要員を集めてくるよう指示を出し、リックはエルシャと共に鉄鉱山の方へ向かう。
道中、さっそくそれらしい魔物を見つけた。
「あれは?」
「メタソルダーね。巨体と重装備が厄介なやつよ。中身まで金属なの。魔法耐性も高いし、砲撃や打撃じゃびくともしない」
5メートルほどの金属製の人型巨体で、金属製のメイスで武装している。時代が進むと魔物とは別カテゴリに括られそうな感じだが、それはさておき。
「鉱山に湧く魔物ってのは、あれと同じか?」
「一応。内部にいるやつは、外を彷徨ってるのよりもっと強いと思うわ」
「じゃ、とりあえずやってみるよ」
リックは魔力を全身に巡らせ身体強化。
同時、メタソルダーがリック達に気が付き、メイスを振りかざして突進してくる。巨体と重量に見合わぬ、馬の全力疾走以上の速度。
「リックッ!」
「っ」
突進に合わせ、リックはタイミングよくその懐へ飛び込んだ。ひかれに行ったようにしかエルシャには見えないだろうことは承知で、全身に魔力を巡らせ地面を蹴り、メタソルダーの中央にめがけ飛び膝蹴りをぶち込む。
爆発が起きた。
否、そう錯覚するような爆音と共にメタソルダーが吹き飛び、宙を舞うと、落下し地面にめり込む。
一方、リックは多少後ろに着地することになったものの、突進を受け止めたにしては誤差の範囲だ。
再び地面を蹴って踏み切り、仰向けになってるメタソルダーめがけて落下。全身に巡らせた魔力を足に集め、踏みつけの威力を上昇させ再び中央部をぶち抜く。
メタソルダーはその攻撃に耐えきれなかったのか五つに引き裂かれ、その動きを止めた。
「こりゃ確かに厄介だな」
「瞬殺しといて何いってるのよ。それより平気?」
「こんぐらいじゃ怪我しないさ。試しに打撃でぶち抜いてみたが、通常の手段で砲撃・打撃、身体強化でぶち抜くのは難しそうだ」
突進に合わせ中央部にカウンターを一発、続けて同じ場所にもう一発。
これだけの手順を踏んでも一撃死とはいかない。生半可な誰かが真似すれば普通に挽肉だろう。
「雷を使わなくても強いのね」
「頭おかしいと思われるかもしれないが、うちの流派はこれも雷だ。むしろこっちが本当の雷で、雷撃の魔法は別に誇ってるわけじゃない。俺が一人で瞬殺できることは確認したし、そんじゃ次はエルシャにお願いしようか」
「私?」
当然。
「ヤバくなったらフォローはするから」
この問題はリックが魔物を片付ければ済む、という話ではないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます