1-5 再建依頼と仕官(2)

 宴会翌日、2月12日の朝。

 都市の城門前にはリックとエルシャ、そしてレーグネンベルク侯の姿があった。


「すみません、閣下。私がリック殿を引き抜いてしまって。リック殿がいれば、この地はしばし安寧を得られたでしょうに」

「気になさるな。この地の守護は私の仕事。それにリック殿が仕官するならばアイゼンシュロスの方が将来性もやりがいもありましょう」


 レーグネンベルク侯が快く見送る中、二人はアイゼンシュロスへ向けて出発する。

 目的地はシュタイン帝国連合内の北東にあり、馬で10日ほどの距離だ。五つの伯国と二つの侯国、あわせて九つの都市を経由し、夜間は都市にて休息する予定となっている。


 エルシャは馬、リックは徒歩だが、急がないため移動手段の違いは問題にならない。


 アイゼンシュロスへの旅は順調に進んだ。


 一般的に、旅は魔物に遭遇する可能性があり危険とされる。

 が、起きてる間ならリックが瞬殺できるし、都市に宿泊できるなら城壁に見張りの兵士が張り付いてるので奇襲を受けることはまずない。

 二人の旅路に限ってはそういった危険性はなかった。


 野盗にも何度か出くわしたが、魔物よりは弱いので対処は簡単。

 脅して従えて都市まで連れて行き、つき出すのが多少面倒だったぐらいか。拘束しても輸送手段がないので、歩くことを強制するしかなかった。


「都市から都市へ移動する度に野盗が出るなんてね。国が荒れてる証拠よ」

「出すぎ、ってことか」

「そうね。飢えて他に手段がなかったか、元々奪うことに躊躇いがない人か。いずれにしても、国が富んでしっかりしてる時にはかなり抑えられるもの」


 飢えた人は、食えれば野盗にはならず。

 奪う人は、統治者が取り締まっていれば暴れづらい。


「いずれ、何とかしたいわね」

「確かに気分の良いものではないな」


 エルシャの意見にリックもそう同意する。

 幼い時の嫌な記憶を思い出すから。








 2月22日、夕刻。

 目的地が見えてきた。


「あれがアイゼンシュロス公国の首都、アイゼンフェルス。遠くから見るだけでも立派でしょう?」

「すげえもんだな」


 リックの記憶にはレーグネンベルクを始めとする十の都市が刻まれているが、そのどれと比べても大きく、かつ素晴らしく見える。


「採掘、工業、建築に軍事の国。それがアイゼンシュロス公国よ。金属資材や武器を帝国連合の他の国に提供しているの」


 大国でこそないが、大陸全土に影響力を持つ強国に数えるには十分だ。

 都市の外観からもそれがうかがえる。


「弱ってるようには見えねえな」

「当たり前よ。国が壊れる時は一瞬。長きに渡って積み重なった問題が一気に噴出して壊れるの。古代シュタイン帝国が崩れたのもあっという間だったわ。歴史を学べば分かるわよ」

「なるほど。まだ問題は民衆レベルには届いてない、ってことか。地獄になるのはこれから、と」

「あなたが手を出してくれるなら、すぐにでも解決すると思うわ」

「それはどうだろ」


 リックの手札は、イシュタルに習った雷撃流の知識と技術だけだ。

 国の問題にどこまで通用するかは分からない。


「国は一人の英雄が動かすわけじゃない。いや、俺が英雄って言いたいわけじゃなくて、どんなに優れた人物が一人いても国家問題には無力だって話だ」

「そうね。だけど、そこが分かってるなら大丈夫よ」

「だと思いたいね。引き受ける以上は」


 アイゼンフェルスに入る。

 検問はエルシャのお陰で簡易的であった。道中もそうだったが、特一等伝令の立場はかなり便利らしい。


「城に行くわ。ついてきて。アイゼンシュロス公に色々報告するから。交渉もね。体力は平気?」

「大丈夫だ」


 城へ上り、謁見室へ。

 もう夜になるので普通は謁見できない気がするが、エルシャが申し入れをするとすぐに場が整えられた。


 謁見室の玉座にはアイゼンシュロス公が座し、左右にはその重鎮達が控えている。


「特一等伝令、エルシャ・シュネルタオベ。ただいま帰還いたしました。こちらは放浪者のリック様です。訳あってお連れいたしました」

「リックと申します」

「うむ。余がアイゼンシュロス公フリードリヒ六世だ。面を上げ楽にせよ。シュネルタオベ特一等伝令、よく無事に戻った。報告をお願いする」


 アイゼンシュロス公フリードリヒ六世。

 穏やかな雰囲気の五十代くらいの男性に見えたが、リックは彼が非常に強いことを察する。

 魔力の流れに淀みがないのがその証拠。


 実際は不明だが、複数人できっちり役割分担すれば、少なくともゴアベリン・クイーンあたりは倒せそうだった。


「はい、諸国を見て回りましたところ、これから世が乱れていく確信を得ました。拡大路線に舵を切る国家の増加、魔物による災厄、民が飢えたことによる野盗。安定した世は少しずつ失われています。大きな事件が起これば、戦火はたちまち大陸全土を焼きましょう」

「さて、ならばどうするのが良いと考える?」

「まずは我が国を整え、次に帝国連合を整えることで、諸外国の軍事行動を抑止するのが良いと考えます。今のところ、五年ほどは余裕があるかと」


 エルシャはアイゼンシュロス公に次々と報告をしていく。


「我が国を整えるといえども問題は多い。何から手をつけるのが良いだろうか?」

「アイゼンヴァルト鉱山の問題解決が最優先かと。かの鉱山は我が国、そして帝国連合において重要な力の源です。早急に魔物の手から取り戻さねばなりません」


 魔物が湧き、採掘できなくなった鉱山。

 鉄と軍事のこの国にとって鉱山地帯を有するアイゼンヴァルトは最重要拠点だ。

 その問題解決は当然、最優先となる。


「しかしかの地には金属製の魔物が湧く。その対処はどうするのだ? 洞窟内で炎魔法の火力には頼れぬ。大砲も持ち込めぬ。大軍も駄目。他の魔法にも打撃にもよく耐える。強いし素早い。倒せはするが、こうも厄介な条件が重なってはずっと対処し続けるのは難しいだろう」


 聞いてるだけで気が滅入る文言だった。


「投入するのは一騎当千の猛者でなければならない。それは、かつてそなたが申したことだぞ」

「はい。覚えております。その猛者を見つけて参りました」


 アイゼンシュロス公は目を見開く。

 重鎮達がやや騒がしくなった。


「まさか、そちらのリック殿がそうだと?」

「はい。陛下はレーグネンベルク侯国の魔物の噂を覚えておられますか?」

「無論。我が親友、レーグネンベルク侯グンター殿が治める国ゆえ」

「その魔物はゴアベリンの群れとクイーンでした。現場を見ていたレーグネンベルク侯曰く”リック殿が気が付いたら全てを倒していた”と。特にクイーンについては、天より降り注ぐ雷の魔法で一撃のもと仕留めたとのことです」


 場が静まり返る。


「こちらにレーグネンベルク侯に書いて頂いた戦果証明がございます。どうぞ、ご確認下さい」

「確かにこれは我が親友グンター殿の字と印。ゴアベリン・クイーンを一撃で仕留めるとは、一騎当千の猛者というに相応しい」


 少し考え込み、やがて口を開く。


「リック殿。ここに参られたということはアイゼンヴァルト鉱山の問題を解決するつもりがあると見てよろしいか?」

「はい。対価次第ですが」

「何を望む?」

「私に値打ちをつけるのは閣下です。ただ、不当だと思えばお断りさせて頂くし、安易なものであればそれ以上の対価を積まれた時に裏切ります。そこに例外はありません」

「ふむ」

「無礼なッ! 打ち首にしてくれるッ!」


 重鎮の一人、重装の男が叫び剣に手をかけた。


「控えよッ!」


 だがアイゼンシュロス公はそれを一喝し、制止する。


「我が国を救ってくれるやもしれぬ、あるいはかの者で無理ならばもう誰にも無理であろうと、そう思える者が公正な取引を申し出てくれたのだ。無礼はどちらであるかよく考えられよ、フルスポルト伯爵」

「っ、しかしッ!」

「余は控えよ、と申したのだ」


 食い下がる男、フルスポルト伯爵に対しアイゼンシュロス公の威圧は続く。しばらくして男は震えながら手を剣から離すと、同じく震えながらこう述べた。


「っ、失礼、いたしました」

「リック殿、我が臣下が失礼しました。お詫びさせて頂きたい」

「こちらこそ無礼な物言いでした。お許し下さい」


 互いに謝罪し、その場を流す。


「シュネルタオベ特一等伝令、リック殿には何を与えるのが良いと考える?」

「まず、鉱山の問題をお任せするにあたり、鉱山を有するアイゼンヴァルト伯領を統治する権利と義務、即ちアイゼンヴァルト伯爵の地位を授与されるべきかと」

「うむ、同意しよう」

「お待ちくださいッ! 五つの直轄領は閣下の力の源ッ! そのうちの一つ、それも最も重要な、首都よりも重要なアイゼンヴァルト伯領を渡すなどッ! あってはならないことでございますッ!」


 フルスポルト伯爵が再び声を荒げ遮った。


「何が問題でしょうか? リック殿に臣下になって頂き、土地を統治して頂く。これは普通の封建契約に過ぎません。間にリック殿を挟み上納という形になりますからアイゼンシュロス公陛下の収入はもちろん減りますが、あの領は現在、まともな税が取れておらず、それを考えれば減る収入はありません」


 エルシャが即座に反論する。

 フルスポルト伯爵はそれに対し、まともな理屈は展開できなかった。


「シュネルタオベ特一等伝令の言う通り。どの道、鉱山の問題を解決できなければ意味がない話だ。リック殿に与えるだけで解決し、上納という形で税が増えるなら何の問題もあるまい。いや、これでは対価として安すぎるか」


 アイゼンシュロス公はそう述べると、そのままフルスポルト伯爵の方を見た。


「そういえばフルスポルト伯爵。そなたの領地はアイゼンヴァルトほどではないが魔物に苦しめられ、手を焼いてると聞く。統治義務を怠るほどではないとはいえ由々しき事態だ。あそこは穀倉地帯で食料生産の要。この際、そなたの領地もリック殿に任せてみてはどうだろうか」

「っ、何を申されるのですかッ!」

「無論、冗談だ。だがな。あまり口を挟まれると良くない考えが浮かんでしまうというもの。その旨よく理解されよ」

「失礼、しました」


 リックには冗談とは見えなかった。フルスポルト伯爵からしても同様だろう。

 そこまで考えるなら普通に地位を剥奪してしまえばいいと思うが、どうやらそれを出来るほどの権力はアイゼンシュロス公にはないらしい。


「陛下が考えられた通り、私もアイゼンヴァルト伯爵の地位だけでは対価として安すぎると考えます。大国ならばよりよい条件を積むことも可能でしょう。この国に根差して頂くためには、さらに対価が必要かと」

「同意しよう。して、何を与えるべきだ?」

「陛下の三女がよろしいかと」

「っ、エルシャ、正気かッ?!」


 初めてアイゼンシュロス公が取り乱した。


「おっと、余の娘は相手にはうるさいのだ。姉二人は嫁がせたが、相応しい立場の者がいないことも相まって今まで婚約すらしておらぬ。余一人で決めるわけには」

「同意は得られています」

「ふむ」


 そこで話の流れがおかしいことにリックは気が付く。

 件のアイゼンシュロス公の三女とやらとエルシャが話すような時間は一切なかったのだが。


「失礼。件のアイゼンシュロス公陛下の三女様をご紹介願いたいのですが」


 なぜかその場の全員の視線がエルシャへと向かった。


「リック殿は知らないのか。シュネルタオベ特一等伝令?」

「はい」

「リック殿、

「え?」


 エルシャを見やると、彼女は気恥ずかしそうにする。

 性質の悪い冗談とかでは断じて無かった。


速いハトシュネルタオベは家名ではなく職名だ。本名はエルシャリーナ・フォン・ランツェリート。余が当主たるランツェリート家の一人だとも」


 なるほど。この人、自分の溺愛している三女を身一つ馬一つで伝令もとい外交官として諸国を巡らせていたのか。

 道理でレーグネンベルク侯の態度が妙だったわけだ。親友の娘であり、格上の国の君主の娘でもあるのだから。

 その子息のインガルは知らなかったようだが。


「自ら身一つで諸国を巡るようなお転婆娘で、加えて婚約する相手の条件が非常に重い。父から見ても良い女性とは言えぬが、エルシャが同意しているのであれば余は何も言うまい」

「リック様、騙すような形になり申し訳ございません。その、言い出すのが気恥ずかしくて」


 そりゃそうだ。自分で自分を公一族の三女というのは最初は立場を偽ってたら厳しい。

 そもそも言われてもこういう形でなければリックは信じられなかっただろう。


「アイゼンヴァルト伯領に、エルシャとの婚約。どこか特定の国に肩入れするには十分な対価です。引き受けました。ただ、問題を解決できなかった時は正当な対価として受け取ることは出来ません」


 魔物問題だけなら解決する自信はあるが、できなかった時は不正取引。リックの望むことではない。


「今は一時的なものとして、アイゼンヴァルト鉱山の問題解決をもって正式なものとして頂きたい」

「余としては都合が良いが、リック殿は良いのか?」

「どちらにしても同じことです。ただ、何か言いたいことがありそうな方々がいらっしゃるのでそうした方が良いかと」


 主にフルスポルト伯爵などの面々だ。

 重鎮の半数ほどはそうでもなさそうだが。


「なるほど、その自信気に入った。撤回することは無いだろうが、今は一時的なものとしておこう。宜しく頼むぞ」

「はい、お任せ下さい」


 こうしてリックは、アイゼンシュロス公国へ仕官した。

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