1-4 再建依頼と仕官(1)

 レーグネンベルク侯国では、街を上げての宴会が開かれた。

 その雰囲気はどこか重苦しかった昼間のものと異なり明るいものだ。


 中心ではレーグネンベルク侯グンターが酒を楽しみながら、ゴアベリン・クイーン討伐の話を語る。

 その話はほぼ事実に即していた。


 武勇を語るというよりは、領民に対する娯楽提供の意味合いが強いのだろう。

 リックが登場し、ゴアベリンの群れとクイーンを圧倒するシーンではわっと盛り上がった。

 旅の人に助けられるのアリなの? と疑問が浮かんでしまうリックだが誰も全く気にしていない。


「大丈夫、ゴアベリンの群れよ。どんな軍でも山中で囲まれたら苦しいわ。クイーンなんて暴れれば国一つを滅ぼすから。苦しめられたって、閣下と軍の名誉は傷付かないの」

「そういうもんか」

「それにしても本当に強いのね。クイーンの死体を見た時、あなたが倒したのだと思ったけど、まさか一発だなんて。しかも天から雷を落とす魔法、雷使いってだけでも珍しいのに、その規模で使いこなす人がいるなんてね」


 リックはエルシャとの話に興じていた。

 周囲の人たちから好奇の視線に晒されているが、エルシャと会話しているお陰で質問攻めにはされてない。


「私も志願したのだけれど、閣下に断られてしまって。でも、今では良かったと思うわ。私がいってもクイーンは倒せないもの。一対一で戦えるならゴアベリンは何とかなると思うけど」

「確かに行かなくて正解かな。他の国に所属してるなら」


 エルシャは強い部類だと思うが、それでも単独で状況を打開するほどではない。外交問題を考えるとレーグネンベルク侯が断るのも当然といえた。


「リック殿、異名か何かありませんかな」


 一通り語り終えたレーグネンベルク侯が声をかけてくる。


「異名?」

「旅の御方とか、リック殿ではどうも語りにインパクトが欠けると言われましてなぁ」

「雷の放浪者とでもしておいて下さい」

「おお、”雷の放浪者”、強そうですな。さっそく取り入れて語ってくるとしましょう」

「あの、吟遊詩人の方に引き継いでは?」

「なんの、我が領内に語り継ぐべき伝承を語るのも貴族の務めです。口頭、筆記。今回のリック殿の活躍は長く語り継ぎましょうぞ。我が領は娯楽が乏しくてですな、それを補うのも貴族の務めというもの」

「頑張って下さい」


 優秀な指揮官であり優秀な統治者なのだろう。

 それが貴族として良いものなのかは、少し微妙なところだが。


「なんか、こういう時どうすればいいか分かんないな」

「こういう雰囲気は苦手?」

「なにぶん経験がないもので」

「嘘でしょ、宴くらい経験あるはずよ」

「小さい時から山奥で師匠と暮らしてたから。こういうのがある、とは教えてもらってるけど」

「それならせっかくだし楽しまないと損よ。食べれる時に食べなさい。あなたは今日の主役なんだし。武勇伝を語っても良いのよ? 聞きたがってる人がいっぱいいるわ」

「さっきレーグネンベルク侯が語ってたんじゃ」

「昔の」

「ないぞそんなもの」

「一つくらいあるでしょ。その、師匠と暮らしてた時期に」

「ないよ」


 分かりやすく自慢できるようなものはない。残念ながら。


「それに、鍛練とか教えのことは流派の秘密だし」

「残念」


 エルシャないし周囲の人たちと談笑しながら食べていると、何やら楽しげではない怒号が聞こえてきた。声には聞き覚えがある。

 インガルだ。レーグネンベルク侯の御子息。


「オレを除け者にして何楽しんでるんだオマエらッ! あ、オマエらは昼間のッ! 昼間はよくもやってくれたなッ! ぶっ飛ばしてやるッ!」

「あの程度の魔法で昏倒する方が悪い。あとここで炎はやめとけ。色々巻き込む」

「関係ねえッ! コケにしやがった報い、受けさせてやるッ!」


 インガルは魔力を高めていく。

 もう一回昏倒させるか、とリックが考えた時のこと。


「客人に何しとるかぁあああああああッ!」


 突如としてすっ飛んできた影に爆音と共にインガルは殴り飛ばされた。

 身体強化込みのレーグネンベルク侯の拳だ。インガルの身体は宙を舞い、叩きつけられる。


「っ、何すんだよ親父ッ! オレの邪魔すんなッ!」

「こちらのリック殿は、我が危機を救ってくれた御方、エルシャ殿はアイゼンシュロス公国の使者即ち国賓ぞ。失礼な真似は私が許さぬ」

「はん、貧相な旅人に伝令じゃないか」


 インガルの視線は二人を見下し、さらにはグンターを馬鹿にするようなものでもあった。


「リック殿はゴアベリン・クイーンを魔法で一撃にて下した英雄」

「は?」

「そしてエルシャ・シュネルタオベ殿はアイゼンシュロス公フリードリヒ六世の」

「すみませんそこまでにしていただけますか閣下。それ以上はいけない」


 エルシャが慌てて遮る。

 何か触れられたくないことでもあったのだろうか。


「失礼。特一等伝令はアイゼンシュロス公が信頼する者にのみ与えた、外交用の役職。失礼な真似をすればアイゼンシュロス公を怒らせることになる」

「アイゼンシュロスがどうしたってんだよッ! 帝国連合を仕切ってるからって第二位じゃねえかッ! それに領内は色々きな臭いって話聞いてるぜ。落ち目なんだろッ!」


 その言葉にエルシャがびくっと反応したのを、リックは視界の端でとらえた。


「ふんッ!」


 インガルは追加の打撃で気絶させられる。

 教育として逆効果のような気も、こうでもしないと抑えられない気もした。

 使用人にインガルを預け、グンターはリックとエルシャに謝罪。二人とも謝罪を受け入れ場を流す。


「リック殿。宴が終わったら少し二人で話せないかしら?」

「分かった」








 宴会終了後。

 ルチナの宿で宿泊手続きをする。タダで良いと言われたが仕事は仕事なのでリックはそれを断りちゃんと支払った。

 こういう時のための路銀なのだから。


 領主館に宿泊することも出来たが、エルシャと話すには向かないためそれは避けた。


 エルシャは部屋に風の魔法をかけて防音空間を作ってから、話を切り出す。


「アイゼンシュロス公国へ来て仕官して欲しいの」


 アイゼンシュロス公国はエルシャが仕える国。

 雑に述べるなら、同僚になってくれということか。


「いまいち話が掴めない。了承も断るのも出来ん」

「そうね。失礼。ちゃんと全部話すわ。長くなるけれど」

「俺は大丈夫だ。予定は特にないしな」


 しばらくレーグネンベルク侯国で暮らすか、それとも別のところに行くか。

 師匠の言いつけに沿って旅立ったものの、今は目的も何もない。明日のことは明日に分かるさ状態だ。

 時間はいくらでもある。


「リック殿はこのハーヴィー大陸の情勢について、どこまで知ってる?」

「無知、全く知らん。一応、爵位や貴族って概念くらいは理解できるつもりだ」


 基礎は教えてもらったものの、世情に関しては移り行くもの。

 必要な時に自分で調べるべきものとして、イシュタルは詳しくは教えてくれなかった。


「なら、基本的な所からね。ハーヴィー大陸には数多くの国があるわ。そして、どこの指導者も民も、自分の国を強く大きくしたいと思っているの」

「所属するなら強国が良い。そんな自由がないなら、自国を強国にしたい、ってことか」

「ええ。拡大欲求か、他国への恐怖か、国の内政問題解決のためか、名誉か。それでも行き着く先は、土地を広げて国力を高めること。その手段として武力を用いて戦争するの」


 どちらもこの土地がどうしても欲しい、となったら何らかの手段で奪い合うしかない。


「もちろん、戦争はそう簡単には出来ないわ。大義名分、えっと。戦争しても仕方ない、って見られるだけの理由が必要よ。それに国力の消耗は避けられないから、競り合う国が多ければ仕掛けられない」

「後から良いところだけ持っていかれるから、か」

「そう。ここ二十年ほどは、良い感じで安定していたの」


 平和ではないが、戦いはない時代。


「それが最近になって状況が変わってきたわ。指導者あるいは貴族の代替わりや、国力の回復で拡大路線に転換する国が増えてきた」

「そりゃそうなるよな」

「ええ。歴史上、同じような状況はあったらしいわ。ただ、今回は少し違う。情勢を安定させる役割を担っていたシュタイン帝国連合が最近、弱り始めてるの」


 平和の後には乱世、長い歴史を見ればいつも通り。

 と、言い切れない事情が一つ。


「その、シュタイン帝国連合って?」

「ざっくり言ってしまえば、古代シュタイン帝国の流れを汲む諸侯連合ね。色んな国がまとまって、おおよそ一つの国として動きましょう、ってこと。アイゼンシュロスもレーグネンベルクも、この連合に所属しているわ」

「何かメリットが?」

「小さい国は平均兵数300、少ないところで50を下回る。ここまで行くと他国がどうとかじゃなく魔物被害で滅ぶわ。強国でも、より大きな国からの攻撃の際に防衛兵力を借り受けることができる」


 なるほど。


「よく考えられた仕組みだな」

「古くからの慣習よ。統一する手間が大き過ぎて誰もやらないだけね。多少国土を拡大するだけならともかく、帝国連合所属のおよそ500万人、50ほどの国を一つに纏めるのは厳しいわ」

「ああ、そういうことか」


 統一は出来ないしされたくないけど、大国や魔物は怖い。

 だから一緒になって防衛しましょ。


「それが弱っている、ってのは?」

「最近、纏まりが悪くなりつつあるの。強国が弱り、小国は拡大路線を取って、あるいは自国の問題で手一杯に。もし大きな問題が起きれば一気に崩壊するわ」


 連合とはいえ、大国に対抗できるなら強国も同然。

 それがもし砕け散れば。


「他の大国にとっては拡大するチャンス、か」

「そうね。大陸が溜め込んだ火種が一気に燃え上がって、大陸中が戦火で焼き尽くされることになる。大陸戦争とでも呼ぶべき事態が起きるわ」


 大陸戦争。


「大国同士が大きく動く。ただの戦争に留まらない、より悲惨なことになるでしょうね。大陸中が酷く荒れてしまうわ」


 エルシャは視線を伏せる。


「私は、そんな未来を見たくないの」


 リックにはエルシャの望みは、国益とかは関係ない個人的なものに見えた。








「情勢は理解した。けどそれが、アイゼンシュロス公国とどう繋がるんだ? 俺がどこかの国に仕官したぐらいじゃ解決しそうにないけど」


 大陸戦争とリックの仕官はいまいち繋がってるようには思えない。


「帝国連合の中で、アイゼンシュロスは強国よ。帝国連合第二位。人口は100万、兵力は2万5000ほど。連合内での影響力はいうまでもなく大きいわ。アイゼンシュロスと、第一位の国が弱ってることによって連合は纏まりを欠いたと言っても過言ではないの」


 話を聞く限りで、第一位と第二位の国を合計すれば帝国連合のおよそ半分。そこが弱れば確かに連合も弱るだろう。


「大陸戦争を阻止するために帝国連合を立て直す。帝国連合を立て直すために、アイゼンシュロスを立て直す、ってことか」

「ええ。そうなるわ」

「俺が役に立つかは分かんないぞ。分かってると思うが国家運営に携わった経験はない」

「それはその時ね。でも一つ、分かりやすくリック殿が解決できそうな問題があるわ」

「魔物か?」

「その通り」


 兵数で囲んでも倒せないような魔物か、あるいは戦いづらい場所で戦わなければならない魔物か。


鉄の城館アイゼンシュロスの名の通り、鉄を始めとする金属の産地として有名だったんだけど、鉱山で金属製の魔物が湧くようになったわ。倒しづらいし、倒せない。城壁で追い払うのが限度で、鉱山は閉鎖したわ」

「主産業が止まった、ってことか」

「それだけじゃないわ。鉄は砲弾を用意するのに重要な物資よ。魔法を上手く扱えない人でも、撃てれば戦力になる。魔法を付与すれば、普通に魔法攻撃を当てるよりも魔物に有効」


 城壁を用いて魔物と戦った方が有利とされる理由の一つだ。


「遠征並みの過酷さで都市を守らなきゃいけない、ってことか」

「ええ。防衛に兵力を多く割くことになり、軍事的にも弱り始めてるの。この問題を放置してはアイゼンシュロスにとっては致命傷になるわ。これだけでも力を貸して欲しいの」


 どのような魔物か見たことがないので不明だが、追い払える程度なら倒すことは可能だろう。

 金属製なら解体すれば金属が取れ、いつかは尽きる鉱山と違い金属資源を無尽蔵に取ることが出来るようにもなる。


「もちろん対価は出すわ。給金にして年3000万ゴルは最低でも保証する。それ以上はどれだけ出せるか分からないけど」

「足りないな」


 リックはそう述べた。


「国に仕官ってことは、どこの何を担当しようといずれ人類同士の争いに関わることになるだろ? 俺はそのアイゼンシュロス公国に肩入れする理由はない。他の国により良い条件を提示されたら寝返る理由になるぞ」


 魔物相手なら金次第で、と言えるが。

 人類同士の争いに大きく関わるのは少し気が引けた。少なくとも金次第で引き受けるとは言えない。


「っ、それは、そうね」

「忠誠心とかは期待すんな」

「そんなもの期待しないわ。基本的に寓話の世界にしかないわよ。にしても、困ったわね。これ以上は、私が独断で交渉できる範囲を超えてるわ」


 エルシャは少し考え。


「リック殿は女性に興味はある? 貴族の間では婚姻により縁を結ぶのはよくあること、なのだけれど」

「そりゃもちろん」

「我が主君、アイゼンシュロス公にはまだ縁談が来ていない令嬢が一人いるわ。私は一外交官だから、そういう約束をすることは出来ないけど、話をつけることとあなたの実力を保証することはできる。レーグネンベルク侯も一筆書いて下さるかもしれない」


 アイゼンシュロス公の娘との縁談、という対価。


「良い女なの?」

「悪くはないと思うけど、コメントは控えるわ。結婚ないし婚約すれば身内よ。身内に肩入れする、っていう理由は?」

「そうだな、ありかも」


 元よりエルシャの目的には個人的に協力したいところだった。

 仕官に関しては金額以外に何かしら、特定の国に肩入れする理由が欲しかっただけで。


「ただ、ご令嬢が良い人だったら、の話だ。アイゼンシュロス公が俺にくれるとも限らんしな。全部上手くいったらで良いなら、アイゼンシュロス公国に仕官するよ」

「分かったわ、ありがとう」

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