1-3 レーグネン山の魔物(2)
「巻き込んでごめんなさい。大丈夫だった?」
領主ご子息のインガルを魔法で気絶させた後、リックは少女にそう声をかけられた。
「あれくらい平気」
魔法攻撃に対し、より強い魔力で抵抗すれば効果を防げる。
到達するまでかなり遅かったので、普通に魔法防御が間に合った。
回避することも出来たが、受けたのは避けたら喧嘩の名分としては弱いかな、と思ったゆえ。
加えて、魔法は範囲を広げるほど威力が下がる。
全方位攻撃は当てやすいが、単発よりも相手の魔法防御を抜くのは難しくなるのだ。
インガルの”炎王烈覇”とやらはあの使い方ではどう擁護してもただのミスだろう。
「強いのね、あなた。一発で怪我させずにあっさり倒すなんて」
「そうか?」
「その腕を見込んで、一つお願いを聞いて下さる?」
「んー、対価次第」
「レーグネンベルク侯閣下を助けて欲しいの」
「領主様、だよね?」
「ええ」
領主の名が出るということは、レーグネン山の件か。
元から行くつもりだったが、お願いされたら対価をふっかけざるを得ない。対価なしで言うことを聞くと認識されても困るゆえ。
「対魔物出兵の話かな。100万ゴルなら引き受けるよ」
「すぐとは言えないけど支払うわ。お願いできる?」
「分かった」
「私はエルシャ・シュネルタオベ。アイゼンシュロス公国の特一等伝令をしてるわ」
「リックだ。雷撃流のリック」
「雷撃流? 聞いたことないわね」
師匠曰く世界最強の流派らしいのだが、さておき。
「じゃ行ってくる」
リックはレーグネン山に向かって走り出した。
同時刻・レーグネン山、山中。
レーグネンベルク侯グンター率いる300ほどの軍勢は、魔物の群れに囲まれていた。
「閣下ッ! もう持ちませんッ!」
周囲に溢れかえるのは、人より巨大なカマキリの魔物”ゴアベリン”。
鎌と素早いステップ、反応力、そして高い耐久性といった強みを有し、”一対一で戦ってはならない”と言われる厄介な魔物の一つだ。
騎士であれば二人で、常備軍であれば十人がかりなら倒せるので比較的厄介さは軽いが、いかんせん数が多過ぎる。
倒しても倒しても次から次へ押し寄せてくる群れに、地の利もなしでは厳しい。
「諦めるなッ! 我らが諦めれば民は成す術なく蹂躙されるッ! レーグネンベルクの意地を見せよッ!」
囲まれながらもレーグネンベルク軍は魔法攻撃と、魔法付与し強化した武器による攻撃でゴアベリンを殺し続けている。
が、それもいずれ限界が来るだろう。
魔法を使い続ければ、いつかは魔力消耗により一時的に使えなくなるのだから。
さらに少し離れた場所には、人の十数倍の巨体を持つゴアベリン・クイーンが控えていた。
今はその場に佇むだけだが、クイーンは一度動き出せば国を幾つも滅ぼすと伝わる文字通りの怪物だ。
どれだけ奮戦しても、レーグネンベルク軍ではこのクイーンは倒せないだろう。
勝ち目はない。
何とか持ちこたえているが、いずれ負傷者だけでなく死傷者が出るだろう。戦線が崩壊すれば全員まとめてゴアベリンの餌になるだけ。
魔物は魔力で生きてるゆえ食事する必要はないとされているが、なぜか暴れるし食べる。動物ではなく魔物とくくられるのは、生態系に根差すわけではない厄災ゆえ。
騎兵や大砲による支援があればまた話は違うのだが、山中に持ち込めないものを無いものねだりしても仕方ない。
よもや、山中で戦う魔物がこれほど恐ろしいとは。
そんな言葉をレーグネンベルク侯は飲み込んだ。指揮官たる彼がそれを口にすれば、士気が下がるのは明らかだったから。
死にたくなければ必死で戦うしかないのだ
『良いか、リック。わらわが教える雷撃流とは、雷の魔法それのみを指すのではない。使い手の少ない雷の魔法じゃが、ただ魔法が必要ならば他のものを使った方が早いのじゃ』
魔力にイメージを付与することで魔法となす。
そのため、扱う現象に関する印象も重要な要素だ。
破壊力なら炎、応用力なら氷や石、炎が適さないところでの破壊力や、水上・空中移動に使うなら水や風などが適する。
雷の魔法はそもそも、雷の魔法として成立させるほど雷を理解し、イメージを作るまでが難しい。
通常の現象たる雷は、天から落ちる正体不明の神の御業なのだ。
希少で、希少ゆえ知られていないが比較的弱い。
それが雷の魔法である。
『重要なのは雷の魔法ではない。雷の魔法を使いこなせるほどに雷を理解し、イメージし、そして雷のごとくあることじゃ』
『雷のごとく?』
『見せたであろう、空から降り注ぐ雷を。光、爆音、強烈な力が天から地に瞬時に届くアレじゃ。人たる知恵をもって目的地を定めた上で、雷の如く強烈な力で目標を瞬時に貫き、破壊する』
つまり。
『力強く、そして迅速であれ、ということじゃ。雷の魔法を習得することは、その在り方を身に着けるための手段に過ぎぬ』
リックはイシュタルの言葉を思い出しながら、レーグネン山の山中を疾走していた。
魔力を巡らせ身体能力を高め、木々の枝々すらも利用し立体的に場を走り抜ける。
行くべき道は、人によって踏み荒らされた雪道が教えてくれた。
迅速であれ。
雷の如く、瞬時に目標を貫く速さを。
魔力は付与したイメージに沿って現象を起こす。同じ魔力、同じ制御力ならイメージが強ければ強いほど、魔法は強くなる。
身体能力を高める魔法とて同じ。雷速をイメージして行けば、単なる身体強化よりも速く動けるようになるのだ。
「見つけたッ!」
およそ十五分ほどで目的地に辿り着く。
ゴアベリンの群れと、初めて見るがあの大きなのはクイーンというやつだろうか。
「吹っ飛べッ!」
リックが放出した魔力が雷撃となって迸り、ゴアベリンの群れの一角に大きな穴を空ける。
背後から現れた新手を警戒するゴアベリン達だが、体勢を立て直す隙は与えない。
『衝撃を与え打ち崩せ、崩したら次々と打ち崩すのじゃ。かく乱し、混乱させよ。敵には何もさせるな。己の動きのみを通し、敵は動かすな。常に先手を取り圧倒せよ。どのような敵、どのような状況であれ、その原理は変わらぬ』
雷撃だけでは手が足りぬ。
剣を引き抜き、その剣に魔力を通して切れ味を高めてゴアベリンを切り裂く。雷なら一撃、剣なら三発ほど。やはりこれだけでも手が足りない。
『目的は絞るのじゃ。あれもこれもでは神なれど手が足りぬ。一番重要なことを見抜き、それを実行せよ』
やるべきは何か。
ゴアベリン・クイーンは動いてないので相手する必要なし。ゴアベリンの群れも今すぐ全滅させなければいけないわけではない。
この場にきたのはこいつらを倒すことではなく、レーグネンベルク侯の救援。
「レーグネンベルク侯ッ! 助太刀に参ったッ! 退路はたった今確保したッ! 包囲下から抜け出し態勢を立て直されたしッ!」
「どなたか存じ上げぬがあい分かったッ! 万全の者は撤退を支援ッ! 残りは包囲から抜け出し態勢を立て直すッ! 撤退ッ!」
軍の動きはかなり良く、スムーズな手際で退却していく。リックは退路の保持を誰ぞかに引き継がせると、ゴアベリンの群れに切り込んでいった。
撤退するとなれば追撃してくる。
その追撃に強烈なカウンターをぶちこんで足止めする腹積もりだ。
「こちらは撤退完了したッ! 旅の御方も退かれよッ!」
「そいつを待ってたぜ」
撤退を支援し、時間を稼ぐだけ稼いだリックは笑う。
この周囲にはゴアベリンの群れのみ。味方を巻き込むなどという愚を犯さずいくらでも強力な魔法をぶっ放せる。
「食らえッ!」
全方位へ雷撃を撒き散らした。リックを囲もうとしていたゴアベリンの群れはその雷撃に貫かれまとめて殲滅される。
遠すぎるやつは多少残ってしまったが、恐れと怯えが見えるそいつらはもはや脅威ではない。
「唸れ、怒れ、天よ、その力をもって貫けッ!」
高めた魔力を空へ放つ。
突如として暗雲立ち込めた空から、膨大な力がゴアベリン・クイーンめがけて降り注いだ。
強烈な雷撃は回避も防御もさせることなくクイーンの全身を通り抜け、焼き尽くす。
焦げるような臭いを撒き散らし、煙を上げて、女王はその巨体を地面に叩きつけることになった。
「こんなもんか」
逃げ行く魔物を見送り、リックは剣を鞘に戻す。
レーグネンベルク侯は目の前の光景が信じられなかった。
突如として現れた救援。そんなものが来ただけでも幸運と言えるのに、全滅することなく負傷者はあれど死者なしで撤退でき、撤退した瞬間にその救援がゴアベリンの群れとクイーンを瞬殺した。
よくいる放浪者の青年に見えるが、戦い振りは異常そのもの。
凶悪な魔物であるゴアベリンの群れを単独で潰すどころか、クイーンまで一撃。レーグネンベルク侯の知る限り、このようなことができる猛者は神話か伝説の中にしかいない。
青年がここにやってきてくれたことは、レーグネンベルク侯にとって人生最大の幸運だった。
「ありがとうございます、旅の御方。あなたのお陰で無事にこの場を切り抜けることが出来ました」
「どういたしまして、と言いたいところだが。ここはまだ敵地。長話には早いし、安堵するにはまだ早い。こいつらの死体はどうするんだ?」
ゴアベリンの死体からは肉と軽い外殻、切れ味を持つ鎌が取れる。残りは魔法で着火すれば燃料として消費可能だ。
その灰は肥料になる。どれも有用な資源、捨て置くには勿体ない。
「出来れば回収したいですな。兵たちに引かせましょう。旅の御方は、いざという時に守っていただけると」
「ああ」
といっても天から雷撃を落とした後は周囲から魔物が逃げてしまうことが大半。しばらくは寄ってこないのでリックの仕事はないだろう。
七時間ほど、即ち日が沈んでから少ししてようやくの帰還となったが、特にトラブルはなく時間以外は順当に帰り着く。
「グンター様がご帰還なされたぞッ! 魔物を討ち果たしたみたいだッ!」
「急げ、今夜はお祭りだッ! 火を灯せッ!」
帰り着くとレーグネンドルフはあっという間にお祭りムードに包まれる。
エルシャが帰還したレーグネンベルク侯を出迎えた。
「閣下、ご無事で何よりです」
「エルシャ殿、またお会い出来ましたな。旅の御方が幸運にも助けてくれましたので」
「リック殿、ありがとう。あなたに頼んで正解だったわ」
「むっ、お知り合いですかな」
「今日知り合った仲だ」
「約束通り、100万ゴル支払うわ。手元にないから、国に来てもらうことになるけど」
レーグネンベルク侯は二人を見ると、ぽんと手を打つ。
「エルシャ殿がリック殿に支払うはずだった救援報酬の100万ゴルは、こちらで用意しましょう。元は我が領の問題ですからな。この上、エルシャ殿に出して頂いては面目が立ちませぬ」
「閣下、それは」
「良いのです。エルシャ殿がリック殿に声をかけて下さったこと、感謝しますぞ。お陰で生き永らえたのですからな」
100万ゴル程度はわけない、とレーグネンベルク侯は笑う。
「リック殿、この後の宴会には必ず参加して下され。魔物討伐の武勇伝を聞きたい方もおりましょう。その立役者たるリック殿の姿を見たい者も」
「需要あるのか?」
「英雄的活躍でしたからな」
「私も気になるわね。その話」
「シュネルタオベさんもかい。まあ、分かった」
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