第30話「二度目の願いごと」

「ふざけるな、調子に乗るなよ人間風情が、神の力を何だと思ってるんだっ」


 黒猫はシャーッといきり立った。


「頼む、お願いだっ」


 オレは気が付くと、土下座して頭を下げていた。黒猫は、はあーと呆れた。


「頭下げたら、どうにかなると思ってるの。本当にガキだな。そんなの世界の摂理には通用しないよ」

「じゃあ、何で最初にオレを助けてくれたんだよ」


 黒猫は、オレの言葉に意外なほど動揺しているような見えた。そういえば、この黒猫は、どうしてオレを助けてくれだろう。神の気まぐれ? いや、今理由なんてどうでもいいっ。


「頼む。お願いだっ。今度は絶対上手くやる」

「何で? お前、あの女が嫌いだったんじゃないの」


 確かに大嫌いだ。なのに、オレはどうしてこんなに必死になっているんだろう。自分でも分からない。だけど、このままにしておくのは、絶対にイヤだ。


「……嫌いだけど、こんな形で、消えられるなんて、イヤなんだ」


 しばらくの沈黙が流れた後、黒猫はハアッと溜め息を吐いた。


「……勝手な男だな」

「勝手なのは分かってる」

「図々しくない?」

「図々しいのは、百も承知だよ」


 その時、夏なのに冷ややかな風が、オレたちの間に吹き抜けた。黒猫は観念するように、さらに大きく息を吐き出した。


「……分かったよ。やってやるよ。あーあボクってお人好し。あれ、猫だから、お猫好しかな」


***


「言っておくけど、これが本当に本当の最後だから。次なんてないよ」

「分かった」


 オレはこくりと呟いた。


「あ、言っておくけど、二回目の代償は、一度目より大きくなるから覚悟してよね?」


(そう言えば、前回の代償は自分の何を、持って行かれたんだろう。結局分からなかったけど……)


「分かった」

「本当に分かってる? 大体、前回の時……それはもういいや。てかさ、戻ってやり直しても、彼女が元に戻る保証はないんじゃない?、」


 オレにはある確信があった。


 今回の七月四日の朝、将暉から『今日の告白楽しみにしてる』とメッセージが来た。あれは告白ドッキリのことだ。あの時、将暉はまだ、如月を覚えていたことになる。となると、そこまではこの世界に間違いなく如月は存在していたのだ。


 だが七月七日に学校に行った時、もう既に如月の存在は消えていた。どのポイントで消えたのか。


 如月がいた世界線と、やり直しを行った如月がいない世界線、何が違うのか。


 まず圧倒的に違うのは、自分が七月四日に学校に行かなかったことだ。あの日、将暉たちから抗議のメッセージが来なかったのが気になってた。あいつらの性格なら、絶対文句の一つも言ってくると思っていたからだ。


 文句を言ってこない。その時には如月の存在が、消えていたのではないだろうか。オレが『決定事項』と違う行動をしたから――


『決定事項』、「告白」だ。


 オレは一回目のお祭りデートのことを思い出して、胸がえぐられる思いだった。でも。


「最後に確認するけど、四日の一日前、七月三日には戻れないんだよな?」


 黒猫はこくりと頷いた。


「戻れない。戻れるのはどうやら、七月四日が限界みたいだ」


 だよな、そんな気はしてたよ。


 どの道『告白ドッキリ』が『決定事項』で変えてはいけない事象だとしたら、三日に戻ること自体無意味だ。


 どうして、オレはあんな悪巧みをしたんだろう。でもオレはそういう人間なんだ。


 何かが胸から込み上げてくる。


 オレの推測が正しいかは分からないけど、次のやり直し、出来るだけ一回目を再現する。とりあえず、道はそれしかない。一回目の通りに行けば、如月はオレの知る七月十三日までは、存在出来るかもしれない。


 あの時の、冷ややかな眼差しの彼女を思い出す。瞳が潤みそうになった。あの日を再現する。あの日あったこと……如月は無事に復讐を果たした。傷つくのはオレだけだし、それよりも辛いことがあるのを今のオレは知っている。


「やってくれ」

「OK、じゃあ、いっくよーっ」


 黒猫がそう叫ぶと、黒猫が大きく開いた目がカッと光った。あまりの眩しさに、再びオレは目を瞑った。


 次は絶対上手くやる。絶対、如月を消滅させない!


つづく

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