第29話「二周目〜人生の決定事項〜」

 オレの足は自然にあの神社に向かっていた。しかし神社のどこをどう走ったのか分からない、ただ見覚えがある場所に出た。あの鳥居とお堂だ。繋がった! オレは不思議とそう感じた。


「おい、黒猫っ、いるんだろう! 出て来いよっ」


 虚しくオレの叫び声だけ辺りに響いた。微かに残っていた日の光が完全に消えたと思ったとき、ニャアーと猫の鳴き声がした。


***


五月蝿うるさいな、偉そうに何だよ」


 その声の方に向き直り、見上げると、鳥居の上にちょこんと黒猫が座っていた。


「黒猫、お前本当にちゃんと時間を戻したのかっ?」

「何だよ、藪から棒に。ボクの力にケチをつける気!」


 黒猫は心外とばかりに苛立ち、身を起こし威嚇してきた。


(この黒猫の反応、時間は本当に戻ってるんだ、やっぱり……)


「如月が消えたままなんだ」


 黒猫は威嚇をとき、ギョッと目を見開いた。


「……えっ、何でだろ」

「お前の仕業じゃないのか」

「はあっ? そんなことしてないよっ。何でボクがそんなことわざわざ……」


(こいつのせいではない。ってことは)


「何だよ、急に黙ってっ。イチャモンつけておいて、今度はダンマリか」


 鳥居上から、黒猫の威嚇の気配がさらに強くなったのを感じた。本当は考えたくないことだったが、先程の嫌な予感が色濃くなった。


 もしかしたら、時間を戻して、オレが違う行動をしたから、未来が変わってしまったのかもしれない。それでなぜ如月心乃香が消えたのかは理屈は分からないが。


 だが「時間の巻き戻し」というすでに理屈の分からないことが起こっている。理屈なんか、考えるだけ無駄な気がしてきた。


 オレは七月四日に戻り、本来告白するはずだった事実を捻じ曲げて、その当日学校を休んでしまった。もしこのことが、未来を変える結果になり、如月が消えた原因になっていたとしたら――


「あっ」

「え、何っ? いきなり黙って、気持ち悪いぞっ」


 黒猫がいつの間にか、近くまで寄ってきていた。近くで見れば尻尾は二股に分かれているものの、いたって普通の黒い猫だ。小さな体でオレを見上げている。


「オレの行動で、未来が変わることってある?」

「は? んー、どうだろう。滅多なことでは変わらないと思うけど、大きなことをすれば変わるかも」

「そうか」

「え、何? お前なんかしたの」


***


「え、告白しなかった?」

「……そうすれば、あんなことにはならないかと思って」

「そりゃ、変わるかもね。お前が告白することはおそらくお前の人生において『決定事項』だったんじゃない?」


 決定事項という明確な言葉に、オレは背筋がゾクっとなった。


「決定事項は、運命としてもう決まっていることなんだ。絶対変えられないし、変えちゃいけない。それを無理やり変えたから、変なことになったのかも」

「どういうことだよっ」

「ボクに怒るなよ! だいたいお前のせいだろ!」


 黒猫がエメラルドグリーンの瞳で睨め上げてきた。


(決定事項。オレが告白ドッキリを仕掛けるのは決定事項なんだ……)


 なぜだか、胸がズキンとなった。そんな感傷に浸る資格なんて、今のオレにはない。でも――


「時間を……時間をもう一度、戻してくれ」

 

つづく

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