第24話「夢での再会」

「おい、大丈夫か。お前、相当ヤバイぞ。こっちに来掛かってる」


 来掛かってるってなんだ? どこへ? そんな疑問が、まずオレの脳裏に浮かんできた。


「このままだとマジヤバイ。お前もこの世から消えるぞ」

「えっ」

「まだ、間に合う。代償は更に必要だけど、まだ間に合うよ」

「どういうことだ?」


 オレはまどろむ意識の中で、何とか黒猫に尋ねた。


「辛いんだろ? 心が壊れ掛かってる」

「オレは平気だよ。辛くなんかない」


 オレは正しいんだ。オレは悪くはい。悪いのは如月なんだ。そう思い込もうとしてるのに、何かが拒絶してる。前までの自分なら、こんなこと思わなかったはずだ。罪悪感なんて、抱かなかった。なのに何で。


「お前が救われる方法が、一つだけあるよ」

「えっ」

「如月心乃香を忘れることだ」


***


 確かに如月のことを忘れれば、楽になれる。忘れられたら苦労はない。


「分かってるよ、そんなことっ。でも、忘れられないんだ」

「ボクならやれる。方法を聞いてきた」


 黒猫は得意げに目を輝かせた。


「お前がさ、どんどん弱っていくの見てられなくって。ちょっと神道通って、何とかならないか、出雲で聞いてきたんだよ。ボクって超優しいーっ」


 この生意気な黒猫が優しいかは別として、その方法とはどんなものなのかと、オレは気になった。この苦しみから解放されるなら、何だってやる。


「やれるのは一度きりだ。本来のボクの能力と違うから。代償は……」


 黒猫が、オレのズボンのポケットを指差した。


「その御守りだ」


***


 意外な代償に、オレは思考が追いつかなかった。


「その御守りには、神気が宿ってる。それにそれは、あの女とお前を繋いでしまってる唯一のものだ。それを逆に利用して、切り離し、消滅させる。いっくよー」

「ちょっ、ちょっと待てっ」


 思わずオレは、黒猫を掴んだ。


「え、何? 水差さないで欲しいんだけど。大体ね、たかだか人間に、こんなサービス、神は本当はしないんだからね! てか苦しいんだけど、離せって」


 そう言うと、黒猫は勢いよく爪でオレの手を引っ掻いた。


「痛っ」


 オレは堪らず、黒猫を離した。


「何なんだよ、もー。人間って本当に面倒だな、男だろっ? スパッと決断しろよ」


 そう言われて、ぐうの音も出なかった。確かに何を躊躇してるんだ、これをすれば楽になれる、楽になれるのに。


 黒猫を止めている自分自身が信じられなかった。でも――


「オレが如月のこと忘れたら、どうなる? 如月の存在は戻ってくるのか」

「は、戻るわけないじゃんっ。お前が忘れたら、あの女は完全にこの世から消滅するよ」


 それを聞き、オレは何故か目の前が真っ暗になった。忘れたい、消えて欲しい、なのに。


(如月……)


 オレはそっと、ズボンのポケットから、あの貝の御守りを取り出してみた。小さな桜貝の御守りだ。


 あの十日間の如月は、確かに偽りの如月だったかもしれない。自分が好きになりかけてた如月は、虚構だったのかもしれない――


 でも、彼女は確かに存在していた。


「止める。記憶を消すの止める」


 そう言葉にした途端、オレの心に覚悟の炎が灯った気がした。



つづく

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