第23話「斗哉の葛藤」

「どういうことだ」


 オレはわけが分からなくて、うまく息ができなかった。


「そのまんまの意味だよ。お前が死にたくないって願った。で、その代償として、あの女が消えたってこと」


 オレのせい?

 オレのせいで、如月は消えたのか。

 うまく思考が働かない。


「良かったじゃんっ」


 陽気な黒猫の声が、オレの心を鷲掴んだ。


「彼女のこと、忘れたかったんじゃないの」


 ――そうだ。オレはあの日のことを忘れたかった。


「忘れるどころか、なかったことになったし、その彼女も存在しないし、もう二度と彼女のことで苦しむことはないよ」


 自分は心のどこかで、彼女に消えてほしいと、思っていたのかもしれない。自分に非はないと、自分は悪くないと思いたかった。それには、彼女の存在が邪魔なのだ。


「きっと、彼女の存在が消えたのは、お前が本当はそう願ってたからだよ。命も助かり、邪魔者も消えた。お前の人生、バラ色じゃんっ」


 黒猫はそう囁くと、スッと鳥居の上から姿を消した。


 オレにはもう、黒猫を呼ぶ気力は残っていなかった。真っ暗になった境内に、ただただ立ち尽くすしかなかった。


***


 自分が、自宅にどう戻ってきたか覚えてない。オレはそのまま自室のベッドに突っ伏した。自分は悪くない。悪くないと言い聞かせながら。


 だいたい、如月が地味で暗く、男に免疫なさそうな、陰キャなのは本当のことだろ。本当のことを言って何が悪い。本人だって自分をそう思ってるから、それが本当のことだから傷ついた。


 そう思われたくないんだったら、変わればいい。勝手に傷ついて、如月はなんの努力もしていないじゃないか? 他人にそう思われたって、仕方ないだろう。


 その時、あの祭りの日の如月の浴衣姿を思い出して、オレはうっとなった。


(あれは、違うっ。オレを騙すためにした努力だ)


 努力と浮かんで、慌てて頭を振る。違う、違うっと別のことを考えようとした。


 結局、如月はオレを騙して笑いたかったのだ、何ら自分らと変わらない。たかが悪口を言われたからって自分を正当化し、やってることはオレたちと同じだ。正義ぶったって、オレたちと同じ穴のムジナなのだ。悪なのだ。


 オレはそう考えると「悪」の如月が、この世からいなくなって良かったのだと思い始めた。


 たとえ如月が消えたのが、自分のせいだとしても、オレはむしろいいことをしたのだ。オレが「悪」をこの世から一人消してやった。だいたい、あんなうだつの上がらない人間が、一人消えた所で、世の中になんら影響はない。誰も悲しまない。悲しむどころか、誰も覚えてないんだから。


 むしろ彼女が消えたことは「必然」なのだと、オレは思うことにした。


***


 オレは次の日から、心と体が分離したような感覚に陥った。心は自分を正当化し、気丈に何事もなく過ごそうとしているのに、体がついてこない。うまく命令できない。


 遂には、眠ることができなくなってしまっていた。どうしてだ。病気は気からというように、気を張っていれば体がついてくるものではないのか。今、自分に真逆なことが起きている。


 どうしたら、どうしたら。


 オレは体が動かなくなっていく中で、もしかしたら、自分はこのまま「如月の呪い」に殺されるのかもしれないと思っていた。


***


 ほどなくして、やっと浅い眠りにつくことができた。これですべてから解放される。そう思っていた。


 真っ白い空間に、見覚えのある古い鳥居が見えた。あれは……隣町の神社のあの鳥居だ。でも、これは夢だ。やっと眠れたのだ。良かった。そう夢の中で目を閉じかけた時、またあの鈴の音が聞こえた。


 オレはそれに答えるように、瞼を再び開ける。目の前にあの黒猫が、座ってこちらを見ていた。


つづく

 

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