第21話「如月心乃香という存在」

 オレは疲れ果て途方に暮れて、自室の机に突っ伏した。自分以外誰も「如月」のことを覚えていない。「如月」という人間が、この世にいた形跡がない。


 疲れた。本当に「如月」なんていなかったのかもしれない。如月に告白したことも、祭りの日にドッキリ仕返しされたことも、全部自分の妄想だった。


 自分が作り出した架空の人物。自分の心は病んでしまっていて、弱っているのかもしれない。オレは古傷のある左足を無意識に摩っていた。


 その時、ふっと「きさらぎ駅」を思い出した。昔ネットで流行った、都市伝説として語られている、架空の鉄道駅だ。体験談では人里離れた沿線に、忽然こつぜんと現れた謎の無人駅として描写されている。実際には存在しない駅。


「如月心乃香」も本来は存在しない人間だったのかもしれないと、考え始めていた。だって、その方が楽だから。もう如月というしがらみから、解放されたい、オレは心からそう思っていた。


 現実に向き直ろうと、オレはおもむろに机から身を起こした。そして立ち上がった時――


『チリン』という鈴の音を、確かに聞いた。


 あの時の神社で聞いた、いや違う――


 どこから落ちたのか、オレの足元に、鈴の付いた貝の御守りが落ちていた。


***


 不意のことに、しばらくオレはその場で固まってしまった。


 どこから現れた?


 これは「あの日」如月と買った御守りだ。


 ……やっぱり、いたっ、

 如月はいたんだ!


 祭りの日、オレは確かに神社の階段から転げ落ちた。あの時、きっと死んでもおかしくない大怪我を負ったはずだ。体は痛みで悲鳴をあげていて、意識も朦朧としていた。


 その時、死ニタクナイと願った。

 必死でそれだけを考えていた。

 その時、声が聞こえてきた気する。

 死にたくないのか? 助かりたいのか? と。


 オレは死にたくないと願った。


 そしてその声が、代償を払うなら、その願い叶えてやると言ったのだ。今まで夢かと思っていた。でも、あれが夢ではないとしたら。祭りから帰ったあの日、オレは血だらけ泥だらけの服を着て、帰宅していた。


 堪らずオレは、部屋を飛び出していた。


***


 隣町の神社は、祭りの日とはうってかわり、整然としていて、静寂の中にあった。


 ここに来れば何か分かるかもしれない。そんなあやふやな希望だったが、オレは居ても立っても居られなかったのだ。


 何か、何かないのか。


 オレはすがるような気持ちで、せめてとあの古びた石の階段を探し回ったが、不思議なことに、いくら探しても道路に面した長い階段は見つからなかった。


 もうすぐ日が暮れる。どうして見つけられないんだと、境内の地図を検索して驚いた。石の階段のそれらしい場所が載っていない。


 まるでこれでは「きさらぎ駅」だ。


 気力が抜けていくようで、オレは立っていられなくなった。


 その時――微かに鈴の音が聞こえた。


 あの時と同じ。オレは、その鈴の音の聞こえてきた方に夢中で走った。



つづく

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