第20話「七月十四日」

 耳の奥でズーズーズーという音が響いてきて、オレは目が覚めた。カーテンの隙間から明るい白の光が溢れ、埃が待っている。


 朝のようだ。


 どうやって家に帰ってきたのか、覚えていない。意識が覚醒し出しても、全身が重だるくなかなか動けなかった。


 しばらくベッドの上で微睡んでいたが、再びスマホからアラーム音が鳴り、オレは仕方なくスマホに手を伸ばした。何とか身を起こすと、途端に昨日の祭りの時のことが蘇ってくる。


 如月心乃香の憎悪の顔と、嘲笑の声が頭の中にこだました。


 正直二度と如月心乃香と顔を合わせたくない。でも同じクラスだし、学校に行く以上、そういう訳にもいかない。


「はあっ」


 思わず溜め息が溢れる。今日は仮病を使って学校を休もうかと思ったが、何かと親が心配しそうで面倒くさい。オレは体に残っている力を何とか振り絞ってベッドを降りた。


***


 顔を洗うと、少し気分がスッキリした。毎日のルーティンが、始まると体が勝手に動いていく。


 そのまま昨日着たままの服を脱ぎ、洗濯機に放り込んで、そのまま浴室に入り軽くシャワーを浴びた。頭から冷水のシャワーを浴びると、頭がだいぶ冴えてきた。


***


 ダラダラと支度をしていたら、結局時間ギリギリになってしまった。オレは朝食もとれず、慌てて家を飛び出した。


***


 学校に到着したのは、かなりギリギリだった。慌てて教室に入ったオレは、不思議な違和感を覚えた。それが何なのか分からない。ただ、いつもと何か違う。


 その違和感にはっきり気が付いたのは、朝、担任が出欠をとった時だ。


 出席番号二十二番の次は二十三番の「如月」なのだが、その如月の名前は呼ばれずに、二十四番の「工藤」が呼ばれる。


 担任が出欠を誤って飛ばすというのは、稀にあることだ。今日はたまたまそういう日なのだろうと思ったが、誰もそのことを指摘しない。担任も如月の出欠をとり直さない。


 その時オレは、教室の違和感の正体に気が付いた。


「席」が――「席」が一つ足らないのだ。


 オレは慌てて、如月の姿を確認する。


(いない……)


 彼女が始めから、この教室にいないのが当たり前のように――


***


 オレは昨日の如月心乃香からの仕打ちが悔しすぎて、自分の精神がおかしくなったのかもと、しばらく呆けていたようだ。将暉にポンと肩を叩かれて我に返った。


「斗哉、どうした。今日ぼーっとしてんな? 大丈夫か」

「え、いや、大丈夫。何でもない」

「そうか? ならいいけど」


 将暉は腑に落ちないような顔をしつつも、移動教室の為に、廊下に向かおうとしていた。


「ちょっ、ちょっと、待ってっ」

「え?」


 オレの咄嗟の呼びかけに、将暉は不思議そうに振り向いた。


「……あのさ」

「何だよ?」


 オレはなぜだかうまく声が出せなかった。しばらくオレたちの間に妙な沈黙が流れたあと、教室内に予鈴が響いた。


「やばっ、斗哉、急ぐぞっ」

「……あのさ」

「だから、何だよっ?」

「如月って、今日休み……かな」


 将暉はオレの質問に目を丸くした。


「如月? 誰だそれ」


 今度は将暉の返答に、目を丸くするのはオレの方だった。


***


 その後、悪友の五十嵐陸に聞いても、将暉の時と同じ答えが返ってきた。如月のことを知らないどころか、告白ドッキリのことも知らないと言う。


 更に気がふれていると思われるのを覚悟して、クラスの連中や、担任に如月のことを確認しても、将暉たちと同じ反応だった。


 自分は盛大なドッキリを噛まされているのかと不信感が募り、ついには如月の所属していた文芸部、図書委員会にも確認しにいった。


 答えは皆、「如月」なんて知らない――


 そう答えるのだ。オレは狐にでもつままれた心持ちだった。


 ついにオレは、如月の家まで確認しにいく暴挙に出そうになったが、家の場所など分からない。当然生徒名簿に彼女の情報はないし、知っているのは「駅向こう」という情報だけ。

 

 一緒に帰ったあの雨の日、彼女は途中でバスに乗ってしまった。


 分からない。彼女が、どこに住んでいたのかも。


 それでも気になって、地区の電話帳を調べた。最近は個人情報ということで、電話番号を載せている家は少ないだろうが、病院や商店なら話は別だ。万が一如月の家が何かの「店」なら、ワンチャン情報が得られるかもしれない。


 オレは、数日取り憑かれたように如月の家を調べ、駅向こうを歩いて調べ回ったが、「如月」という家はあるものの、どこも心乃香とは関係ない家だった。


つづく

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