第五話
二人が夫婦となって、半年後
共に食事をしていると、微かに戸を引っ掻く音が聞こえました
戸を開けると、赤目の小さな白兎がちょこんと座っていました
しかし良く見ると、なんと軽やかにぴょんぴょんと跳ねる筈の足から血が流れているではありませんか
シノスケ:怪我をしているのか
ツバキ:薬箱を持ってきます!
ツバキは薬箱を持ってくると、てきぱきと白兎の手当てをし始めます
流れる様な手際の良さに、シノスケは関心しました
シノスケ:手慣れているのだな
ツバキ:ええ、まぁ…
シノスケ:?どうした
ツバキ:い、いえ!何でもありません!
シノスケ:…そうか?
ツバキは矛先を逸らすように、兎を見やりました
ツバキ:これで大丈夫です。あまり傷も深く無かったのが幸いでした
包帯を巻かれた白兎はぎこちない動きで、ツバキの手に顔をこすり付けます
シノスケ:懐かれたな
ツバキ:助けられた事がわかるのでしょうか。頭が良いのですね
シノスケ:色味が同じ故、同族だと思っているやもしれんぞ
ツバキ:私はこの子の様に可愛らしくありませんよ
シノスケ:…お前はまだそのような事を
ツバキ:でも、実際そうなのです
シノスケ:(ああ、また悪い癖がでたな)
ツバキはひどく己を卑下する時があるのです
見た目だけでなく心までも美しいというのに、謙遜も過ぎると困りものです
いくら否定してもそれを受け入れないので、シノスケは別方向から攻めることにしました
シノスケ:成る程、愛する妻は俺からの言葉が足りなかったとみえる
ツバキ:え!?
シノスケ:お前は可愛らしさのみならず、美しさも兼ね備えている
ツバキ:はうっ
シノスケ:幼子の様に無邪気な笑顔は、好ましい。全てを見透していると錯覚させる紅玉の瞳が、更に輝いたり蕩けたりする様は見ていて飽きん
ツバキ:わ、私だって!
ツバキ:常に真っ直ぐと伸びるお背中には、頼もしさを感じます。どれ程寄りかかっても変わぬ揺るがなさは大樹のよう
シノスケ:太陽の元で輝く白髪は、かすみ草の様で、瞳の色を柔らかく包み込み、鮮やかに際立たせる。お前が櫛を通す度、そのしなやかで滑らかな髪に誘われ、手を差し入れたいと何度思ったことか
ツバキ:大きく骨ばった手が好きです。手を繋ぐ時、頭を撫でられる時は、硝子細工触れるかの葉に力を加減して下さりますよね?シノスケ様の優しさを一身に感じ取れる、幸福の時です
シノスケ:誰かのために力を注ぐことが出来るその善良さに、救われるのだ
ツバキ:自分のために力を振るおうとしないその堅忍さを、尊敬致します
シノスケ:ツバキ…
ツバキ:シノスケ様…
互いの手を取りながら、熱く見つめ合う二人
いけません、このままではいけない展開になってしまいます
しかし、此処にいるのは二人だけではありませんでした
白兎:プイーッ!
ツバキ:あっ
シノスケ:…おい、邪魔をするな兎
甘やかな雰囲気に浸っていた二人の間に、白兎が割り込みました
自分を忘れるな!とすねているようです
そんな白兎を見た二人はどちらからともなく笑い始めました
互いを心の底から尊重し、愛し合う
理想の夫婦とは、この2人のことを言うのでしょう
愛おしい時間がこれから先も続くのだと思うと、幸せが過ぎて、少し恐ろしい位でした
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