第二話

囲炉裏の火を眺める娘を見やります

娘は目を伏せて、身じろぎ一つしません

動く様を見ていなければ、等身大の人形だと言われても納得してしまうでしょう

火の光に照らされた白髪は夕焼け色に染まっており、不思議と目線が其方に向いてしまいます


娘:あの…


掛けられた声に、惚けていたシノスケの意識が引き戻されます


シノスケ:すまない不躾にジロジロと…

娘:いえ、此方こそ申し訳ありません。せめて頭巾があれば良かったのですが、生憎使い物にならなくなってしまって

シノスケ:…?何故頭巾を?

娘:ええと…ここに来る途中に動物が怪我をしていたので、包帯がわりに

シノスケ:いやそうではなく、何故頭巾を被る必要が?

娘:え?


シノスケ:(この近辺では積もりはしても吹雪くことはない。笠があれば十分だろうに)


シノスケ:病に罹っているのか?

娘:い、いいえ、体調は問題御座いませんが…

シノスケ:そうか、それは良かった

娘:…


娘が困惑している姿が目に入り、己の失態に気づきました


シノスケ:…その、すまない。初対面だというのに色々と探るような真似を

娘:あっいいえ、そんな…


会話はそこで途切れてしまいました

静かに揺れる火を、ジッと見つめる事しかできません

気まずい空気が漂う中、娘はこう溢しました


娘:…申し訳ございません

シノスケ:…?

娘:私の見目です

シノスケ:…?美しいと思うが

娘:へっ?

シノスケ:今まで見てきた女の中でも、飛び抜けて美しい


娘はポポポと顔を赤らめました


娘:そ、そうではなくて…

シノスケ:?

娘:…赤目に白髪なんて、その…気持ちが悪いでしょう?

シノスケ:いや、特に不快には感じない

娘:えっ


娘は呆然としました

周囲には、不吉だ、忌子の証だと言われてきたこの色味

揶揄われているのかと思いましたが、自身を真っ直ぐ貫く黒の瞳に、悪意も何も無いことに気づきます


シノスケ:確かに珍しい色味だと思いはした。しかしその色はお前の美しさを際立たせる要素の一つに過ぎん

娘:わ、わかりました、わかりましたから!それ以上はお辞めください…!


伏せていた目は右往左往し、氷のように透き通っている肌は恥じらいによって仄かに紅潮しています

作り物じみていた娘の人間らしさが垣間見たシノスケは、言葉にし難い、しかし決して不快ではない、温かい何かが込み上げてくるのを感じました


シノスケ:今のお前を見て、どう不気味に思えようか

娘:…私は今、どんな顔をしていますか

シノスケ:さてな

娘:……貴方は存外、意地悪な方ですね


娘の頬は赤く染まり、これ以上からかうのは可哀想かとシノスケは黙ることにしました


シノスケ:そういえば、貴女の名を聞いていなかったな

娘:…そうでしたか?

シノスケ:そう子供のようにむくれるな

娘:子供ではありません!

シノスケ:そうか、ならば言えるだろう

娘:…ツバキ、です

娘:親から与えられたわけではありませんが、周りからツバキと呼ばれています


以前、暇つぶしに花言葉に関する本を読んだことを思い出しました


シノスケ:(たしか椿は…「控えめな美」「完全なる美しさ」「謙虚な美徳」だったはず)

シノスケ:(成る程、この娘には似合いの名だ)


名は体を表すと言いますが、その手本のようだと感じました

最後は花ごと落ちるように、その美しさが散ってしまうことはないのでしょう


シノスケ:そうか、ツバキ…良い名だ


むくれていたツバキは、ぴたりを動きを止めました


ツバキ:…良い、ですか

シノスケ:ああ、美しいお前に良く似合っている

ツバキ:………そ、そう…ですか…


ツバキ:…ふふ


ツバキは笑みを浮かべました

それは脆さを彷彿とさせるものではなく、「すごいね」「えらいね」と褒められた子供のようでした

シノスケは、己とさほど年の変わらない筈の娘がそんな幼い笑みを零したことに、驚きと共に違和感を抱きました


シノスケ:——薪

ツバキ:え?

シノスケ:薪を取ってくる

ツバキ:は、はい


シノスケは手早くも雑に草履をつっかけて隣にある薪小屋へ足早に向かいました


シノスケ:…なんだ、あれは


名前を褒めただけ

ただそれだけだというのに、どうしてその様な顔をするのか

どうして、目を離すことができないのか

どうして、もっと見たいと望んでしまうのか

どうして、己の手で笑顔にしたいと思ってしまったのか


シノスケ:はぁ…


手で覆われたその顔は、赤く染まっていました

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