第3話

 月の青白い光が差し込んでいる。レオの巣穴は坂にぽっかりと口を開けている洞穴だった。奥まで伸びるその洞穴に枯葉や牧草を運び寝床にしている。夜は暖かく、昼は涼しい洞穴だ。少し首を伸ばして外を見ると、夜空に無数の星が輝いている。どこかで狼が遠吠えをして、それに驚いた鳥がバサバサっと羽ばたいた。レオは体を蛇のように丸くして、眠りについた。

 

 翌朝、洞穴に差し込む光で目が覚めた。外は晴れているらしい。これから朝食を探しに行こうと話しているのか、賑やかな鳥の声が聞こえてくる。ひゅうと暖かな風が吹くと、その風が洞穴の中にも入り込んできた。青っぽい、土と葉のいい香りだった。レオは自分の尻尾の鱗を爪でツルツルと撫でていた。そうして一日が過ぎた。


 さらに次の日、洞穴の入り口は湿っていた。雨だ。水も食べ物もとっていなかったことを思い出し、レオは気だるそうに入り口まで歩いていくと、長い舌をベッと出した。しばらく出していると舌が水で湿り、それを口の中に戻して喉を潤した。そんなことを何回か繰り返した後で、再び巣の奥へと戻って丸くなった。腹は減っていたが動く気力がなかった。自分の尻尾を枕にすると、うつろうつろと船を漕ぎ出した。一瞬、眠っていたかもしれない。ふと気がつくと、洞穴の入り口に誰か立っていた。また人間が来たのだろうか。だとしたら丁度いい、自分はもう動く気力がないのだから、人間からしたら最高のタイミングだろう。呆気無かったな、と思って目を閉じた。


「おい、寝るな」


 よく聞いた声だった。一度閉じた目を、ゆっくりと開いた。


「なんだ、シシィだったの」

「俺じゃなかったらどうするんだよ。危機管理がなってない」

「なんでもいいんだ、もう」

「何だよ。俺が一生出てくるなって言ったから怒ってるのか? そんなこったろうと思って様子を見に来てよかったぜ」


 少しずつこちらに近づいてくるシシィの姿をしっかり見た時、彼がずぶ濡れであることに気がついた。外は雨なのに、彼はなぜここに居るんだろう。


「様子を? 君が?」

「悪いか?」

「君が僕の様子を見にくる理由がわからないよ」

「だからぁ、お前がいじけて引きこもってんじゃないかと思ったんだよ。ほら、飯!!」


 どん、とレオの眼前にバスケットが置かれた。中にはたくさんの果物が入っていて、埃避けのためにハンカチがかけられていた。だが、外の雨のせいでハンカチはびしょびしょになっていた。


「これ、どうしたの?」


 レオがそう聞くと、シシィはバツが悪そうに口をとんがらせた。


「怒られた」

「……怒られた? 誰に?」

「魔女の一族に! あー、くそ。なんで俺が怒られなきゃいけないんだ」シシィは頭をがりがり掻いた。「里に帰って、竜の癖に頼りないやつがいるって話をしたんだよ。そしたら子供の竜なんだから仕方ない、お前が面倒みろって俺が怒られた。女の子にも愛情がないって怒られるし、お前のことなんて言わなきゃよかったよ」

「じゃあ、この果物は魔女の人たちが?」

「あ? それは俺が探してきたんだよ。どうせいじけて何も食べてないだろ」


 ぽかんと口を開けてシシィを見上げた。


「なんだよ、文句あるか? ほんとは肉が食いたいとかいうなよ。無いからな、ここには。食べていい肉は」

「僕、肉は食べないよ」

「ならさっさと果物を食え!!」

「……」


 あまり力が入らない腕をそっと伸ばし、バスケットから黄色い果実をとった。柔らかくて、甘い香りがする。それをひょいと口の中に入れて噛み締めた。甘い、美味い。思わず目に涙が滲んだが、瞼を閉じて誤魔化した。


「ねぇ、シシィ」

「あ?」

「ありがとう」


 ふん、と鼻を鳴らすとシシィはレオの近くに腰を下ろした。尻が冷たいだの、地面が硬くて座れたものではないだのと文句ばかり言っていたが、美味しそうに果物を頬張るレオの姿をなんだか嬉しそうに見つめていた。

 雨が上がり空気が暖かくなってくると、二人は洞穴の外に出た。巣穴の外に生えた木々の葉には雨露がつき、夕日を受けて橙色に光っている。ずっと昔に倒れた木の幹にシシィが腰掛けたので、レオも彼のそばに腰を下ろした。シシィはレオのことをじっと見た後で躊躇いがちに聞いた。


「もう飛ぶ練習はしないのか?」

「だって、僕は飛べないもの」


 レオは困ったように笑った。


「まあ、そりゃあそうだろうな。地竜っていうのは地走種だし、もともと飛ぶような体のつくりじゃないんだから」

「ちそうしゅ?」

「なんだ、お前自分のことも知らないのか。竜にも他の生き物にもいろんな種類がいるだろ。地走種の他に、飛行種、水走種……。飛行もできるし水中も泳げるっていう竜は聞いたことがないから、走るのが得意なら飛ぶのは苦手になるのが自然だろうよ」

「そうなんだ。知らなかった……」

「仲間に教わらなかったのか? というか、いくら竜が孤高な生き物とはいえお前くらいの子竜が単独でいるのは見たことがないな。家族はどうしたんだ?」

「それが……ずっと前にはぐれたんだ。お母さんお父さんと野原を走っていた時に、うっかり人間同士の争いに巻き込まれちゃって。地竜は人間の争いにも使えるからって、人間に捕まりそうになった。僕だけ先に逃してもらったけど、お母さんたちは分からない。でも、とても強い竜だったからきっと生きてる。だから、探しにいきたいんだ」

「もしかして、それで飛ぶ練習をしてたのか?」

「……うん。でも、飛べないなら無駄だったね」


 シシィはううんと唸って、顎に手を当てて長く考えた後、「わかった!」と言った。


「俺のこの杖を見ろ。この杖には風の魔法がかけてある。だから、俺は羽がなくても空を飛べる。つまりだ。この風魔法を応用すれば、お前も空を飛べるかもしれない」

「ーーほんとう?」


 青いレオの目がきらきらと光った。


「もちろん、試してみなきゃ分からない。でも、お前の翼に合うカバーを作ってそのカバーに風魔法をかければ、上手くいくかも。やってみるか?」

「うん!!」


 首がもげそうなほど、レオはうんうんと頷いた。

 それから、二人の挑戦の日々が続いた。まず最初は、レオの翼にぴったり合うカバーを作るところからだった。彼の翼を採寸して、サイズが合うように型紙を作った。牛の革を型紙に合わせて裁断し、丈夫な糸で縫い合わせていった。すっぽりとレオの翼が覆われるのを確認してから、風魔法の付与に進んだ。風の力を得るために、風を表す古代文字を刻み、天高く飛ぶ鳥といわれている鳥種であるチッチの羽を一枚拝借した。レオと雑談をしにきただけだったチッチは、羽を一枚くれという突然の願いを渋々承諾してやった。それからシシィは風の精に祈りをささげ、やっとレオの翼カバーが出来上がった。全てが終わるまでに一ヶ月ほどの時間を要した。


 

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